第1章〜彼を知り、己を知れば、百戦して殆うからず〜⑮

 9月22日(月)


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 バスケ部主将 複製ユニを受取

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 9月後半の週明けに放送・新聞部では、こんな見出しでバスケ部問題の追及を行った。


 三週間前に投稿された告発文書の内容に書かれたていたことを、8日(月)に行われた偽証が認められない初回の十条委員会で、石塚部長自身が、


「自分の手元に、それらの品物があるのは事実であります」


と発言して認めたことをうけての記事で、正直なところ、新しい事実が判明したわけではなかった。


 それでも、この記事の校内での注目度は高く、ダウンロード数などを見ても、その反響は大きかった。

 校門前では、朝の登校時に、石塚部長を糾弾するパフォーマンスを行っている生徒がいた。


「男子バスケ部の『おねだり』体質を許してはいけません! の打破を!」


 登校する生徒が、その姿を見てクスクスと失笑する中、声を張り上げているのは、降谷通ふるやとおりだ。

 下級生と金銭問題を起こして停学処分を受けたため、留年して僕らと同じ学年になっている、の生徒でもある。


(こういう生徒が興味本位で絡んで来るとなると、石塚部長の追及の仕方も考えないとなぁ……)


 そんなことを考えながら、僕は自分のクラスへと急ぐ。

 

「なあ、佐々木。この記事、マジかよ!? 石塚は『業者の方の好意を受け取ったものであり、ワイロを受け取ったという認識は、まったくありません』とか言ってるけど、どう考えてもワイロじゃねぇか!」


 いつものように登校して教室に入ると、クラスメートの塩谷しおやが、憤りながら声を掛けてくる。

 本当は、凱旋パレードの記事を書きたかった僕は、少し後ろめたさを感じながら答える。


「うん……新しくわかったことじゃないんだけどね……最初の十条委員会でわかったことをあらためて記事にしたんだ」


 特に新しい内容があるわけではなかったので、自信を持って薦めたい内容でもなかったんだけど……。

 ただ、クラスメートからは、意外な答えが返ってきた。


「ありがとう、オレのリクエストを聞いてくれたんだな?」


「えっ?」

 

「前に、クラブの不正があるなら、しっかり暴いてくれよなって言っただろ? ちゃんと、こうして記事にしてれたじゃないか」


「あ、あぁ、そう言えばそうだったね」


 取り繕うように答えると、一瞬、キョトンとして怪訝な表情になった塩谷は、それでも、こちらの意図は関係ないと言ったようすで、自分の考えを述べる。


「ま、まあ、オレの意見を取り入れたわけじゃなくても関係ないよ! こうして、クラブ側のってヤツを暴いてくれたんだからな。同じ学校の生徒なのに、クラブで成績を残している生徒だけが贔屓されるなんて、なんか、おかしくないか? 石塚の横暴に対しては、降谷通ふるやとおりでさえも、憤ってるみたいだからな」


「そっか……僕は、運動部の活躍ぶりを取材している生徒だけど、塩谷や降谷さんの言いたいことはわかるよ」


「そうだろう? クラブ棟の建て替え問題もそうだけどさ〜。オレたち帰宅部にとっては、なんのメリットも無いわけじゃん? そんなカネがあるなら、生徒全員が使う食堂をキレイにして、メニューを充実させてくれって感じ。佐々木もそう思わないか?」


 以前にも触れたかも知れないけど、いま、塩谷が言ったことは、クラブ連盟に所属していない生徒の偽りのない本音だろう。


「たしかに、そうだね……一部の生徒の利益よりは、生徒全体の利益を優先するべきだと、僕も思う。これって、今度の生徒会選挙の争点になるのかな? まあ、放送・新聞部の部員としては、いまの古いクラブ棟が新しくなってくれるなら嬉しいけど……」


 苦笑しながら自分の意見を語ると、塩谷は僕の言葉に笑顔で応じて答える。


「ちぇっ……結局、佐々木もキトクケンエキの側かよ? そうだな、今度の生徒会選挙で、クラブ棟の建て替え反対を公約にする候補が出てきたら、投票してもイイかな!? 去年は、自治生徒会の選挙なんて、帰宅部のオレたちには、なんの関係もないと思ってたけどさ……」


「僕ら放送・新聞部は、弱小クラブと言っても良いくらいだから、なんのも無いけどね……でも、生徒会選挙については、できる限り公正に、正確な情報を伝えたいと思うんだ。それに、全校生徒が、どれくらい選挙に関心を持ってるか知りたいから……塩谷も協力してくれない?」


「アンケートくらいなら、協力してもいいぜ! ただ、選挙の情報は、放送・新聞部だけじゃなくて、色んな情報を参考にしようと思うんだ。ウチの学校でも、校内の問題を考えるのに個人で動画配信をするチャンネルを持ってる生徒も増えてきたからな」


「そっか〜。僕らも個人の情報発信に負けないような動画や紙面を作れるようにがんばるよ」


 そんなことを話していると、もう一人のクラスメートが僕らの会話に割って入ってきた。


「なんだ、塩谷とノゾミは、生徒会選挙の話しをしてたのか? なら、ちょうど良かった。さっき、校門のところでケイコ先輩と一緒になったんだけどさ。『二宮にのみや高校で、今日から生徒会選挙の選挙戦が始まるから、興味があるなら、取材に行ってみないか?』だってさ……『どうせ、バスケ部問題では、しばらく新しい情報は出ないだろうし……』って、先輩は言ってるけど、ノゾミは、どうする?」


 声をかけてきたトシオに対して、僕より先に塩谷が反応する。


「二宮高校って、たしか、女子バレー部とダンス部が全国レベルの実力なんだよな? 佐々木、カワイイ女子がいないか、取材して来てくれよ!」


「塩谷、残念だけど、その依頼だけは引き受けられない。そんな動機で取材に行ったら、僕ら放送・新聞部なんて、あっという間に廃部にされちゃうよ」


 人数の少ない小規模クラブとは言え、部員にはミコちゃんがいるし、引退直後とは言え、OGには、この取材の発案者にして、御意見番のケイコ先輩もいる。魅力的な女子を取材するなんて不純な動機で他校を訪問するなんて許されないだろう。


 それに――――――。


 さっきから、僕らの会話をチラチラと気にする素振りを見せているクラス委員の女子の存在にも気を配らないと……。

 光石琴のように、純情を絵に描いたような存在の前で、他の女子を気にするような気配を見せるわけにはいかないのだ。


「なんだよ〜、つまんねぇな〜」


 自分の発言が冗談であることを示すように、笑いながら言う塩谷の表情を横目で見ながら、僕はトシオに返答する。

 

「明日は、祝日で学校も休みだし、面白そうだから、僕も参加するよ! あとで、ケイコ先輩に話してくる」


 他校の選挙戦の取材が、クラスメートが立候補する予定の一宮高校生徒会選挙の取り組みに、少しでも役に立つなら……と、僕は考えていた。

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