第69話 継母の告白(5)

 

 どれだけ時が経ったのだろう。

 意識が朦朧としてる。


 これは、女神様が私に与えた試練なのだ。

 こんな試練など、絶対に乗り越えてみせる。


 私が、トトにした嫌がらせの方が、余っ程酷い嫌がらせだったのだ。

 本当に女神様の試練など、生ぬるい。


 もし、このまま一生、牢屋の外に出られなかったとしても。それは私に対する罰なのだ。

 しっかり、全て受け止めてみせる。


 だけれども、この試練も、後、数日で終わってしまうかもしれない。

 この牢屋に閉じ込められてから、私は食事は疎か、水さえも飲んでいないのである。


「後、数日の命か……」


 お腹が空き過ぎて、もう立ち上がる事も出来なくなっている。

 最後に、もう一度だけ、トトに会いたかったが仕方が無い。

 私がトトにしでかした罪は、私の命を持ってしても全然足りなかったようである。


 最早、死を待つだけ。


 最後に、トトに、お義母かあさんと、呼んでもらいたかった……


「なんで、まだ居るの!?」


「お母さん! 」


 幻覚か? トトやリーナの声が、微かに聞こえてくる。

 もう直ぐそこまで、神様がお寄越しなった天使が、私を天国に迎えに来たのかもしれない。


 実際に、大罪人である私の元に来るのは、天使じゃなくて、地獄の死神だと思うけど……


 ドスッ!


 突然、誰かに抱きつかれる感覚が走る。

 痛覚を感じるので、これはどうやら幻覚ではないようである。


「リーナ……」


 エンエン泣きながら、私の胸にリーナが抱きついてる。


「お兄ちゃん! お母さんを助けてあげて!」


 リーナが、必死にトトに懇願している。

 幼い愛娘に、頭を下げさせるなんて、私はなんて罪な母親なのだろう。

 トトも、本当に困った顔をしてるし。

 リーナが、必死に謝ったとしてもトトは、決して私を助けてくれない。それだけの事を、私はしたのである。


 だけれども、


「お兄ちゃんに、任せとけ!」


 トトは、私の考えを他所に、どうやら私を助けてくれるようである。


 なんで?

 なんで?って、そんな事は、最初から分かってた。


 トトは、そういう子なのだ。

 頼まれると、絶対に断らない。

 それが、可愛がってる妹のリーナの願いなら尚更だ。


 私は、幼いリーナのお陰で、トトに助けられるのである。

 決して、トトに許された訳では無いのだ。


 それだけは、肝に銘じよう。


 私の罪は決して消えないのである。

 私の残りの命を持ってしても、全然足りないのだ。

 それだけの事を、私はトトにしたのである。


「ありがとうございます。トトさん」


 私は、心から、トトに感謝の言葉を述べる。

 もしかしたら、トトは、私が口からデマカセで謝ってると思うかもしれない。

 そんな風に思われる行動を、私は取って来た。


 だとしても、私は、トトに何と思われようと、深く深く反省して、頭を下げるのだ。


「お兄ちゃん! お母さんを助けてくれてありがとう!」


 リーナも、私と一緒にトトに頭を下げてくれる。

 リーナは、私の子供としては、本当に出来た娘である。

 長男カークも、こんな出来た息子に育ってくれていたら……


 長男カークにも、トトに頭を下げさせたい思いだが、あの子だけは本当にダメだ。

 悪い所だけが、私に似てしまった。


 そして、私は、なんとかリーナに支えられて起き上がろうとする。

 すかさず、リーナを助けようとトトも私に近づいてくる。


「トトさん。本当にありがとう」


 私は、思わず、そんなトトを抱き締めてしまう。

 私の謝罪は、言葉では足りないのだ。

 体の全てを使って、トトに感謝の気持ちを表したかったのである。


 トトは、私を拒絶するかもと思っていたが、意外というか私を受け入れてくれた。

 私は、調子に乗って、トトの頭をヨシヨシしてみる。


 だけれども、調子に乗り過ぎたのか、


「この野郎! 俺は、お前を許した分けじゃないんだからな!

 リーナが、助けてあげてと言ったから、助けてやっただけで、お前がリーナの母親じゃなければ、絶対に、助けなかったんだからな!」


 トトが必死になって、私に釘を刺してくる。

 本当に愛おしい。本当は、私はトトの事が大好きだったのだ。

 実際、少しだけ恨んでいたトトの母親にも、憧れていたのである。


 本当に、トトの母親は格好良かったのだ。


 女と思えないサバサバしてる男勝りの性格。実際、夫より強かったし。

 しかも、いつも自由で、人当たりも良く、屋敷のメイド仲間にも人気があった。


 本当は、私もトトの母親と仲良くしたかったのだ。

 だけれども、私は、貴族の娘としては考えられない『家事』スキルを持ってた事で、劣等感もあったのかもしれない。


 それと、正妻としてのプライドも……


 そして、トトは、そんな眩しかった母親の息子なのだ。

 魅力が無い筈ないのである。

 実際、娘のリーナも、トトの魅力にメロメロだし。愛娘がトトの事を大好きなら、母親の私もトトの事が大好きに決まってるのである。


 トトを思わず虐めてしまったのも、愛情の裏返し。

 好きな子に構って欲しく、思わず虐めてしまうような。


 本当にトトは可愛いのだ。

 どんな理不尽な命令をしても、その不屈な闘志で成し遂げてしまうし。


 そんな大好きだったトトが、家の使用人達の言葉を真に受けて、勘違いして、私を嫌ってくるから、思わず可愛さ余って虐めてしまった訳で……

 私としては、トトが最初に私を嫌ってきたから、思わずやり返しただけであって、だけれども、私の酷い仕打ちを頑張ってはね返そうという所が可愛いくて、私は、一体、何を言ってるのだろう。


「分かってます。私が貴方にした事は、今更、謝っても許されない事を。それでも私は、トトさんに謝りたいのです」


 兎に角、私は、今迄、私がやらかしてしまった事を、心から謝罪したのである。


「お兄ちゃん、お母さんを許してあげて。お兄ちゃん、お願い……」


 リーナも、私と一緒に頭を下げてくれる。


「クソー! 分かったよ! 許すよ! 許してやるよ! 本当は許してないけど、リーナが許せというなら、お前を許してやる!」


 やはり、トトは、リーナに甘かった。デレデレだ。


「トトさん。ありがとう!」


 私は、再び、トトを強く抱き締める。


 そして、今迄、ツンデレでトトを可愛がれなかったので、貯めてた分を、大放出するのだ。


 トトが、私を許すという言質も取ったし、これからは思う存分、トトに尽くすのだ。


 今迄、母親らしい事もやってあげれなかったので、トトだけに集中して母親もやっちゃおう。


 私には、女神様に与えられた『家事』スキルがあるのだから、トトの身の回りの家事は、トトの母親である私が、全部やる覚悟である。


 そして、最後は、トトにお義母かあさんと呼ばれる事が、私の秘めた目標だ。


 ダメ過ぎる私には、過ぎた夢かもしれないけど。

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