第2章〜宣伝的人間の研究〜③

 9月29日(月)


 二宮にのみや高校の生徒会選挙初日の模様の取材を行ってから、一週間が経過した。


 先週の訪問時は、二人の候補者の第一声を確認したあと、もう一人の候補者であり、最有力候補と目されている勝木かつきさんにインタビューをさせてもらい、二宮高校のご厚意で、僕たち一宮いちのみや高校の放送・新聞部は、選挙期間中に行われるオンライン情勢調査を確認するためのアカウントIDを発行してもらった。


 Googleフォームで行われる情勢調査は、各学年の中から、特定の1クラスをピックアップし、当該クラスの生徒が、その時点で投票しようと考えている候補者を選択する仕組みだ。


 生徒会選挙初日に実施された第1回目の情勢調査は、


 勝木候補 45%

 小山候補 40%

 関候補  15%


という結果だったが、一週間後のこの日、発表された調査結果では、


 勝木候補 45%

 小山候補 30%

 関候補  25%


と、小山候補が支持を伸ばせず、逆に1年生の関候補が急速に勢いを増していることが感じられた。


「小山さん、あんまり支持されてないですね〜。初日は、勢いがあると思ったんだけどな〜」


 部室のノートPCで、フォームの第2回情勢調査の結果を見ながら、ミコちゃんがつぶやく。


「でも、あの関くんは、SNSで熱心に動画をアップし続けているからな。他の候補者たちが、二宮の校内でどんな活動をしてるか外部のオレたちにはわからないけど、オンラインの活動だけ見れば、この結果も納得だと思うけどな」

 

 後輩女子の言葉に反応したトシオが、スマホで関候補のアカウントを表示させながら答えた。友人の言うことは、もっともだ、と僕も感じている。


「1日に必ず2回は、新しい動画が上がっているもんね。次は、どんな内容なのかな? って楽しみになる部分はあるよね。あと、僕らみたいな外部の人間でなくても、学校にいないときに、候補者の主張を確認できるメリットは大きいんじゃないかな?」


 僕が同意するように、トシオの言葉に応じると、親友は我が意を得たり、という感じで笑顔で自分の意見を強調する。

 

「だろう? これなら、学校の生徒会選挙だけじゃなくて、国や県で行われる選挙でも、SNSを使った方が好感度が上がるまであるんじゃないか? 実際、あのうるさい選挙カーで名前を連呼されるより、よっぽど、有効だろう?」


 そんな極論に苦笑しつつ、僕は友人をたしなめる。


「言いたいことはわかるけど、それは、言い過ぎだろう? 熱心に選挙活動してる人たちに失礼じゃん」


 まあ、そう言いながらも、心のなかでは、親友の言葉に同意している自分もいる、僕だって、休日のさわやかな朝を、候補者の名前をだけの選挙カーに妨害されたことは、一度や二度ではない。


(僕に選挙権があれば、あの候補者には、絶対に投票しないぞ!)


 そんなことを何度も感じたことがあることを思えば、ご近所迷惑にならないSNSでの発信に好感を持つというトシオの発言は十分に理解できる気がした。


 そんなことを話していると、僕らの会話を聞いていた読書タイム中のケイコ先輩が、『宣伝的人間の研究』というタイトルの真っ赤な表紙の本を閉じて、話しに加わってくる。


「君たちも、ようやく選挙でのSNS活用の重要性に気づいたみたいね」

 

 フフッ……と含み笑いをしながら語る先輩に、「そうですね〜」と同調しつつも、ミコちゃんが問い返す。


「でも、勝木さんが有利なことには、全然、変わらないですよね〜。初回も今回も、調査の結果は45%で同じ数字をキープしてますし……」


「勝木さんは、現在の生徒会長である堀河ほりかわくんが、後継者として指名しているらしいからね。彼女は、体育会系を中心とするクラブと各種の委員会メンバーから手厚いサポートを受けているみたい。組織票と言っても良いクラブや委員会の基礎票が、それだけ強固ってことね」


 ケイコ先輩の返答に、ミコちゃんは、つまらなそうにつぶやく。


「な〜んだ……やっぱり、結局モノを言うのは、組織票なんですね。それじゃあ、関くんが、どれだけがんばっても、勝木さんに勝つのはムリなのか……」


「そうね……二宮高校は、私たちの高校より、どこかの部活に所属している生徒が多くて、無所属の生徒は、約30%ほどらしいの。浮動票とも言える、その生徒たちの票を関くんが全部取ったとしても、勝ち目はないもの」


 下級生の言葉に、冷静に返答する先輩の言葉に、僕は違和感を覚えた。


「あれ? それじゃ、ケイコ先輩は、どうして、関候補に注目してるんですか? いくら、SNSで選挙戦をがんばっても、勝てないんじゃ意味なくないですか?」


 そう問いかけた僕に、先輩は、チッチッチ……と人差し指を振って答える。


「彼は、まだ1年生だもの。来年も、もう一度、生徒会長選挙に出馬するチャンスがあるし、自分の名前を売る機会だと考えれば、無駄なんてことはない! あるいは、他の思惑があるのかも知れないけど……」


 なるほど、来年の選挙を見据えての行動なら、今回は健闘したという実績を作っておくだけでも良いのか……そう納得しかけたものの、言葉を濁しながら、気になることを口にした先輩に、あらためてたずねた。


「先輩、他の思惑があるかもって、どういう意味ですか?」


 僕が問いかけると、ケイコ先輩は、「う〜ん、これは確証は持てない、私の想像だけど……」と前置きしつつ、彼女の考えを披露してくれた。


「今回の二宮高校の生徒会選挙は、ある意味で30%の浮動票の奪い合いだったと言える。基礎票の内訳は、勝木さん40%、小山さん30%と言ったところね。仮に、この二人の一騎打ちになった場合、小山さんが浮動票の7割以上を取ってしまったら、勝木さんは勝てなくなる。実際、ミコちゃんが感じていたみたいに、小山さんの校内でのパフォーマンスは、注目を集めやすいモノだったからね」


「でも、今回、小山さんの支持はあまり伸びてませんよね?」


 ミコちゃんが確認するように質問すると、先輩はうなずきながら答えた。


「小山さんは、本来アピールしなきゃいけない浮動票の生徒たちに、十分なPRを出来ていない。逆に、その層を取り込んでいるのが……」


「1年の関くんってことですね?」


 トシオが答えを述べると、ケイコ先輩は、さらに大きくうなずいた。


「私が勝木さんの陣営なら、校内の有名人になりつつある下級生に、今年度か来年度の生徒会のポストを確約して、立候補をうながすわ。幸いなことに、約30%にあたる小山さんの組織票が、他の候補に流れることは考えづらいし、これなら、第三の候補が勝木陣営を上回ることは無いからね」


 上級生の冷徹な分析に、僕ら三人は思わず固いつばを飲み込む。

 

 たかだか、高校の生徒会選挙で、そんな権謀術数が繰り広げられるのだろうか――――――?


 とは言え、この分析のとおりのことが一宮高校で行われたとしても、僕のクラスメートは、十分に勝つ見込みがあるように思えた。


 なにせ、光石琴みついしことは、現在の生徒会長である坂木原佳子さかきばらよしこ先輩がバックアップしようとしている候補者なのだ。

 二宮高校の勝木候補に相当する存在が、光石琴みついしことだと言える。


 そのことに気づいた僕は、すぐに身体の緊張が解けるのを感じたんだけど……。

 そんな自分の考えが、浅はかだったと思い知らされるのは、もう少し後になってからのことだった。

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