第38話 ニコル・カスタネット(1)
本当に、俺の腹違いの弟、トトは昔から信じられない事を連発でする弟だった。
母や長男のカークは、腹違いの弟であるトトの事を、無能と罵るが、決してそんな事はない。
だって、まだ小さかった10歳の時に、母に井戸を掘れと命令され、僅か3年で30メートルの深さもある井戸を掘ってしまったのだ。
結局、井戸から水は出なかったけど、普通、子供一人で、井戸など掘れるものじゃない。
それも、知識も何もない状態から、1人で試行錯誤して掘ってしまうのだから、本当に頭が下がる。
自分の力で掘れない深さになると、井戸を掘る為の道具を開発してたりもしてた。
そんな実は凄い弟が、攻撃的スキルじゃなくて、『握手』スキルとかいう、ただ握手すると人の名前しか分からないスキルを、女神様から授かって、物凄くガッカリしてるのを見た時は、本当に可哀想だった。
トトは、攻撃的なスキルを授かったら、冒険者になって旅に出るのが夢だと、よく俺に語っていたのだ。
それなのに、握手して人の名前が分かるだけのスキルしか授かれなかったなんて……
人の運命って、こんなにもスキルの善し悪しで決まってしまうのかと……想像以上に世界ってのは、厳しく、世知辛いものだと思ってしまった。
だけれど、事件は起こる。
何故か分からないが、いきなりトトが街で手相占いを始めたのだ。
ちょっと自暴自棄になりおかしくなってしまったかと思ったのだが、そうではなかった。
話を聞いてみると、『握手』スキルのレベルが上がって、名前以外にも色々な事が分かるようになって、鑑定スキルみたいな事が出来るようになったとか。
この事を聞いた時、俺は、本当に良かったと安心した。
だって、鑑定スキルと同等のスキルなら、食って行くには困らないからね。
とか、思ってたのも、たった数週間だけ。
トトの『握手』スキルは、またまたレベルが上がって、どうやら握った人の手荒れを治す能力を得たみたいだと、家の使用人の女の子に聞いたのだ。
しかも、街で手相占いを始めてから、ずっと、ほったらかしにしてた井戸掘りを急に始めたと思ったら、その日のうちに水を掘り当てて、水汲みが楽になったという話だった。
そして、極めつけは、ヤッパリ手相占い。
余りに人気になり過ぎて、今やトトに手相占いをして貰いたくて、わざわざ王都から、ド田舎であるカスタネット準男爵領に訪れる人が続出。街自体が空前の好景気に。
王都に住んでいて、わざわざ手相占いだけをしにこんなド田舎まで来るような人達って、余裕がある裕福な人達ばかりなので、街にもたくさんお金を落として行くみたい。
王都からカスタネット準男爵領に来る為には、絶対に泊まりになるから、宿屋や飲食店が大繁盛。
カスタネット準男爵領の税収も増えるし、母はウホウホ。基本、お金が大好きな人だから、もう、トトをカスタネット家から逃がさないようにする為に、トトに対する嫌がらせも止めてたりする。
なんか、ずっと、トトと仲直りがしたくて、喋る機会を伺ってるし。
どうやら自分も、手荒れや肌荒れを治してもらいたいみたい。
そして、父はというと、いつもと変わらない。
父は、昔ながらの考えの人なので、貴族は国を護る為に攻撃的スキルが必要で、攻撃的なスキルを持たざる者は貴族では無いという考えの人なのだ。
トトもそれに漏れずに、例えどんなに凄いスキルを得てたとしても、攻撃的スキルを得られなかった時点で、父からは絶対に、貴族の子息だとは認められないのである。
そんな事情もありつつ、好景気が続くカスタネット領で、ある日、事件が起こったのだ。
手相占い中、トトが攫われしまうという、大事件が。
現場を見ていた目撃者によると、家紋が塗り潰されたお貴族様の馬車が来て、トトを連れ去ってしまったとの事。
もう、母とリーナは大慌て!
リーナは、「トトお兄ちゃんー!!」と、エンエン泣き叫ぶは、母は母で、「誰が私のトトを奪ったの!」て、あれほどイジメ抜いてたのに、無かった事になってるし、本当に、もう大変。
父と俺は領兵を率いて捜し回ったが、余っ程、足が速い馬を使ってたのか、見付け出す事が出来なかったのだ。
ん?長男カークは?まあ、長男カークは、トトが攫われて嬉しそうだった。
きっと高位の貴族に攫われて、一生、お貴族様の手荒れを治すのに使われんだろ!て、笑ってたし。
本当に最低な長男で、この男と同じ血が流れてると思うと、虫唾が走る。
そして、トトが街で攫われてから1週間後。
この事件の真相が解る事となる。
その日、カスタネット準男爵家に、フルート侯爵家の使いの者が訪れたのだ。
なんでも、フルート侯爵の奥様が、お忍びでカスタネット領まで、トトの手相占いをしにやってきて、その余りの占いの精度と、手荒れや、肌荒れまで治す能力に感動し、思わず攫ってしまったとか。
ちょっと、思わず拐うって、大貴族様がやる事はどうかと思うが、だけれどもトトの『握手』スキルの能力は本物。
旦那であるフルート侯爵も、トトの能力に惚れ込んでしまい、トトをフルート侯爵家の養子にしてはどうかという連絡が来たのである。
そして、ゆくゆくは、フルート侯爵家の娘のうちの誰かと結婚させる予定だという話であった。
「何ですって!」
もう、母は大慌て、すぐに金ヅルであるトトを奪い返さなきゃと、フルート侯爵に文句を言いに王都に向かおうとするし、リーナもリーナで、
「え~ん。お兄ちゃんを取られちゃったよ~」
と、大泣き。
父だけは、直立不動で、フルート侯爵の使いの話を聞き終わると、ただ一言。
「愚息でありますが、トトの事をよしなに」
と、深々と頭を下げたのであった。
「えー! 何言ってんのよ! アナタ! トトはカスタネット家の人間なのよ!そんな大事な息子を、タダでフルート侯爵家にあげてしまうなんて、何考えてるのよ!」
母は、絶叫。
だけれども、父は、
「黙れ! 侯爵様の遣いの者の前で失礼だ!」
父は、貴族らしい貴族。
爵位の上の者には、絶対に服従しないといけないと思ってるのだ。
実際、そんな貴族などいないのだけど。
普通の貴族は、何か見返りやら、対価を要求するものだと思うけど。
だけれども、父は異国の武士のような考えを持った人で、主君や上司には絶対に服従し、忍び仕える事こそが、騎士道だと思ってるタイプの人間なのである。
これには、母も黙り込んでしまう。
厳格な父が、こうと決めた事は、絶対に覆らないと分かっているのだ。
そして、トトがこの家の子では無くなってしまってから数週間後。
また、フルート侯爵家からの使いの者が、来訪したのだった。
ーーー
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