【🎉カクコン10短編 参加作品🎉】染谷くんの日常~大晦日編~

🐺東雲 晴加🌞

大晦日に雪は降る~お雑煮~




 今年の冬は雪が降る降ると言われていたが、十二月の末になっても降る気配はなく、ニュースで流れる鳥取での大雪映像に、雪国の名前を返上した方がよいのではと思っていたのだが……


「えぇ……」


 よりによって大晦日、実家に帰省した日に降らなくてもよいではないか、とダイは実家の最寄り駅に降りて立ち尽くした。


 目の前の道路には積雪20センチ程の雪。

 アパートの近くではさほど積もっていなかったから油断した。北陸育ちのダイにとっては20センチの雪は大したことはない。ただ、ダイの実家は駅から徒歩で30分ほど。田舎の為、バスは一時間に一本程度である。しかも急な雪でバスは遅延しており、一本前のバスが20分遅れで先ほど出たばかりらしい。タクシーを使えば楽勝だが、そもそもバスか歩きで帰宅しようとしていたダイにとったらタクシー代は痛すぎる。実家の家族達は買い物に出かけていると言っていた。

 

 ダイはため息をつくと荷物を抱え直して歩き出した。



 

「いや、さっむ……!!」


 高校時代に空手で鍛えた身体と体力のお陰で、無事実家にはついた。

 だがしかし、雪を踏みしめながら歩いてすんなりたどり着くはずもなく、普段30分の道のりはなんと50分もかかってしまった。しかも駅から実家近くまでは、ほぼ田んぼの真中一本道。

 途中降り出した雪にさらされながら、実家についた頃には遭難するかと思った。幸いだったのは、嫌な予感がした為足元はスノーブーツだったことだ。これがスニーカーだったら死んでいた。足が。


 実家前にたどり着いた時には、ちょうど買い物から帰ってきたらしい母と高校生の妹が車から降りてきた所で「あんた歩いてきたん!?」とカギ括弧かっこの後にアホなん? というセリフが聞こえた気がしたのはきっと気の所為じゃない。……確かに、自分でもアホだと思う。

 母が慌てて家の鍵を開けてドアを開けてくれる。家の中からは温かな空気が流れ込んできた。


「あったけぇ……」

「お兄って賢いのか馬鹿なのかわかんない時あるよね」


 四つ下の妹がケラケラと笑うので、とりあえず妹の首筋に冷えた手を差し込んでやった。




「夜に年越しそば作るけど、寒かったやろう。明日用に雑煮するけど今食べる?」


 食料品の買い物を冷蔵庫にしまいながら母が尋ねる。


「んー」

 

 ダイの実家の雑煮はシンプルな醤油ベースのおすましに、ネギと丸餅、あれば紅白のふかしが入っただけのものだ。

 おせち料に飽きた正月に食べる分には旨いのだが、正直今の冷え切った身体が欲しているのはそれではない。


「俺、あれ食べてぇな。母ちゃんの粕汁かすじる


 粕汁とは、材料は大体豚汁と同じで、大根、人参、ごぼうや油揚げ、こんにゃくが入っており、そこに鮭と味噌、酒粕さけかすを入れた汁物のことである。

 ダイの住む石川ではこの寒い時期には時折食卓に上がる献立の一つであり。学校の給食なんかにも出る。

 ただ、給食の粕汁は子ども用の為か酒粕の量が少なく、ほとんど酒の風味はしない。それでも普段の汁物とは違う風味のこの料理を苦手に感じる子どもも多く、あんまり人気の献立とは言えないのだが……


 染谷家は母が粕汁大好き人間のため、幼い頃から冬の定番メニューであり、なぜかこれを苦手だというものは染谷家には居ない。


「え!! 私ものみたい! 粕汁!!」


 案の定妹も声を大にして賛同した。


「……あらぁ、あんた達気が合うねぇ……。今日の予定じゃなかったんだけど、ちょうど酒粕買ってきてるわ」


 エコバックから顔をのぞかせた酒粕に、妹は手を叩いて喜んだ。



 料理はお手の物の母とは言え、夕飯前に急なリクエストをしたのは自分なので母と一緒にキッチンに入る。

 とりあえずごぼうをたわしで軽くこすり、ささがきにしてボウルに張られた水に落とした。


「あら、ダイうまくなったやん」

「いや、ごぼう削ぐだけやろ」


 意外とそれができんもんよと母は笑った。染谷家はみんな食べることが好きなため、小学生の頃からちょくちょく母に習ってキッチンに入っていた。

 中学生にもなると今は動画や情報がネットすぐに検索できるため、自分で調べて作ることもあったから基本的な調理は高校時にはマスターしていた。

 人に作ってもらうご飯が美味しいのは当然だが、自分で食べたいものを好きな時に作れるのも有り難い。お陰でそんなに凝ったものは作れないが、とりあえず一人暮らしでも食には困っていない。


 具材を鍋に入れて水を入れて火にかける。出汁を入れて煮えるまでに、母が鮭を一口大に切って軽く表面をフライパンで焼き始める。鮭の独特な香ばしい香りが漂ってきて、それだけで腹が鳴りそうだ。

 両面を軽く焼いて煮立った鍋に入れる。酒粕はシート状に伸ばされた『板粕いたかす』とバラバラになった『バラ粕』、ペースト状に練られた『練り粕』がスーパーに売っていることが多い。

 ダイの地域では日本酒の酒蔵も多いため、酒粕の種類も割と豊富だ。板粕が一般的ではあるが、母は溶けやすい練り粕がお気に入りらしい。


 いよいよ酒粕を鍋に投入する、と言う段階になって今までテレビを観ていた妹が間に入ってきた。


「たくさん! 酒粕たくさん入れて!!」


 ……酒臭くて嫌だ、と言う者も多いのに妹は酒粕を大量に入れろと言ってくる。


(こいつ、絶対呑んべぇ確定やん)


 親の晩酌用の芋焼酎の香りを小学生の時から「良いにお~い」とのたまう妹だ。呑んべぇにも遺伝はあるのか。

 ちょっと妹の将来が心配になりつつ、酒粕大量投入の案には異論はないのでダイは妹の仰せのままに酒粕を投入した。

 ……成人したら、呑みに連れて行ってやろう。



 仕上げに味噌を入れて味を整える。味見をしてみるが冷えた身体に酒の香りと味がしみてなんとも旨い。


「うんまぁ……」


 このままでも十分旨いが、一晩寝かせるととろみがましてこれまた旨くて二度美味しい。

 明日の朝のことを想像したらもう顔がにやけた。


 完成した粕汁をみて、母が「もういっそそこに餅入れて今年は粕汁雑煮にしたら」と悪魔のような提案をした。


 流石食いしん坊を産んだ母親だ。ダイの食欲は母のせいに違いない。


 正月用に買った丸餅を焼いて粕汁に浮かべる。

 ダイニングテーブルに妹と向かい合って粕汁をすすった。まだ完全には抜けきらないアルコールが身体を芯から温めてくれる。


 一人暮らしでは中々こういった大量に作らなければ美味しくない汁物は作らないから、実家に帰った時のお楽しみである。


「あー……最高に美味しい……」


 妹も幸せ顔で粕汁をすすっている。

 昼間から粕汁をすすって喜んでいる女子高校生に、コレで良いのかと思わなくはないが。


「……そう言えばお兄、元日出かけたりするの? 初詣とか」

「いや? 特に予定はないけど。……なんで?」


 妹の唐突な質問に首を傾げる。


「んー? いや、ホラ彼女とかと出かけたりしないのかなーって」


 そう言われて「……いねぇよ、んなもん」と返すとあからさまにパッと表情が輝いた。


「やっぱり? だよねー! 良かった、彼女いなくて!! 私初売り行きたいんだよね―!」


 彼女居たらどうしようかと思った―! 車出してお兄ちゃん! と明るく言われてダイの眉が寄る。

 俺はアッシー君か。


「帰りに白比咩しらひめ神社行ってたい焼き食べようよ―」


 ニコニコ笑う妹を見て、新年早々妹にたかられる事が決定したダイは「早く彼女が欲しい……」と呟いた。


「あんた達年越しそばの海老天は何尾欲しいの?」


 キッチンで今度は蕎麦の出汁を作っていた母が尋ねる。二人は勢いよく声を揃えて、


「「二尾!!」」


 とキッチンに叫んだのであった。



❖おしまい❖


2024.12.28 了


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