第3章〜動物農場〜⑥
「キトクケンエキの打破を!」
「そうだ! そうだ〜!」
それは、明らかに光石候補に送っている声援ではないように感じる。
その光景に、なにか告げようとした候補者を制して、隣に立つ女子生徒が一歩前に出て、
「お願いですから、ちゃんと演説させてください!」
と、金切り声をあげる。
ハウリングするように耳をつんざく声には、聴衆からブーイングが浴びせられた。
「光石候補の応援は、文句ばかりだ〜!」
「そうだ! そうだ〜!」
一方、それらの声に反発するかのように、
「みついし! みついし! みついし! みついし!」
と、候補者を応援する声も自然発生していた。
そんな異様な光景を目にした立候補者は、明らかに不安げな表情を見せていて、聴衆に語りかける演説を行うことに、もの
それは、いつもハキハキと活発に話し、自分の意見を堂々と述べる、僕の知っている光石琴の姿ではなかった。
(どうして、選挙活動の演説をするだけで、
(こんなときに、なにも出来ないなんて、僕は、いままで何をやってきたんだ……)
当惑、憤慨、イラ
彼女の語った言葉が、僕のココロに届いて来なかなかったのは、自分自身が感情をコントロールできていなかったせいなのか、それとも、光石候補の「マイク納め」の演説が精細を欠くものであったからなのかは、判断ができない。ただ、僕は
演説を終えた光石琴が、ステージから降りようとすると、すぐに、その最前列から、
「いしづか! いしづか! いしづか! いしづか!」
という声があがった。
最前列の男子の集団の野太い声だけでなく、
「石塚くん、がんばって〜!」
という女子生徒と思われる声も、いくつも耳に入ってきた。
「いしづか〜! がんばれ〜!」
「キトクケンエキの打破を〜!」
もはや、彼に声援を送っているのは、最前列の集団だけではない。
時刻は午後5時半が近づき、帰宅部の生徒たちは、とっくに自宅に帰り着いている時間帯にもかかわらず、クラブに所属していない生徒たちがこの演説を聞きに来ていることは、数百人の生徒が集まっている校門の前に、クラスメートの
先週あたりまで、僕に親しく話しかけてきた男子生徒は、
日が沈み、薄暗くなり始めた校門前は、集まった生徒たちの気持ちの高ぶりをあらわすように、さながら、ライブ会場のような雰囲気だ。
そんなムードの中、ステージに立ち、マイクを握った石塚候補は、拍手や歓声が静まるのを待ってから、静かに語り出した。
光石候補のときと違って、周りを見渡すことで、いくらか冷静さを取り戻した僕は、石塚候補の演説を記録しておこうと考えるだけのココロの余裕ができたので、自分のスマホを構えて、撮影を始める。
「熱烈なご声援ありがとうございます。ここに集まってくれた一宮高校の生徒の多くは、SNSでの情報発信を見てくれた人たちだと思います」
その語り出しに、聴衆から静かな拍手が起こる。
「石塚雲照は、委員会やクラブ連盟、そして、校内メディアからさまざまなバッシングを受け、ひとりで、この選挙戦をはじめなければなりませんでした。最初は、たった一人で大きな権威に立ち向かうことに対して、不安でいっぱいでした。しかし、いま、目の前にいる皆さんが、僕の情報発信を曇りのない目で見てくれたことで、少しずつ、クラブ活動での誤解がとけて行ったと感じています」
ゆっくりとした口調で語る石塚の言葉に、
「そうだ〜!」
「オレたちは、気づいてたぞ〜!」
という声が飛ぶ。
「そして、いま、皆さんのこの学校を変えたい、キトクケンエキを打ち破りたいという声が、日に日に大きくなっていることをSNSの画面の中だけでなく、こうして皆さんの前で語ることで実感することができています。今回のクラブ連盟や十条委員会の決定に象徴される一宮高校の生徒会は、ひとりの生徒の学校生活を無かったことにできるくらい、大きなチカラを持っています」
ここで言葉を区切った演説者に対して、
「権力の横暴だ〜!」
という声援が飛び、その拍手が起こった。声援に対して、悠然とした態度でうなずいた候補者は、最後の言葉を発する。
「そんな大きなチカラに立ち向かうために、皆さんのチカラを……大切な一票を石塚雲照に託してください。こうして盛り上がったSNSのチカラで、皆さんのチカラで、一宮高校の生徒会を変えて行こうではありませんか! 明日は、ぜひ石塚雲照、石塚雲照に一票をよろしくお願いします」
時間にすると、わずか5分ほどの演説ではあったが、校門前に集まった生徒たちを奮い立たせるには、十分な内容だったようで、期せずしてステージ前のあちこちから、
「い・し・づ・か! い・し・づ・か! い・し・づ・か! い・し・づ・か!」
と、大きなレースで勝利した競馬の騎手や、試合の終盤で逆転打を放った打者に対するような熱狂的な製塩が飛んでいる。
そして、聴衆に向かって、深々とお辞儀をした石塚候補に大きな拍手と歓声が沸き起こった。
そのようすをスマホのカメラに収めていた僕は、翌日の選挙結果が、これまでの情勢調査を覆すモノになることを確信した。
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