第5話

真咲藤和先輩は、歩くセックスシンボルだそうです。

通称がものすごく気持ち悪いです。


でも。

誰がつけたのかは知らないけど、ナイスネーミングだと思います。

先輩が誰かに声をかけるたびに、男女問わず心を奪う悪い先輩です。

でも先輩はやっぱり女の子にすごくモテるから、そこはちょっともやもやなります。


「真咲。髪の色変えたのー?」

「あ、分かる? ちょっとだけピンク入れた」

「似合う似合う。かっこいいよ」

「ほんとー? 嬉しいなー」


二年の教室に行くと、そんな光景がいつも目に入る。

うーん。

私はそれをじっと見ながら、胸がちくちくなる自分に気づく。


あああああーー。

私って結構先輩の事好きなんだな、これ。


「あ、真咲。彼女来てるよ」

「うそっ!」


先輩はくるっと振りかえって、私を視界に入れると、スキップするようにして跳んできた。


「あいちゃん。迎えに来てくれたんだー」

「お話し中じゃなかったですか?」

「大丈夫だよー」


素直にそう言う先輩に少しホッとして、一緒に手を繋いでいつもの階段に向かった。

校内では名物カップルみたいに扱われているけど、いまだ一応付き合ってはない。


付き合ってもいいなとは思うんだけど、付き合おうっていうと先輩が調子に乗ってラブホ発言をかますだろうから、とりあえず放置してる。

放置プレイも喜ぶんだよ、この人。

友達だよねーって言いながらへらへら笑うから、それを見てるだけでも楽しいんだ。


「今日はグリコするよー」

「は?」

「若林にね、友達と階段でする事なに?って聞いたら、グリコって言ってた」

「………ああ」


グリコですか、若林さん。

高校生の友達同士でグリコって希少だと思うけどね、私は。

小学校以来してないから若干忘れてるよ。


「グーがグリコで、パーがパイナップルですよね?チョキはなんだっけ?」

「チヨコレイトだよー」

「ああーそうだった。チョコレートのチヨコレイトね」


うんうんと頷く先輩が可愛くて、私は素直に先輩とじゃんけんをした。


「じゃんけんぽん」

「あいこでしょ」


ああー、私たちばかみたいだ。

早く付き合った方がマシかもしれない。


「おっぱいの半分は優しさ~」

「いきなり歌うのやめてくれます? しかも気持ち悪い」

「俺の半分教えてあげよっか?」

「……え? うん」

「左が性欲でね、右があいちゃん」

「それって……嬉しい事ですかね?」

「うん。だって半分だよー」

「そ、そっか」


段差が三段ある中で、立ちながら喋る。

しかも、補足するように、「性欲も今はあいちゃんに向かってるよ」なんて口に出すもんだから、私は冗談なのにも関わらず顔が真っ赤になった。


先輩が三段上にいるせいで、背の差もあって、私がかなり下から見上げる感じになる。

いい事を思いついて、先輩に声をかけた。


「私は半分じゃなくて全部先輩ですよ」


にこっと満面の笑みでそう言うと、先輩は分かりやすくかぁっと頬を桃色に染め上げた。

その後、ほっぺを両手で覆って隠すようにする。

目を丸くしながら、私を焦点が合ってるのか分からない瞳で見つめてくる。


……この人って、どれだけ私が好きなんだろう。

こういう反応を見ると、結構本気で好きなのかなって思ってしまう。


だけど、歩くセックスシンボルといわれる、校内で人気ナンバーワンの先輩。

平凡すぎる私を好きだなんてどうかしてる。

だから、いまいち信じきれないんだよね。


「じゃあ、俺も全部」


そう言った先輩にくすくす笑っていると、手をぐいっと引かれた。


「わっ」


先輩の胸元にぼすっと飛び込んだ私は、ぎゅうぎゅうに抱きしめられて。

その圧迫感が心地よくて胸に頬を擦り寄せた。


「あいちゃん」

「はい」

「あいちゃん。俺のエンジェル」

「きもいです。私エンジェルって柄じゃないんで」

「エンジェルって呼ぶね。これから」

「話聞けよ。先輩の方がエンジェルみたいですよ」

「俺ー? ありえない。あいちゃんの方がエンジェルだし」

「……もうエンジェルの押し付け合いやめましょうね」


先輩の胸の中で肩を震わせて笑うと、先輩はさらにぎゅうっと抱きしめてきた。

先輩からは甘い、甘い香りがする。

それは媚薬のようで、私は自分の体から力が抜けて行くのが分かる。


この人は、本当に凄絶な色気とフェロモンで色んな人を狂わす。

こんな風に、毎日構われたらきっと誰でも好きになるよ。


「私ね、多分結構先輩の事好きです」

「どれくらい?」

「先輩の言うところの、上の上ですかね。好きのランクの好きってやつです」

「うはははは。や、やったぁ。どうしよう、目から涙が……」


バッと体を離して先輩が泣いているのかと確認しようとすると、瞳を見る前に唇に柔らかい感触が降ってきた。

反射的に目をぎゅっと瞑る。

さっきの言葉が先輩のキスをするための手段と気付いた時には、もうすでに舌を絡ませられていた。


「んっ……ん………ふっ…ん……」


いきなり舌を絡めてくる先輩のキスは、友達条約違反な気もしたけど、もういいかと思い目をつぶった。

ファーストキスだって言えば先輩喜ぶかな。

喜ぶだろうな。

あとで言ってあげようかな。


そう思っていると、唇が離されておでこ同士がこつんと当てられる。

至近距離で見つめると、先輩の唇が少し濡れていて、それにどきんと胸が跳ねた。


「あいちゃん」

「はい?」

「大好き。俺と付き合って」

「……………はい。お願いします」


恥ずかしくて目線だけを下に移すと、先輩が啄ばむようなキスを送ってきた。

その顔はいつもの先輩の締まりのない顔をさらにへろへろにしてたけど、幸せそうにしてるから私まで嬉しくなる。


「恋人の最初は何をするのか若林に聞いてなかった」

「…………先輩って恋人作るの初めてなんですか?」

「うん。だから何するかよく分かんなーい」

「……また若林さんに聞いてきてください」

「うん。とりあえずもうちょっとちゅう」


重ねられた唇に応えるように唇を押し当てると、腰が折れるくらいきつく抱きしめられた。

先輩って言動は子供っぽいくせに、キスとか抱きしめるのとか色んな仕草が慣れているのが匂うから。

余計にドキドキする。


「どうしよ。俺ラブホ行きたくなる病にかかってる」

「それは自分で治してくださいね」

「えぇー」

「えぇーじゃないですよ。私、ファーストキスなんで……これで許して下さい」

「……………マイエンジェル、ラブっ」


髪の毛をくしゃくしゃにして抱きしめられて、私はあははと笑いながら先輩の背中に腕を回した。

結局また授業はサボってしまったけど、先生公認にもなっている私たちはお互い教室に帰るとものすごくいじられてしまった。

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