第3章〜動物農場〜⑦

 11月7日(金)


 6時間目に特別活動の授業で全校一斉に行われた生徒会選挙の投票は、オンラインで投票が実施されたこともあって、投票締め切り後、すぐに結果が判明した。


 石塚候補 1345票

 光石候補 1255票

 陣内候補  547票

 降谷候補   53票


 1週間前に実施された投票先のアンケートで、10ポイント以上も差が付いていた情勢調査の結果が覆されたのは、一宮高校の生徒会選挙はじまって以来のことらしい。


 今日から、放送・新聞部の自粛活動が解禁となった僕は、放課後に行われる各候補者の会見を取材するため、すぐに、光石琴みついしこと候補が所属する吹奏楽部に向かう。

 ちなみに、生徒会長に当選した石塚雲照いしづかうんしょう候補にはトシオが、惜しくも落選した陣内辰之じんないたつゆき候補にはミコちゃんが、そして、自らは当選を目指さないと主張して惜しくもなく落選した降谷通ふるやとおり候補には、ケイコ先輩が、それぞれ取材にあたることになっている。


 吹奏楽部が集う音楽教室に入室すると、予想どおり、室内には沈痛なムードが漂っていた。


 選挙戦で落選した候補者の選挙事務所の雰囲気を と表現したりするけど、光石琴を全面的に支援していた吹奏楽部とクラブ連盟が集う特別教室は、まさに、お通夜か、お葬式のような状態だ。


 悔し泣きをする女子生徒、まさかの結果に呆然とする男子生徒、なかでも、表情には出さないものの沈鬱な雰囲気を隠せないようすの先代の生徒会長である坂木原佳子さかきばらよしこ先輩と、申し訳なさそうに音楽教室の隅にたたずんでいる光石陣営SNS担当の天野友梨あまのゆりさんの姿が、目を引いた。


 そんな雰囲気の中、吹奏楽部の部員と各クラブの代表者を前にして、光石琴が教室の前方で、選挙戦総括のあいさつを始めた。


「みなさん、約三週間にわたる一宮高校の生徒会選挙に協力いただいてありがとうございました。残念ながら、今日このような結果になってしまったのは、わたくし、光石琴にチカラが無かったことに尽きます。みなさんからのたくさんのお力添えがあったにもかかわらず、そのご期待に添えず、本当に申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げる候補者に対して、吹奏楽部の女子部員が、


「悪くない、琴は悪くないよ……」


と泣き声を抑えながら、肩を抱く。

 そんな部員の行動に、優しく微笑んで応えた光石は、さらに言葉を続ける。

 

「今回の生徒会戦選挙は、あたらしい生徒会のあり方や運営方法について、自分なりに考えて挑んだ選挙でした。ただ、一緒に選挙戦に取り組んでいただいた皆さんにもお伝えしたいと思います。校内で一人一人の顔を見ながら行う投票の呼びかけだけでなく、SNSを通じて大々的な選挙活動を行うという、一宮高校はじまって以来の生徒会選挙を経て、この学校の生徒のみんなが学んでいくチカラがあることを私は信じています。三週間の間、本当にありがとうございました」


 ふたたび、深々と頭を下げた敗れた候補者に、あたたかい拍手が送られた。

 その光景に胸が苦しくなりながらも、放送・新聞部の一員として、落選した候補者のコメントをもらおうと、支援者の輪に近づいていき、光石本人に声をかける。


「光石候補、今回の選挙について、他に想っていることや感じていることはありませんか?」


 ICレコーダーで録音をしながら質問をする僕に、支援者たちの目は冷たかった。

 もちろん、彼らのこの反応は、想定の範囲内だ。放送・新聞部は、選挙戦の終盤にケイコ先輩主導で、僕と光石の関係について、部の公式見解を動画配信しているけど、石塚および降谷陣営の支持者を中心に出回った二人が写ったあの写真が、選挙戦におよぼした影響は、小さくなかっただろう。


 そんな、敗因のひとつになったかも知れない人間が、落選した候補の取材に来ているのだから、冷ややかな視線を送られるのも当然と言える。

 そうした周囲の雰囲気を察したのか、光石琴は笑顔を取り繕って、返答する。

 

「佐々木くん。私の考えは、またゆっくりと話しをさせてもらうから……いまは、天野さんの気持ちに寄り添ってあげてくれないかな? 今回、いちばん辛い想いをしたのは、あのコだと思うから……」


 そう言って、教室の隅で立ち尽くしている下級生に視線を送る。

 一方、光石の視線に気づいた天野さんは、こちらを見て、何度も頭を下げ続けている。


「わかった……彼女に話しを聞かせてもらうよ」


 僕が、そう答えると、光石は穏やかにうなずきながら念を押す。


「佐々木くんならわかっていると思うけど……彼女は思い詰めているみたいだから……その気持ちをくみ取ってもらえたら……」


 こんな時でも、自分に協力してくれた下級生への思いやりを忘れない彼女の人柄にあらためて感心しつつ、僕は、「ああ、わかった」と、大きく首を縦に振る。

 光石の意志を受け取った僕は、心細げにコチラに視線を送っている下級生の元に近寄ると、精一杯、優しく見える表情で話す努力をしながら、光石琴候補のSNS担当を務めた女子生徒に、いまの想いを聞かせてもらうことにした。

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