あなたはずっと私のものではなかった

「浅美。お前、彼氏に捨てられたのか」

「…………え、うん……そう、だよ」


コウは少し黙ってから煙草の煙をふうっとふきだした。


「なに? 吸ってみるか?」


じろじろ見すぎていたんだろう。

視線に気づいたコウが、笑って煙草を私に掲げて見せる、それに黙って首を振ると、分かっていたかのようにまた自分の口元に煙草を戻した。その大人っぽい仕草が少し遠くて。煙草をもらえばよかったかもと、後悔した。

煙草を吸って、目を細める仕草が色っぽくて好きだ。そう思った私が伝わったのか、コウはチラリと私を見た。


「お前は一人で生きていくのは嫌だよな?」

「うん。……そりゃ」

「……じゃあ、もう、ずっと俺のそばから離れんな」

「…………え?」


コウが煙草を灰皿に押し付けて、私を流すように見つめた。


「ふらふらしてないで、俺のそばにずっといればいいって言ったんだよ」

「……は?」

「なんだよ。文句あんのか」


怒ったように言うコウ。

冷静に考えたら、なんでそんなに怒るんだと少しおかしくもなっただろうけど、その時の私は混乱状態に陥っていた。目が回りそうな気分なのに、コウがうつむく私の顔を覗き込んでくる。


唇が触れあうキスをすると、名残惜しそうに唇が離れた。なんでキスしてるんだろう。なんでコウはこんな優しい目で私を見てるんだろう。なんで……。


「浅美。返事は」

「返事って、言っても……。その、……」

「なんだよ」

「雄大と別れて落ち込んでるけど、でも、あの……同情とか優しさでそういう風な言葉言わない方がいいと思う。今のうちに却下しといた方がいいよ。誤解しちゃうから」


テンパりながらも必死に言いたい事を告げた私に、コウが重ったるい溜息を吐く。その様子をチラッと横目で見ると、バチッと目が合ってしまって思わず目を逸らした。

今日のコウは今までで一番意地悪だ。

こんなコウは嫌いだ。翻弄させられっぱなしでいっぱいいっぱいになるよ。


「お前さ、男たらしこむ才能なんてねぇよ。俺の気持ちなんて全く分かってねぇじゃねぇか」


コウの気持ち……。

分かってないのかな?

コウは優しい人だから、私に今日は間違った優しさを発揮してるっていうのが違うってこと?

どういうこと。この何にも考える能力のない頭を誰か交換してほしい。


「どういう意味かよく分からない。っていうか、部屋に来た時からいまいちよく分からなくて……」


コウを見上げると、いつもは上目づかいやめろ!ってすぐにお叱りを受けるのに、馬鹿だなぁと甘くからかうような瞳で見下ろしてくる。

なんだろう。キャラ変更でもしたんだろうか。


「浅美。俺、お前の事好きだよ」

「……は?」

「俺はお前の髪の先から、足のつま先まで全部愛してる。その辺の男の適当な告白と一緒にすんじゃねぇぞ」

「……は?」

「お前は、は?しか言えないのか……」


コウが呆れたように呟く。

私は頭の中で今の言葉がぐるぐると回って、それなのに、聞き流すように左から右へと言葉が通り過ぎていく。なんなんだろう。どういう事なんだろう。思考はとりとめもなかったけど、見た目においては完全に呼吸停止をしていたらしい私を、コウが抱き寄せる。


「なぁ、浅美」

「は、い」

「お前の事面倒見れるの俺しかいないと思わねぇか?」

「それ、どういう意味……ちょっと訳がわかんなくて」

「お前の事口説いてんだけど。どう?」


困ったように笑いながらコウが囁くもんだから、私は目をまん丸に見開いて片手で口を抑えた。

どうって!!!

どうって言われても!

分かんない、分かんない、分かんないっ。全然訳が分かんない。

それなのに、私の混乱してる思考とは裏腹に、コウは私の腰をさらに抱き寄せてぎゅうぎゅうと密着してくるし。一体何がどうなってる。

今日はコウの部屋に踏み入れた時からなんか色々とおかしい。


「コ、コウ?」

「なに」

「コウって私の事………………好きだったの?」


これ見よがしに溜息を吐かれて、じろっと恨みっぽい視線を送られた。それをチラチラと見つめる私に、その後ふわっと柔らかく笑うと私の頭を優しく撫でた。


「俺がお前をどんだけ面倒見てると思ってんだよ。好きじゃなかったらこんなに優しくするわけないだろ」


はぁっとため息を吐かれる。

え? え?


「…………優しくしてたつもりなの?」

「死ぬほど可愛がってたつもりだったけど」


かああっと全身が熱を帯びていく。きっと頬が真っ赤になった私は、胸が痛いくらいにぎゅうぎゅう締め付けてきて、走馬灯のように七年間の思い出が蘇ってきた。


「い、いつから?」

「それはどうでもいい」


どうでもよくないんですけどー……。

この感じからいって、ここ一ヵ月でって話ではなさそうだ。

それよりも。


「ちょ、近いから。無理、離れて」

「なんだよ。嫌なのかよ」


今日のコウは雰囲気ありすぎて、あまりに色っぽ過ぎて直視に耐えない。色気たっぷりの視線で見つめられると、しゅーしゅーと頭から煙が出そうだった。


「なぁ、お前さ、俺のものになる気ねぇの? 俺のものになったら、ここに住んでもいいし、もっと可愛がってやるけど」


ごくっと唾を飲み込む。

うんっじゃあコウのものになる!! って明るく告げられるほど、私は能天気ではない。その上、七年間の友情って結構分厚いもので、今更いきなり恋人になるなんてどう考えても順応できない。

コウは当たり前かのように迫ってきてるけど、この人は私の気持ちなんて考えたりしないんだろうか。もしかして、とっくに私がコウの事好きだってバレてるのか……?

でもそれだったらなんでもっと早く言ってくれなかったんだろう。

色んな疑問がぐるぐると渦巻く。


「なぁ、浅美。無視すんなよ」


コウの胸の中にとうとうおさめられて、私の背中にぴったりとコウの胸がくっつく。…………心臓の音が聞こえる。ドクドクドク…………尋常じゃない速さで心臓が動いてる。なんだ、コウもドキドキしてるのか。


そっか。


一応私からどういう返事が返ってくるのか不安がってるのか……。コウは私を好きなのか……。それが一気にすとんと胸の中に落ちてきた。


ああ、太陽が私に降ってきたよ。コウ。

コウの太陽を私にくれるの? 私はここに当たり前のようにいていいの?


「コウの、…………ひっ……うぅー……」

「ん? ……浅美、なんだよ」


どろどろに甘ったるい声が頭上から降ってくる。コウの腕をぎゅっと握りしめて、嗚咽を噛みしめた。コウが私に優しい。私に優しい。


「コウの、ものになって…………いいのかなぁ?」


泣きながらそう言うと、コウはふっと吐息のような笑いを零してから、ぎゅうっと力強く私を抱きしめた。


「俺のものにならなきゃ俺が報われねぇだろうが……」


コウに熱く囁かれた瞬間、立て続けに涙がこぼれた。そんなわけない、そんなわけないと思いながらも嬉しすぎて、感極まってコウに飛びつく。コウは熱い息を零した。いつものうっとうしそうな溜息なんかじゃなかった。


自分の気持ちを堪えるような熱い息を吹きかけられて、私は体の奥底から全身に痺れが入るのが分かった。獣のようなキスが降ってきて、私は涙を流してそれに応えた。


コウに好きと言われた。

たったそれだけで世界に色がついた。

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