異世界ニートを生け贄に。

ハマハマ

1「始まり」

 ――この世界は七十年前、元のかたちからおよそ四分の一になりました。

 みんな知ってる様にくらき世界から来た神との戦いのせいですね。


 七十年前、昏き世界から来た神と戦った――

 人族の勇者ファネル。

 獣人の王ガゼル。

 竜族の長アンセム。

 妖精女王タイタニア。

 そして真祖の吸血鬼ブラム。


 彼ら五人は昏き世界から来た神を仕留める所まで追い詰めましたが、あと一歩という所で世界を人質に取られ、そして結局は世界の核を破壊されてしまいました。


 そして彼らが取った手段は――――




「じきに丸ごと吹っ飛んじまう! ここは俺に任せて行ける所まで、とにかく遠くまで行け!」


「お前一人でやれんのか?」

「ばかファネル! 人族のお前が一番足遅いんだから早く行け! 黙ってとっとと行け!」


「ファネルよ、一対一ならブラムに任せるしかあるまい」

「そうね、アンセムの言う通りよ。ファネルの次にワタシが足遅いから先に行くわ。みんな、逢えたらまた逢いましょうね。じゃ、お先に」


「分かったよ! オメーらと違って俺は走るしかないしな! じゃーまたな! みんなしくじんなよ!」


「アンセム! ワシら二人の速さに世界をどれだけ残せるかにかかっておる! 1メーダでも遠くまで行くぞ!」

「ふん。たかが獣人の王が言うじゃないか。ではブラム、また逢える日を楽しみに私も行く。負けるでないぞ!」


 ブラムは一人、昏き世界から来た神と対峙し、

 タイタニアはそのはねを西へと羽ばたかせ、

 ファネルは北へとがむしゃらに走り、

 ガゼルは東へ飛ぶように駆け、

 アンセムは自慢の翼で南へ飛翔んだ。


 そしてただひとり残ったブラムが昏き世界から来た神の命を絶ったと同時、核を破壊された世界は弾けました。

 しかしブラムを中心とした結界が、タイタニア、ファネル、ガゼル、アンセムを繋ぐことによりその命脈は護られました。

 ただし、その結界が作る歪な円の内側を護るに留まり、円の外側の世界は失われました――






「その残された円の内側が、いま君たちがいる世界です。ちゃんと五英雄様に毎朝お祈りしていますか?」


「「してまーす!」」

「良いお返事ですね。お父さんお母さんに、日々の食事に、いつもの健康に、そして五英雄様に、あかき神に、感謝を忘れてはいけませんよ」


「ねー先生」

「なんだい?」


「ヴァン先生のお父さんて吸血鬼ブラムなんでしょ?」

 同じ様に質問顔の子供たち。


「そうだよ。ブラムが昏き世界から来た神を倒した時、先生は十歳ちょっとだったかな」


 先生って八十歳なのー?

 吸血鬼なのー?

 血吸うのー?

 ブラムくらい強いのー?

 ブラム元気ー?

 ブラム最近何してんのー?

 先生おじーちゃんじゃんショックー!


 なんて子供たちがはしゃぎます。


 そうなんです。

 子供たちの質問通り、村で子供たちに読み書きを教えている僕は五英雄の一人ブラムの息子であり、若く見えますが実は八十歳のおじーちゃんです。


「はいはい、そこまでそこまで」

 手を叩いて子供たちを落ち着かせます。


「確かに僕はブラムの子供で八十歳過ぎです。けどね、お母さんは人族だから吸血鬼と人族の混血、ダンピールなんです。だからブラムみたいに強い訳じゃないですよ」


 授業が脱線して飛んだ話題が、さらに五英雄の伝説に飛んで長引いてしまいました。

今日はもう終わりにしましょうか。


「じゃーみんな、また明日!」




 ここは明き神を祀る教会です。

 子供たちが帰ったあと、いつものように僕は教会の掃除をします。


 そうしてから一人、眼鏡を外し目を閉じ、明き神に、父に、亡き母に祈りを捧げます。


 静かな時ですね。

 村の中心から少し離れたこの教会の中も、教会の外も、本当に静かです。


 けれど唐突に静寂が破られました。

 バキバキバキと木の枝が折れる音、それと共にギャァギャァという叫び声、続いてドスンという鈍い音。


 僕は眼鏡を掴み、まさか飛竜でも落ちてきたかと思い護身用の短剣も引っ掴みました。

 例え飛竜だったとしてもさっきのドスンという音からして墜落。まさか無傷という事はないでしょう。


 教会を出ます。


 ――?


 目の前の一番背の高い木の枝がバキバキに折れています。

 そして根元の側、地面から二本の棒が生えている様ですね。


 とりあえず危険はない様です。

 落ち着いて眼鏡をかけ、慎重に二本の棒に近づきました。


 何か聞こえます。なんでしょう。


「死ぬー……、出せー……、タスケロー……」


 人です。

 人の足です。


 木の一番高い所から枝が折れていますから地上まで大体30メーダ。

 最低でもあの高さから真っ逆さまに落ちて太腿くらいまで地面に突き刺さってるのに生きているようですね。


「死ぬ、マジで死ぬ。タスケロ……」


 あ、やばい。

 とにかく引っこ抜きましょうか。


 両足をそれぞれ脇に抱えて引っこ抜いてみます、が。

 これ相当ですね。

 ダンピールの腕力でも簡単には抜けそうにないです。ちょっと本気で力を入れましょう。


「いだだだだだ……! 腿がちぎれる! 顔面が、土に……!」


 ズポッ、と綺麗な音とともに青年が現れ、力尽きたように地に伏しました。


 少しの間、放置してみます。

 一応、用心ですね。


 そーっと顔を上げる青年と目が合いました。

 目が合った瞬間に、目が合った事を無かったことにしようという思いからか、青年はゆっくりとまた地に伏します。

 思ったよりは大丈夫そうですね。地面に擦れた顔は傷だらけですけど。



「大丈夫ですか?」

 できるだけ平静に、冷静に、柔らかい声で問いかけました。

 柔らかい声が功を奏したのか、恐る恐る青年が顔を上げます。


 黒目、黒髪。

 細みの青白い顔。

 卑屈そうな笑みを浮かべながら話し始めた青年。

「な、なんとか大丈夫そうです。助けていただきありがとうございま……」


 僕の顔を見て驚愕の顔となりました。なんか付いてます?


「おまえ……さっきの銀髪赤目野郎やないか!」


 そう、確かにダンピールの僕の瞳は赤みがかった黒。どちらかと言えば黒目なんですが、光の加減で赤目に見える事もあります。

 髪色も黒に近い銀髪で、暗い所で見ると黒っぽい灰色に見えます。

 でもさっきの『銀髪赤目野郎』というのはちょっと何の事か分からないです。


 ガバッと体を起こして身構える青年。どう見ても怯えていますね。


「来るな! 近づくな!」


 言われなくても近付きません。

 ここは刺激してはいけない。

 より一層の柔らかい声を意識します。


「ちょっと何言ってるか分からないんですが、どうして空から落ちてきたんです?」

「分からんって、おまえが俺の顔にアイアンクローかましてギリギリ締め付けて気失いそうになった所で空から落ちたんやん」


 さらに何言ってるか分からないです。


「いきなりのアイアンクローで一瞬しか見てないけど! 絶! 対! おまえやった!」


 うーん、思い当たる節が――――あります。残念ですけど。

 これは参りましたね。


「それやっぱり僕じゃないですけど、何となく分かってきました。ここじゃなんですから教会に入りませんか。傷の手当てもしないと」


「おまえじゃないならあれ誰やねん!」


 うーん、ほんと参りました。きっと非があるんでしょうね。


「おそらく父です。父は力を使うと真っ赤な瞳になりますので」


「……あ、そう。あのいかついの……お父さんなん」


 腑に落ちない顔。それはそうでしょう。見た目はそっくりですもんね。


「とりあえず教会へどうぞ。もうすぐ日も落ちますし、傷の手当てのあと食事も用意いたします」


 教会へ案内します。

 首を捻りながらも、「はぁ」とか「へぇ」とか呟きながら大人しく着いてくる青年。


 教会の椅子に青年を座らせて、温かいお茶を入れて差し出します。

「あ、どもっす。いただきます」


 きちんとお礼の言える良い青年のようですね。先ほどの怯えも落ち着いたようで少しホッとしました。

 傷の手当てをしながら、まずは自己紹介からですね。


「僕はこの村で教会の管理と、村の子供たちに読み書きを教えているヴァンと申します」


「あ、俺は京野 太郎っす。無職っす」

「キョーノタロウさん。変わったお名前ですね。どちらのお生まれですか?」


 青年は少し驚いた顔で言います。

「そうっすか? 日本ではそんな珍しい名前でもないんですけど。あ、でも今どき太郎ってのは珍しいかもですけど」


 ニホン? どうやら地名とか村の名前のようですが聞いた事がないですね。僕が知らない村ってほとんどないはずなんですけど。


「ニホン……ですか。申し訳ない、寡聞にして存じ上げないのですがどちらの領でしょうか」

「リョウ?」

 ちんぷんかんぷんという顔のキョーノタロウ。


「リョウってなんです? 日本は日本っていう国なんですけど。え、あれ? 日本知らない?」


 おぉ、これはヤバいのを拾っちゃったかも知れません。

 父さんに聞ければ早いんですけど、なにぶん遠いし現実的じゃないですね。


「領というのは、この世界を五つに分けた大まかな地方の名前です。ちなみに現在この世界には国というものはありません。かつてはいくつかありましたが、七十年前にほぼ失われてしまいました」


 キョーノタロウの口が開きます。

 しかし声を発することなく、呆然と開いたままです。

 なんだか分からないけどとても気の毒な気持ちを誘う、そんな呆然具合です。

 オホンと小さく咳払いして続けます。


「えー、ちなみにここ、ペリメ村はアンセム領の中央北寄りに位置します」


「はぁ、アンセム領、っすか?」


 キョーノタロウは何かを諦めた様です。

 とりあえず話を聞く態勢の様なので、今日子供たちにも聞かせた五英雄と昏き世界から来た神の戦いを掻い摘んで説明します。

 この世界は七十年前に四分の一を残してその他は消失したこと、残された四分の一のうち東側をガゼル領、西側をタイタニア領、南側をアンセム領、北側をファネル領、そして中央がブラム領である事を説明しました。


 黙って聞いていたキョーノタロウが言います。

「あ〜……っと。え〜……っとな。それ何の物語? ファンタジー?」


 うーん、作り話だと思われてるっぽいですね。しかしこの世界の真実を今まで知らないままのはずないんですけど。

 どうしたら良いんでしょうこの人。


「あのですねキョーノタロウさん」

「太郎で良いっす。だいたいみんな下の名前で呼ぶんで」

「下の名前? じゃあキョーノが上の名前ですか?」


 ジトっと馬鹿を見る様な目でこちらを見るキョーノタロウ。


「キョーノは苗字っす。外国の人だってあるでしょ、苗字」

「ミョウジ……? いや、僕の知る限りみんな名前はひとつです。上とか下とかミョウジ? とか、そういうのは無いです」


「いやあるでしょ! ジャッ◯ー・チ◯ンとかアー◯ルド・シュ◯ルツェネッガーとか!」

「いえ、ないです。その人たちも知りませんし……」


 愕然とするキョーノタロウ。

 何だか本当に気の毒な気持ちを誘います。


「ところでタロウさん、父に会ったとか」


 僕の声で正気を取り戻した様子のキョーノタロウ。

「そうそう! あいつあいつ! あいつどこ行ったん!? なんか良く分からんけどあいつのせいじゃないん!?」


 最初の勢いを取り戻した様にまくし立てます。確かにのせいなんじゃないかなー、と僕も思うんです。


「ここには居ません。中央のブラム領に居ますので」

「え、いやでもさっき会ったんすけど……」


 うーん、たぶんきっと父のせいなんでしょうね。いやもう間違いないでしょう。


「何か言ってませんでしたか?」

「なんか、ようやく見つけた、とか。とりあえずアイツの所に飛ばすか、とかそんなんぶつぶつ言ってて、そんでいきなりアイアンクローで締め付けられて、次はいきなり空の上で木の中に突っ込んでたんす」


 うーん、もう何やってんですか父さん。僕が悪い訳じゃないですけど、凄くいたたまれない気持ちですよ。


「それは、何というか、大変申し訳ない。その、どうして父の所に?」

「知らないっす。家でゴロゴロしてたら急に周りが暗くなって、次に明るくなったらやけに広い部屋に居て、目の前にその、ブラム、さん? が居てぶつぶつ言ってたかと思ったらアイアンクロー」


 少しの沈黙。


 父さんもタロウも何なのホント。訳が分からない。僕はどうすれば良いんでしょう。


「あ、そう言えばここに何か入れられたっす」


 そう言ってズボンの前ポケットに手を突っ込んで取り出した、細い筒状の何か。タロウから受け取って改めます。

 ポン、と蓋を開き中から出てきたのは一枚のメモ。

 手のひらサイズのそれを机に置いて二人で覗き込みました。


「めっちゃ字汚いっすね」


 いやお恥ずかしい。父の悪筆は相変わらずの様ですね。


『我が子ヴァンへ

 そろそろファネルの寿命がやばい。よく考えたらあいつだけ人族だから当然だよな。

 ファネルが死んだらファネル領とその境界付近は消滅間違いなし。もしかしたら全ての結界そのものがなくなるかも知れん。

 だから魔力量の多いのを長年探してたんだが、良いのが居なくってな。

 この前ようやく見つけたんだが、だったんで説明せずにとりあえず連れてきた。

 まぁ説明したって『生け贄いけにえになれ』とか言われてウンとは言わんよな。

 とりあえずアンセムのとこに連れてって話を聞いてくれ。大体説明してある。


 追伸

 強制転移なんて消費魔力の大きい術を使ったんで俺は寝る。しばらく起こすな。  ブラム』



 長めの沈黙。


「……え? 俺? ……生け贄?」


 あちゃー。

 一緒に読んじゃいましたよ父さん。

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