第2章〜宣伝的人間の研究〜⑥

 10月16日(木)


 生徒会選挙の公示日が翌日に迫ったこの日、二つの大きなニュースが、僕たち放送・新聞部にもたらされた。


 1つ目は、数週間前に放送・新聞部のメンバーで取材を行った二宮にのみや高校の生徒会選挙の結果がでたことだ。

 二宮高校の選挙管理委員会の厚意で、選挙結果の速報を見た僕たちは、一斉に「あっ!」と声を上げた。


 ノートPCの画面に表示された選挙結果が、


 有効投票数 2950票

 

 勝木真佐子 1327票

 関智和    885票

 小山真美   738票


となっていたからだ。

 結果として、大方の予想通り勝木候補が勝利していた。

 だけど、

 

「うそ……! 小山さん、3位なんだ……どうして?」


と、ミコちゃんが思わず発したつぶやきは、僕ら放送・新聞部メンバーの声を代弁していた。


 投票数を確認したケイコ先輩は、すぐにスマホの電卓アプリを起ち上げて、各候補の投票割合を計算しはじめる。


「勝木さんの得票率は、事前の情勢調査のとおり45%で変わらず……でも、関くんと小山さんは、それぞれ、30%と25%で、9月末の調査と完全に逆転している……」


 当選者については予想どおりだったものの、小山候補と関候補の逆転劇は、これまで、他校の選挙情勢を冷静に分析していたケイコ先輩ですら予想できなかったようだ。


「これは、二宮高校に取材に行かないと! みんな、すぐに準備して」


 そう言って、移動をうながす上級生に、「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」と、トシオが抗議の声を上げる。


「ウチの学校だって、生徒会選挙の公示日前日で、駆け込みの候補者が立候補を表明するかも知れないんですよ? 全員で取材に行くのは無茶です」


「これ以上、めぼしい立候補者が出てくるとは思えないけど……そういうことなら、古河ふるかわくんは残ってくれる? なにかあれば、すぐに連絡をちょうだい」


 先輩の言うように、先週末に、光石琴みついしことが立候補を表明したあと、男子バスケットボール部から陣内辰之じんないたつゆきという生徒が立候補することを宣言したけど、問題続きのバスケ部ということで、周囲の生徒の関心は、低いものだった。


「わかりました! じゃあ、連絡したら、すぐに戻ってこいよ、ノゾミ!」


 ケイコ先輩の声に快く応じるトシオだけど、僕を指名するのだけは、やめてほしかった。

 

 そうして、一人の部員を残して、二宮高校での取材に挑もうとした僕たち三人だったんだけど……。


 電車移動のために駅の改札に入場しようと、カバンからICカードを出そうとしたところで、トシオから通話アプリに着信があった。


「おい、ノゾミ! 大変だ! 石塚雲照いしづかうんしょうが生徒会選挙に立候補を表明したぞ! 午後4時から、食堂で会見をするらしいから、すぐに戻って来い!」


「えぇっ、なんだって!」


 親友からもたらされた、この日、2つ目のビッグ・ニュースに思いがけず、大声を上げてしまった。そんな僕の表情を怪訝な顔で見つめる上級生と下級生に状況を説明したあと、すぐに駆け足で学校へと戻る。


 なんとか、石塚が設定した会見開始の時間に間に合った僕が、人混みをかき分けながら、トシオが取ってくれていた席に腰を落ち着けると、対面する元バスケットボール部の部長は、僕の到着を待っていたかのように、話しを切り出した。


「この度、わたくし、石塚雲照いしづかうんしょうは、今年度の一宮高校生徒会選挙に立候補することを決意しました」


 トシオが、ハンディカメラでこの会見を撮影していることを確認した僕は、挙手して立候補者に質問する。


 ――――――バスケットボール部で数々の疑惑が持ち上がり、クラブ連盟からも罷免処分を受けたあなたが生徒会選挙に立候補した目的を教えてください。


「まず、あらかじめ言っておきたいのは、今回の立候補が、自分にかけられた嫌疑を晴らす目的ではない、ということです。自分は、この一宮高校の生徒会を中心とした既得権益を打破するために、生徒会選挙に立候補しました」


 ――――――立候補の目的は、自分にかけられた疑惑を晴らす目的ではない、ということですが、いま現在も問題視されている、部内イジメや凱旋パレードなど数々の問題について、どのように説明されるのでしょうか?


「そのことは、わたくしの掲げる公約とともに、選挙戦のなかで、丁寧に説明していくつもりです」


 ――――――光石候補や陣内候補は、すでに各自の選挙公約を準備していると思われます。石塚候補の目玉となる公約があれば教えてください。


「わたくし、石塚雲照が掲げる第一の公約は、クラブ棟の建て替え問題の見直しです。全校生徒のみなさんがご存知のとおり、いま、クラブ連盟を中心として老朽化したクラブ棟を建て替えようという機運が持ち上がっています。ただ、これは、全校生徒に取ってメリットがあるモノなのでしょうか? わたくしは、一部の生徒のみにしか恩恵のない政策には反対し、既得権益と断固たたかう決意を持っています」


 ――――――石塚候補が考える既得権益とは、なんなのでしょうか? 石塚候補自身に、バスケットボール部の出入り業者から物品の受け取りがあったとされています。石塚候補自身は、既得権益を享受する立場だったのではないですか?


「わたくしの考える既得権益とは、たとえば、部員数が少ないにも関わらず、学校のメディアとして仕事を与えられているクラブなどがあげられます。その他、わたくしにかけられた嫌疑に関しては、なんども申し上げますが、選挙戦のなかで丁寧に説明していくつもりです。以上です」


 ここまで語ると、石塚雲照いしづかうんしょうは、一方的に会見を打ち切った。

 会見の最後の彼の言葉から、僕ら放送・新聞部に対する敵意のようなものを感じる。

 

 それでも、放送・新聞部の一員として、候補者の生徒には、政見放送の収録について伝えなければならない。そこで、僕は石塚に声をかけたんだけど……。


「石塚候補、明日から放送・新聞部の公式チャンネルで政見放送の視聴が可能になるから、良ければ、収録の予定を合わせたいんだ」


「政見放送? そんなもの必要ない。オレは、自分のSNSのアカウントで情報発信させてもらう」

 

 にべもない……という表現がピッタリの言葉で、石塚雲照は、僕の申し出を拒否した。


「なんだよ、こっちの協力なしで、どうやって、生徒会選挙を戦うつもりなんだ?」


 石塚が立ち去ったあとに、トシオが僕にしか聞こえないボリュームで、つぶやく。このときは、僕自身も、親友の言葉にうなずくしかなかったけど……。

 石塚の選択は、この先、大きなうねりになって僕たちに襲いかかって来ることになるのだった。

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