第1章〜彼を知り、己を知れば、百戦して殆うからず〜⑪

 男子バスケ部副部長の一方的な退部会見の取材を終えた僕とトシオが、放送・新聞部の部室に戻ると、僕らの帰りを待っていたように、ミコちゃんが緊急事態が発生したことを告げてきた。

 

「先輩たち大変です! 自治生徒会で、男子バスケ部を対象としたが開催されることになったそうです! いま、クラブ連盟所属のクラブ宛に、一斉メールが届きました」


「えぇ、なんだって! 十条委員会が!?」


 僕と一緒に驚きの声をあげたトシオだが、そのあと、急に冷静になって、小さな声で、


「えっと……十条委員会って、なんだっけ?」


と、恥ずかしそうに後輩女子にたずねる。


 ただ、トシオに問い返されたミコちゃんも、「え〜と、それは……」と、言葉に詰まって、貼り付いたような笑顔のまま、目を泳がせている。


 お約束の天然ボケを披露した二人のようすを目を細めて、苦笑しつつ眺めていたケイコ先輩は、


「はい、佐々木くん、説明よろ〜」


と言って、僕に解説役を振ってきた。


 以前、「取材先の生徒会やクラブ連盟に関わる校則や条例は、よく読み込んでおきなさい」という、この上級生女子のアドバイスに従って、必死で覚えた条文を思い出しながら、僕は説明を行う。


「十条委員会っていうのは、クラブ活動と委員会活動の事務に関する調査権を規定した自治生徒会条例第10条に基づいて、クラブ活動を統括するクラブ連盟と、校内の委員会活動をまとめる運営委員会が、特別会議の決定によって設置する特別委員会の一つなんだ。この特別委員会は、僕たちの国の国会の国政調査権と同じ様に、罰則を設けることで調査権の実効性を担保している」


「それって、どういうことですか?」


 ミコちゃんが、より噛み砕いた説明を求めると、今度は、ケイコ先輩が口を開いた。


「つまり、この委員会に呼び出されて、出頭しなかったり、偽証……ウソの証言をすると、処罰されるってこと。具体的には、正当な理由がないのに、十条委員会に出頭しないときや記録を提出しない、または証言を拒んだときには、6ヶ月以下の停学処分。偽証しないことを宣誓した生徒が、虚偽の陳述をしたときは、3ヶ月以上の停学処分もしくは退学処分が下されるの」


「停学に、退学! それって、大変なことじゃないですか!」


「そう、なことなの。ミコちゃん、佐々木くんたちが戻ってきたとき、自分で言ってたじゃない。『先輩たち大変です!』って……」


 微笑みながら返答するケイコ先輩に、ミコちゃんは、「あはは……そうでした……」と、苦笑しながら応じる。


「ちなみにだけど、十条委員会が開催されるのは、一宮いちのみや高校創立以来、はじめてのことだと思うよ」


 僕が付け加えて言うと、


「はぇ〜、そりゃ、ホントに一大事なんだな〜」


と、トシオが感心するようにつぶやいた。


「その十条委員会の開催と、さっきの荏原えばら副部長の不可解な退部会見と石塚いしづか部長の質疑応答は、なにか関係があるんですかね?」


「そりゃ、そうじゃないか? 副部長のあの焦りぶりと意味不明な感じは、自分たちが十条委員会の対象になってるって、知ってたんだろう。でも、部長の石塚の方は、あんまり、その認識は無かったんじゃないか?」


 誰に言うでもなくつぶやいた僕の言葉に、トシオが即答した。すると、ケイコ先輩が、その会話に割って入る。


「副部長の会見と部長の質疑応答は、ちゃんと録画してある?」


「えぇ、バッチリです! 副部長の会見の方は、YourTubeライブに登録しているので、もうアーカイブ化されてるはずッスよ」


 頼もしい親友の言葉にうなずいた僕らは、ノートPCで放送・新聞部の公式チャンネルにアクセスし、トシオが撮影した会見のようすを確認する。

 動画サイトに表示されたサムネイルをクリックすると、すぐに再生が開始された。


「まず、最初に言っておきたいことは。今日、ここで会見を行おうと思ったのは、自分ひとりの判断です。他意はありません」


「男子バスケットボール部副部長を務めていた荏原正志えばらまさしは、本日をもって、バスケットボール部を退部させていただきます」


 一方的な副部長の発言に対して、野次馬の生徒から、一斉に声が飛ぶ。


「なんでだよ! バスケ部で、なにか問題があったのか?」


仲尾なかおの退部と関係あんのか?」


「レギュラー・メンバーが二人も抜けて、バスケ部はどうなるんだよ!?」


 野次馬の声に答えることなく、荏原副部長は目頭を抑え、大柄の身体を丸めながら、声をあげて泣き出し始めた。


「部長にも、一緒に責任を取ってくれ、と言ったけど……すべては、オレ一人が原因だ……ただ、バスケ部と部長を守れなかったのがツラい……」


 泣き崩れた副部長は、そのまま、「すいません、以上です」と、話しを切り上げて、背にしていた部室のドアを開け、カメラの前から立ち去った。


 動画を確認したミコちゃんは、率直な感想を漏らす。


「たしかに、意味不明の内容ですね〜。わざわざ、みんなの前で退部表明なんてする必要あったんでしょうか? それとも、なにかのパフォーマンス?」


 すると、これまで、黙って動画を視聴していたケイコ先輩が反応した。


「なかなか鋭いわね、ミコちゃん! 自分の保身のためだけか、バスケ部のなにかを守ろうとしているのかは、わからないけど……あの大げさな泣き方は、まだ、なにか隠していることを追及されないためなんじゃないかな?」


 副部長の不可解な会見内容の意味を解こうとする先輩に対して、トシオはタイミング良く、ハンディカメラをPCに接続して撮影していた映像を再生する。

 石塚部長の質疑応答の模様を確認したケイコ先輩は、あごに手を当てながら、「なるほど……」と、つぶやいたあと、

 

「古河くんが言ってたように、部長の方は、まだ、自分たちのクラブの問題を知らぬ存ぜぬで切り抜けられる、と考えているフシがあるわね……まったく、……十条委員会で、バスケ部の不正疑惑を明らかにできるのか……放送・新聞部でも、委員会の流れを追う価値はあるわよ!」

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