3「始まりのあとのあと」

 出来上がった晩御飯をテーブルに並べます。

 なぜか嬉々としてタロウも配膳を手伝ってくれています。

 どうやら魔法の存在に興奮してる様子ですね。


「では食べましょう」

「おす! いただきます!」


 タロウは手の平をピタッと合わせて、いただきます、と元気な声で言いました。

 ニホンという世界の風習ですかね?

 こちらの世界とは少しだけ違いますね。


 僕も両掌を組んで、ありがとうございます、と小さく呟きます。


「こっちではそうやるんすか?」

「そうですね。これが割りと一般的だと思います。明き神や親などに感謝して食事するという思いですね」

「じゃぁ意味合いは同じっすね。俺もそっちの方が良いっすか?」


 なんだか好青年風になってきました。こっちが素の彼なんでしょうね。


「タロウはタロウのやり方で良いと思いますよ。さぁ食べましょう。冷めてしまう前にどうぞ」


 タロウは待ってましたとばかりに目を輝かせて、改めて「いただきます」をしました。


 タロウはまず芋と燻製肉のスープを口にして、そしてパンを千切って口にします。


「どっちも旨い!」

「お口に合って嬉しいです」


 案外と丁寧に、そして綺麗に食事する様子は僕が持っていたタロウのイメージとは少し違いますね。

 もっとこう荒いというか雑なイメージを持っていましたが、少し修正しないと失礼ですね。


「この芋はジャガイモっぽいっすね」

「それはジャガイモですよ?」


「……え?」

「え?」


「じゃぁこの豚肉みたいな肉は?」

「豚肉ですよ?」


「……え?」

「え?」


「じゃあこのパンみたいなのは……」

「パンですね」


「……なんでやねん!」

「……ナンデヤネン?」


 何か変な所があったでしょうか。

 僕も食べていますが特に不審な点はないですが。

 何かタロウには違和感があるようですがちょっと分かりません。

 タロウも何か思い悩んでいます。


「えーっと、日本にもジャガイモって名前の芋があるんす。豚肉っていう豚の肉も」

「ええ。それはあるんじゃないですか?」


 言いたい事が伝わらないもどかしさでおかしな表情になっています。


「そのー、こっちの世界の言葉って日本語なんすか?」

「ニホンゴ……ですか?」

「俺がいた世界ありますよね。そっちとこっちの言葉が同じっておかしくないっすか?」


 そういうものなんでしょうか。

 今ひとつタロウの言いたい事が分かりかねます。


「おかしいんでしょうか?」


 うーんと唸り、考えがまとまらないようです。

 お、何か思いついたようですね。


「さっきのきったない字のメモもう一回見せて下さい」


 確かにきったない字ですけどね。

 そう言えばタロウと違って父は食べ方も汚かったですね。


「どうぞ」

 僕の手から受け取ったメモを食い入るように見つめるタロウ。


「ほら! 全然日本語と違うやん!」


 そうなんですか?


「文字はニホンゴとは異なるのですね。あれ? でもタロウ、あなた先ほどこのメモ一緒に読みましたよね?」

「……そうなんすよねー。形は全く違うのに読めてんですよねー」


 タロウが首を捻ります。

 しかし別に不都合がある訳でないし、逆に会話ができなかったら不都合だらけです。


「まぁ良いじゃないですか。会話が成り立たなかったら大変です」

「んー……、まー……、そっすね!」

「父が何か知っているかも知れません。また訊ねる機会もあるでしょう」


 食事の再開です。

 タロウはその後スープをひと皿と、小さめのパンを二つ食べ切って「ごちそうさまでした」と口にして手を合わせました。

 食事終了の合図でしょうか。


「足りないんじゃないですか? おかわりもありますよ?」

「いやもうお腹いっぱいっす。美味しかったっす」


 大人の食事量としては半分ほどしか食べていません。実は口に合わなかったのでは……。


「こんなにいっぱいご飯食べたの久しぶりっす」


 確かに満足そうな顔ですが。


「普段はどんなものを食べていたんです?」

「だいたい菓子パンっす」

「カシパン」

「このくらいの」


 両手で丸を作って大きさを教えてくれました。小さめですね。


「それを昼と夜にひとつずつ」

「少なすぎー!」


 あ、失礼。

 タロウのが伝染うつってしまいました。

 タロウもびっくりしていますね。


「さすがにそれは少なすぎるんではないですか?」

「ゴロゴロしてるだけなんでお腹空かないんす」


 そういうものかも知れませんね。


「そういうヴァンさんも少ないじゃないっすか」

「僕はダンピールなのであまり食事は必要ないんです」

「ダンピール?」

「吸血鬼と人族のハーフの事です」


 ちょっとの沈黙。

 少し恐る恐るといった感じでタロウが言います。


「……血、吸うから?」


「吸いませんよ。吸えない事もないらしいですが、生まれてから一度も血を飲みたいと思った事はありません」

「そういうもんなんすか?」

「真祖の吸血鬼である父でさえもう百年近く吸ってないはずです。父には吸血衝動があるそうですが」


 タロウの所でもそうみたいですが、こちらの世界でも吸血鬼のイメージはそう良くなかったですしね。

 今はそれこそ、父が五英雄の一人として君臨しているので吸血鬼には生きやすい世界となったのだろうと思いますが。


「父はどうか知りませんが、僕は水や空気からも栄養を摂っているそうです。ただ、料理と食事は楽しいので趣味としても毎日しています」

「ヴァンさんなら料理上手な良いお婿さんになれるっす」


 褒められました。

 母が亡くなってから久しく料理を褒められる事が無かったので嬉しいですね。


「今後の事を相談するはずが全然していませんね」

「ほんとっすね」


 これからすれば良いんですが、見るからにタロウが眠そうです。


「今夜はもうやすんで明日にしましょうか。ファネル様の寿命も心配ですが、慌ててもロクな事がありませんから」

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