第2章〜宣伝的人間の研究〜⑬
10月24日(金)
この日の放課後は、第二回の情勢調査の結果が出るということで、僕ら放送・新聞部は、放送室に集まって、その分析を行うことになっていた。
前の週と同じく、各学年の1クラスを対象にして、Googleフォームを利用して行った情勢調査では、こんな結果が出た。
光石候補 35%
陣内候補 15%
石塚候補 15%
降谷候補 5%
投票先未定 30%
校内にいる時間だけでなく、SNSを通じて、通学や下校中、自宅に居る時間でも候補者の動向を確認することができるためか、前回と比べて、「投票先未定」を選ぶ生徒が明らかに減っている。
そしてそれは、ケイコ先輩が「数値に注目するように!」と言っていた、生徒会選挙への関心度の高まりにも、あらわれていた。
大いに関心がある 45%
ある程度関心がある 15%
どちらとも言えない 30%
あまり関心がない 5%
まったく関心がない 5%
一週間前の調査に比べて、「大いに関心がある」の項目が、10ポイントも増加している。
どうやら、
「バスケ部部長だった石塚クンを陥れた黒幕の正体は、十条委員会の委員長を務めている
などと、真偽不明の(というより、色々な取材をしている僕からすればデマとしか感じられない)情報発信で関心度が高まっている状態には放送・新聞部の部員として、不甲斐なさを感じてしまう。
生徒会規約の放送・新聞条例第四条で、自分たちの活動方針について、
一 公安及び善良な風俗を害しないこと。
二 政治的に公平であること。
三 報道は事実をまげないですること。
四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。
と、いう制約がある以上、僕たちが降谷の主張の矛盾点を真っ向から否定する紙面や動画を作成することはできない。放送・新聞部が校内で唯一の報道機関である以上、生徒会選挙において、候補者の主張を否定するような報道のあり方は、その候補者の「表現の自由」を制限することになるからだ。
僕らができることは、客観的な事実を記事にすることだけだった。
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光石候補アカウント凍結
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不可解な凍結対応
SNSの規約に違反の痕跡なし
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michiのアドバイスで作り直した光石候補の《teX》の新アカウントは、情報発信を始めてから二日後に、またも、アカウント凍結という事態に陥ったため、彼女たちは、《ミンスタグラム》による情報発信を行う方針に切り替えたそうだ。
また、選挙期間中になってから、掲示板に貼り出される一宮新聞への注目度は目に見えて減っていて、これは、オンライン上で閲覧できる記事のダウンロード数の極端な減少にも比例していた。
「やっぱり、いまはSNSの時代だと痛感しますね……僕らが生徒会選挙の関心度を高めるためにできることなんて、ほとんど無いですし……」
情勢調査の結果を見ながら、不満を吐き出すように言うと、ケイコ先輩は表情ひとつ変えず、ひと月前に読んでいたのと同じ、真っ赤な表紙の『煽動の方法』という本に、しおりを挟んでから返答する。
「選挙期間中には報道できなくても、候補者や支援者におかしな動きがあれば、逐一、記録しておきなさい。事実を精査して、報道する機会は、必ず来るから」
「そうは言っても、あの降谷ってヒトに、ここまでかき回されちゃうと、無力感を感じちゃいますよね〜」
本来なら引退しているはずの3年生の言葉に対して、1年生のミコちゃんは、僕の言葉に同意するようにつぶやいて、テーブルに突っ伏した。
一方、トシオは、ノートPCの画面を出力している放送室の大型モニターを操作して、各種のWEBサービスをザッピングするように切り替えながら語る。
「実際、SNS上では、石塚への支持が少しずつ増えてきてるもんな……降谷の情報発信は、《YourTube》と旧トゥイッターの《teX》、石塚の情報発信は、《ミンスタグラム》って、キレイに別れているのが、面白いけど……あと、ついでに言えば、学内の《フリーボード》か?」
《フリーボード》というのは、初稼働から二十年以上の歴史を持っているオンライン上の匿名掲示板で、一宮高校の現役生と卒業生の交流を目的として利用されている(そのサイトのデザインは、日本でいちばん有名な巨大掲示板そっくりだ)。
なお、卒業生との交流とは名目ばかりで、いまでは、学内や学外のさまざまな話題を語りあう雑談掲示板のようになっている。
「《
僕が、掲示板の動向を追っているトシオにたずねると、親友は苦笑しながら、
「いまのところ、他のSNSみたいに上手くは言ってないみたいだけどな……」
と言って、《
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【朗報】石塚くんパワハラしてなかった
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掲示板には、こんなタイトルで、降谷の動画を情報ソースにしたスレッドが立っていたが、レスされる書き込みは、降谷のアカウントのコメント欄とは異なり、石塚候補に否定的なものが目立った。
「《フリボ》の住民は、民度は低いけど、情報リテラシーは高いからね〜」
掲示板の書き込みを見ながら、ケイコ先輩はケラケラと笑って答える。
「SNSを利用している生徒よりも、捻くれ者が多いし、どんな情報に対しても懐疑的に見る利用者が多いから、基本的に、こういう場所では、大衆扇動は効果を発揮しにくいのよ」
先輩が言うように、僕らが記事を書いていた野球部の中谷選手の活躍に関する紙面に対しても、彼らは、
#中谷ハラスメント
というフレーズを使って揶揄していた。
そんなことを思い出しながら、僕は、上級生にたずねる。
「ケイコ先輩、逆に大衆扇動が、効果を発揮しやすい条件ってあるんですか?」
すると、「いい質問ね!」と言って、椅子から立ち上がった先輩は、ホワイトボードを利用して講義をはじめる。
「世界でいちばん有名な、あの独裁者の大衆扇動術の心得をここに書いてみるわね」
そう言って、彼女は、マーカーで10カ条の項目を書き始めた。
・大衆は愚か者である。
・同じ嘘は繰り返し何度も伝えよ。
・共通の敵を作り大衆を団結させよ。
・敵の悪を拡大して伝え大衆を怒らせろ。
・人は小さな嘘より、大きな嘘に騙される。
・大衆を熱狂させたまま置け。考える間を与えるな。
・利口な人の理性ではなく、愚か者の感情に訴えろ。
・貧乏な者、病んでいる者、困窮している者ほど騙しやすい。
・都合の悪い情報は一切与えるな。都合の良い情報は拡大して伝えよ。
・宣伝を総合芸術に仕立て上げろ。大衆の視覚聴覚を刺激して感性で圧倒しろ。
ケイコ先輩が、資料も見ずに書き出された10の項目を……僕は、固いツバを飲み込みながら、ジッと見つめる。
以前、先輩が独り言のようにつぶやいた、
「詐欺師みたいなヤツだと思って舐めていたけど、なかなかやるじゃない降谷通……大衆を煽動する術ってのをちゃんと理解してるじゃん」
という言葉が、僕の頭のなかで、なんども繰り返された。
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