第2章〜宣伝的人間の研究〜⑪

 10月20日(月)


 週が明けると、一宮高校には少しずつ異様な雰囲気がただよいはじめた。


「降谷くんの動画、見た?」


「石塚くんが、クラブ連盟に逆らったから、バスケ部の部長を辞めさせられたって、ホント?」


 通学の途中、僕の耳にも生徒の動揺した声が聞こえてくる。

 

 僕らが土曜日に確認した降谷通ふるやとおりの動画は、校内でも視聴した生徒が多いようで、わずか2日で、2000回以上の視聴回数を達成していた。これは、一宮いちのみや高校の全校生徒の3分の2を占める数字だ。

 

 もちろん、複数回に渡って視聴した生徒もいるだろうから、2000人の生徒が、この動画を見たというわけではないだろうけど……驚くべきは、高評価の数で、降谷が一方的に語るこの動画には、300以上もの高評価ボタンが押されていたことだ。また、現在のYourTubeの仕様上、低評価がどれだけの数字になっているのか、外部の人間にはわからないところが悲しい。


(この300人は、降谷のあの話しをホントのことだと思っているんだろうか……?)


 という不安が僕の胸によぎる。そんなモヤモヤした気持ちのまま、教室に入ると、いつも朗らかなクラスメートが、真面目な表情で声をかけてきた。


「なあ、佐々木。土曜日にネットに上がっていた降谷通の動画で言ってたことって、どこまでホントなんだ?」


「いや、どこまでもなにも、あの話しに真実なんて、なにひとつ無いってレベルだろう? だいたい、名前が言えない十条委員会のメンバーって誰なんだよ?」


 僕が、そう反論すると、いつもは気の良い塩谷しおやが珍しく不機嫌な表情で、


「それを調べるのが、佐々木たち放送・新聞部の仕事じゃないのかよ?」


と、不貞腐れたように言葉を返してきた。

 正直なところ、十条委員会のメンバーがどうこうと言うのは、一から十まで虚言だと思っている僕にとって、降谷に情報をリークするような委員会メンバーがいるとは思えないんだけど……。


「わかった……どこまで調査や取材ができるかわからないけど、一応、十条委員会のメンバーに聞き取りをしてみるよ」


「あぁ、しっかり頼んだぞ!」


 言葉の内容は同じようなモノでも、塩谷の口調は、一宮新聞が元バスケ部部長の石塚の物品受け取り問題を報じたときと明らかに異なっていた。クラスメート男子の態度にどこか刺々しいモノを感じながら、


(やっぱり、降谷の動画で放送・新聞部の活動を批判するようなことを言っていたのが、気になってるのかな?)


と考えていると、今度は別のクラスメートが声をかけてきた。


「佐々木くん、ちょっと良いかな?」


 少し深刻そうな表情で話しかけてきたのは、光石琴みついしことだった。


「ん? 光石、どうしたの?」


 僕がたずねると、彼女は、


「実は、生徒会選挙用のトゥイッターのアカウントのことで、困ったことがあって……」


と返答しながら、教室後方のドアの方に視線を送る。彼女の目線の先では、光石陣営のSNSの情報発信を担当する1年生の天野友梨が不安げな表情でたたずんでいた。


 サービス名が、《トゥイッター》から《teX》に変わっても、旧名に名残があるのか、このSNSアプリの名を呼ぶ人は多い。ただ、そんなこととは関係なく、光石の言葉に反応した僕は、彼女とともに、1年生の女子生徒の元へと急ぐ。


 僕らが、教室から廊下に出ると、すぐに天野さんが、窮状を訴えてきた。


「週末に、《teX》で生徒会選挙の情報発信を行おうと思ったら、『アカウントが凍結されています』っていう表示が出てきて……」


「えぇっ!? アカウントが凍結!」


 登校してくる生徒が、続々と各教室に向かう慌ただしい始業前の廊下に居ることも忘れ、後輩の女子生徒が発した想定外の言葉に対して、思わず声をあげてしまう。


 すると、僕の言葉が耳に届いたのか、「どうしたの?」と会話に加わってくる生徒がいた。


「あっ、はざまさん……」


 僕より先に反応した光石につられるように、声が聞こえた方を振り向くと、語りかけてきたのは、クラスメートのmichiこと、間未知はざまみちだった。


「いま、アカウントの凍結っていう言葉が聞こえたような気がしたんだけど……」


 彼女の魅力のひとつと言っても良い中性的な声で心配そうにつぶやくクラスメートに対して、大きな声を発してmichiの注意を引いた僕が責任を取って、状況を説明する。


「光石さんが生徒会選挙に使っているアカウントが、凍結されたみたいなんだ……天野さん、《teX》の規約に反するポストはしていないんだよね?」


「はい、金曜日の放課後に、光石さんの選挙活動のショート動画を投稿しただけですから……」


 僕の言葉に天野さんはうなずいて即答した。下級生に確認しながら、michiに現状を伝えると、彼女は、「そうなんだ……」と、返答したあと、天野さんに提案する。


「ちょっと、そのアカウントにログインして見せてくれない?」


 自分の言葉に素直に応じた下級生のスマホの画面を確認したmichiは、険しい表情を崩さないままだ。


「《teX》の会社に、凍結解除の申請をするべきなんでしょうか?」


 おそるおそるたずねる天野さんの言葉に、michiは、すぐに首を横に振って答える。


「凍結の解除には、1〜2週間くらい掛かってしまうことが多いんだ。そんなことをしても、その間に生徒会選挙は終わってしまう。すぐに新しいアカウントを取得して、それを公式アカウントにする方が良いと思うな」


 僕らのクラスメートのアドバイスに、下級生の女子生徒は、「わかりました! すぐにやってみます」と、即答した。そんな後輩女子に、michiは、優しい笑みを浮かべながら語りかける。


「ボクが言うことじゃないかも知れないけど、あんまり、無理しないようにね。あと、今回のアカウント凍結は、不自然なことが多いと思うから、念のため、光石さんと一緒に選挙管理委員会に報告しておいた方が良いと思う」


 第三者的な立ち位置だからかも知れないけれど、落ち着いて冷静な意見を述べるクラスメートの同意しながらうなずいて、光石候補本人と、彼女の支援者に伝えた。


「そうだね、放課後に選管に行くのが良いかも。放送・新聞部としても、選挙期間中の問題は、取り上げさせてもらおうと思うから」


 それでも、僕が、光石琴と天野さんに語ったあとも、michiの表情は、まだ少し険しいままだ。そして、彼女が、


「佐々木くん、実は少し気になることがあるんだけど……」


と、口にしたところで、無情にも始業のチャイムが校舎に鳴り響いた。

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