姉さん(17歳高2だけど身長137.2cmで見た目は小4女児。ちなみに血は繋がっていない)が水着に着替えたら

小糸 こはく

第1話

 夏休み初日、うだる暑さの中でセミたちが陽気に歌っている。

 ミンミンミーンミンと、楽しそうだなキミたち。僕は中3受験生で、地獄の夏休みの始まりだというのに。


 強いしとセミの合唱を浴びて、本来なら部屋にこもって勉強していたい僕が行きついたのは、クーラーが効いたショッピングモール内の水着屋さん。

 当たり前だけど、店内は水着だらけ。そして9割が女性物で、男子中学生が来る店じゃないのは考えるまでもない。


「フリルついてるのとついてないの、どっちが似合うと思う?」


 夏休みが始まってからの水着選びは、遅いんじゃないか?

 男の僕だってそう思うのに、左右に1着づつ水着を持った姉さんが、それらを見せつけるようにして聞いきた。


 フリルがどうこうの前に色が違うじゃん、水色とピンク。そして男子の僕に、女の子の水着のしがわかるわけがない。

 むしろ、わかってる方が気持ち悪い。


「どっちでもいいよ。にあうにあうー」


 どっちがいいなんて、見せられてもわかんない。

 着ててもわかんないと思うのに。


「あんた、もっと真剣に考えなさい。お姉ちゃんに似合うのはどっち!」


 だから、どっちでもいいって。どっちも微妙だし。

 早く帰って勉強したいんだど。


「……はぁ」


 思わず溢れちゃったため息に、


「なにそれ! ふざけてんの!?」


 理不尽な怒りが返ってきた。


 姉の水着選びに真剣になる弟がいるとしたら、そいつはごく少数派だ。普通の弟は、こんなのに付き合いもしないだろう。

 この場にいるだけ、僕は姉に友好的だといえる。


「それさ、どっちもワンピースじゃん、それになんか子どもっぽい。小学生が着てそう」


 というか、明らかに女児用でしょ。パステルな色合いとか、肉球柄とか。


「は? ワンピースだからなんなの!?」


「姉さん高2だよ? この前17歳になったよね。女子高生が着る水着ってビキニじゃないの? 知らないけど」


 僕の主張に、悔しそうな顔をする姉さん。


「し、しかたないでしょ! あたし140cmしかないんだから! 小さいのしか選べないもんっ」


「140cmって……なんでそんな微妙なウソつくの? 137.2cmでしょ、この前母さんと話してたじゃん」


「そんなの誤差ごさよ!」


「だったら135cmでいいでしょ。その方が誤差少ないし」


「うっ、うっさいバーカ!」


 姉さんは身長と同じで、精神年齢も低い。小学生から成長してないと思う。ただ勉強はできるんだよな、この人。わけわかんない。

 必死で勉強している僕より、いつ勉強してるかわかんない、遊びほうけている姉さんの方が成績いいんだから。

 それになぜか、英語教室に行ったことないくせに英語が話せる。本人が言うには、


「外国のドラマとか動画見てたら、いつの間にかわかるようになってた」


 らしい。

 なんだそれ、英語を必死で勉強してる弟の身にもなれ。


 頭のできがいい姉と、普通の弟。

 単純にいっちゃえばそうなるんだろうけど、僕と姉さんに血のつながりはない。遺伝子が違うんだから、頭の出来が違っても不思議じゃない。

 でも、もう10年くらい姉弟やってるから、関係は本当の姉弟と変わらないだろうけど。


 もめてる僕たちに、


「まぁまぁ。妹さん、お兄さんに水着を選んでもらいたいんですよ」


 声をかけてきた若い女性の店員さんへと、


「「姉です」」


 僕と姉さんの声がハモる。


「この人、姉です。僕は弟です。そう見えないのはわかりますけど、この人、高校生です。17歳です。僕は中3です。受験生です」


「そ、そう? じゅう、なっ!? えっ、でも……」


「わかります。どう見ても小学生ですから。身長だけじゃなくて、雰囲気が完全に小学4年生ですから。でもやっとここまで成長したんです。中学生になったときには小学3年生でしたから」


「余計なことゆーな!」


 姉さんにすねを蹴られた。


「姉さん足蹴るのやめてよ。17歳はそんなことしないって」


「するわよ! 17歳でも27歳でも、お姉ちゃんは生意気な弟を蹴るわ」


 店内でぎゃーぎゃー騒ぐ姉弟に、


「すみません。ここ、お店の中ですので……」


 店員さんが、怒りを含んだ笑顔の見本みたいな顔を向けた。


     ◇


 水着を選んで店内をうろつく姉さんの後ろを、適当について歩く。

 めんどくさい。そして、なんか恥ずかしい。僕だって思春期なんだから、女性の水着を見てるだけでもドキドキしちゃうんだけど。


 こうなったら奥の手だ。明らかに小学生女児用と思われる、僕でもドキドキしないタイプの水着を手にする姉さんに、


「姉さん、正直にいっていい?」


「なに」


「姉さんはめっちゃかわいいから、どんな水着でも似合うだろうけど、僕としては姉さんの水着姿を誰かに見られるのが嫌だから、プールとか行くのやめてほしい」


 遠回しに、「もう帰りたい」とつげた。


「い、いや……まぁ、それはわかんなくないけど? あんた、お姉ちゃんっ子だもんね」


 んなわけねー。どう勘違いしたらそうなるんだ。

 ……いや。確かに昔は、そうだったかもしれないけど。


「でもお姉ちゃん、お友だちとプールいく約束してるんだけどなー」


「お友だちって、マホさんとか?」


 マホさんは姉さんの幼馴染で、高身長美人。僕にも親しく接してくれて、女性らしいけど凛々しいところもあって、ステキなお姉さんって雰囲気の人なんだ。


「うん、マホちゃんだけじゃないけど。あっ、女の子だけだから安心して」


 女の子だけって、むしろそっち方が危なくないか? ナンパとか、女の子グループの方がされやすそう。


「ふーん、マホさんがいるなら安心だけど」


 僕も連れてってほしいくらいだ。マホさんの水着姿、ステキなんだろうな~。


「あっ、わかった! あんた、もう飽きたんでしょ」


 やっとわかったの? もうというか、最初から飽きてるよ。家を出る前から。


「でもあたし、もうちょっと見たいから。疲れたんなら外でジュースでも飲んできなよ、自分のお小遣いで。20……30分くらいしたら戻ってきて」


 そこは「このお金で」って、1000円くらい渡すところだろ。水着の森に進んで行く姉さんを見送る僕に、


「やっぱりお姉さん、弟さんに選んでほしいんじゃないですか?」


 さっきの店員さんが話しかけてきた。


「はぁ、そうっすか」


 そういわれてもなー。

 どうしろと?


「あのね、ここ水着屋さんなの。水着売れないと困るの。いいからどれか選んでくれない?」


 ……あ、はい。

 とはいえ、


「選ぶといわれましても、僕くらいの男子が女性の水着を選べると思います?」


「思わない。でも選んで、わたしのお給料のために」。


 姉さんに目を向けると、水着をちらっと見るだけで棚を素通りしている。

 なんでだ? もっとちゃんと見ないとわからないでしょ。


「あれ、ちゃんと見てないですよね」


「見てると思いますよ。いい難いんですけど、お胸のサイズで弾いてるんじゃないかな?」


 そうですね。うちの姉、お胸ありませんからね。わかるー。


「じゃあ、キッズ用でもいいですから、それなりに大人な感じなのを紹介してやってください。あの人、いつまで店内ウロウロするかわかりませんよ? 僕に、女の子の水着のいい悪いがわかるわけないですし」


「それは、勉強しないといけないわよ? 男の子だもの」


「えー、めんどいです」


 そんな勉強する時間あるなら、英単語のひとつでも憶えるよ。受験生だし。


「お姉さんで練習すればいいですよ。彼女とってもかわいいから、なんでも似合っちゃうでしょうけど」


 まぁ、確かに。姉さんって小学4年生としてみれば、めっちゃ美幼女だからな。サイズが合えばどんな服でも着こなすっていうか、変に思えないし。

 でも、


「あれで? あの姉で女の人の水着選びの練習ですか? 僕別に、ロリ趣味じゃないですけど。むしろ自分より背の高い人がいいんですけど」


 僕はなんというか、「頼れるお姉さんタイプ」に心を持っていかれる。別に年上じゃなくても、同級生でも「しっかりした委員長タイプ」が好きかも。

 僕より背が高ければなおいいけど、同級生の女子で僕より背が高い子はなかなかいない。


 僕の女性の好みに興味がないのだろう、店員さんはにっこり営業スマイルを作ると、


「ではこちらへ。オススメを紹介しますねー」


 お給料のために営業を開始した。

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