第2章〜宣伝的人間の研究〜①
思想宣伝には秘訣がある。なにより、宣伝の対象人物に、それが宣伝だと気づかれてはならない。同様に、宣伝の意図も隠しておく必要がある。相手の知らぬ間に、たっぷりと思想を染み込ませるのだ。
ドイツの宣伝担当大臣 ヨーゼフ・ゲッベルス(1897年10月29日〜1945年5月1日)の言葉
◆ ◆ ◆
9月22日(月)
ケイコ先輩の発案で、他校の生徒会選挙の模様を取材することになった僕ら放送・新聞部のメンバーは、自分たちの通う
ケイコ先輩が取材許可を取る手続きの速さは見事という他なく、朝の段階で、僕ら四人が二宮高校を訪問したいという意志を伝えると、昼休みが終わるまでには、両方の高校への申請が承認されていた。
「他の学校の生徒会選挙の雰囲気を知れるって、なんだか、楽しそうですね」
私鉄の電車で二つ隣の駅のそばにある二宮高校の校舎が見えてくると、ミコちゃんが声を弾ませて言う。
「楽しむのもいいけど、各候補の宣伝手法にどんな特長があるのか、しっかり取材するのよ」
釘を刺すケイコ先輩の言葉に、一年生女子は、「は〜い」と軽い口調で返事をする。
電車に乗っている間に、二宮高校の生徒会選挙特設ホームページを確認すると、今年の生徒会長の立候補者は、三名らしい。
五十音順に、
「一年の男子が生徒会長に立候補するなんて、二宮高校は、進歩的と言うか、スゴいですね」
スマホの画面を確認しながら言うと、ケイコ先輩が僕の言葉に反応した。
「一年生の会長立候補は、二宮でも初めてのことらしいけどね。そういうところも含めて、今回は、ちょっと異色の選挙戦になってるみたい。まあ、下馬評では、勝木さんと小山さんの一騎打ちって予想だけど……」
「ウチと同じく、二宮も女子が有力候補なのか〜」
先輩の言葉に続いて、トシオが感想をもらす。そんな会話を交わしながら、校門に近づくと、賑やかな音楽が流れてきた。
耳に馴染みのある洋楽のスタンダード・ナンバーだと思うんだけど、海外の音楽に詳しくない僕は、曲名がわからなかった。
「あっ、『君の瞳に恋している』ですね!」
「そう! 一番スタンダードなボーイズ・タウン・ギャングのカヴァーね」
洋楽に疎い僕とは逆に、女子二名は、テンションが上っているようで、楽曲に引き寄せられるように校門の方に駆けて行った。
印象的なイントロに続いて、外国人女性ボーカルの歌詞が流れ始めると、二宮高校の校門前は、一気に活気づいた。
「トシオ、カメラ回して!」
女子二名を追い掛けるように駆け出しながら声をかけると、カンの鋭い親友は、
「もう撮影してるよ!」
と、あうんの呼吸で答えてくれる。
良く知られているように、この楽曲は、日本の音楽で言うところのAメロとBメロ(これらは、それぞれ英語で何と言うんだろう?)が、ほぼ同じメロディーで構成されている。
楽曲の前半部分から、校門前では、数十人の生徒たちが、声をあげて候補者の名前を呼んでいる。
男女が入り混じった彼ら彼女らの印象は、いかにもリアルな学校生活が充実していそうな面々だった。
青と黄色のツートンカラーのお揃いの衣装や、赤一色のスタッフジャンパーのような上着を羽織っている人たちが目立つ。
イントロと同じくらい印象的なサビの前の間奏に入ると、それまでバラバラだった周囲の声援は一体となって、
「コヤマ、コヤマ、コヤマ、コヤマ、コヤマ、コヤマ、コヤマ、コヤマ!」
と、人の輪の中心にいる人物の名を連呼した。
そして、誰もが耳にしたことがあるだろう有名なサビの一節が流れる――――――。
♪ I love you, baby and if it’s quite alright
♪ I need you, baby, to warm a lonely night
♪ I love you, baby, trust in me when I say
その歌詞に合わせるように、小山候補と思われる女子生徒は、
「ありがとう〜! みんなキレイだよ〜」
と周囲の生徒の声援に応えた。
♪ Oh, pretty baby, don’t bring me down, I pray
♪ Oh, pretty baby, now that I found you, stay
♪ And let me love you, baby
♪ Let me love you
2コーラス目に続く間奏はほとんど無いため、女性ボーカルの歌声が流れる中、声援はさらに大きくなって歓声となっていく。
そのあと、ボリュームを落とし、フェードアウトして行った楽曲に変わるように、女子生徒が選挙戦の第一声を発した。
「二宮高校生徒会長候補の小山真美です。私が高校生活を送ることになった、二宮高校。至るところにたくさんの思い出があります。思い入れもあります。この二宮高校で、私は生徒会選挙に挑みます。チャレンジャーです、挑戦者です」
彼女の第一声に拍手が送られる。その拍手と声援に応えるように、小山候補は、さらに声を張り上げた。
「この二宮高校は、華やかに見えます。でも……生徒の間で格差が広がっている。学びにくさも広がっている。そんな中で、現在の生徒会は、どんなことをしてくれたか? いまの生徒会の活動が、全校生の学校生活に届いていないのであれば、私がリーダーとなって、二宮高校のために、この学校を変えたいと思います! どうか、お支えいただきたいと思います。小山真美をよろしくお願いします!」
僕と同じ学年の女子生徒が、片手を上げて大きく振ったあと、ペコリとお辞儀をすると、
「マミ〜、がんばって〜」
という黄色い声援が飛んだ。
下校時のパフォーマンスとしては、なかなかの盛り上がりぶりだな……と、感じる。
僕と同じくミコちゃんも、校門前での小山候補の第一声に感銘を受けたようで、
「ケイコ先輩、二宮高校の選挙って、楽しそうですね!」
と、弾けるような笑顔で語った。
ただ――――――。
派手なパフォーマンスに目を奪われていた僕らと違い、口元に手を当て、「ふ〜ん」と、冷静に小山候補と周囲の生徒たちを見つめる上級生の姿が気になった。
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