第1章〜彼を知り、己を知れば、百戦して殆うからず〜②

 9月2日(火)


 夏休みが終わって、新学期がはじまった二日目の放課後。


 僕は、クラスメートで、クラス委員を務める光石琴みついしことから、


「佐々木くん、このあと、教室に残ってくれない?」


と告げられていた。


 以前から、ずっと好意を抱いていた相手に、いや、なんなら、春先に自分の想いを告白し、その返事を保留されている相手からのご指名とあって、僕の心臓は自然と高鳴っていた。


(なんだろう……? いよいよ、あの告白の返事をくれるのかな?)

(それとも、夏休み中に交際相手ができたとか? もし、そうだったら、どうしよう……)

 

 さまざまな想いが胸をよぎるなか、教室に残っていた他の生徒が、一人去り、二人去りとだんだん人数が減っていき、ついに、光石と二人きりになったことがわかると、僕は我慢できずに彼女に問いかける。


「み、光石……僕に話したいことがあるの?」


 僕の脈拍は早くなりがちだったけど、緊張しているのは彼女も同じようで、「ひゃっ……」と可愛らしい声を上げたあと、「うん……」と、小さい声でうなずく。


「あのね、佐々木くんには、どうしても最初に話しておきたく……」


 そう言って、話しを切り出した彼女の言葉に対して、僕はうなずきながら耳を傾けた。


「新学期がはじまって、あらためて坂木原さかきばら先輩と話したんだけどね。昨日、あらためて、お願いされたんだ。今年の自治生徒会の生徒会選挙に立候補してほしいって」


「そ、そうなんだ! それで、光石はなんて答えたの?」


 僕の質問に、目の前のクラス委員は、少しためらうような表情を見せながらも、はっきりと答えてくれた。


「うん……私で良ければ……って、先輩には答えた」


「それじゃあ……?」


 光石は、今度の自治生徒会の選挙に会長候補として立候補するんだね? という意味を込めてたずねた僕の一言に、彼女は、再びコクリとうなずく。


 これは、放送・新聞部の部員としては一大スクープを手にしたことになるんだけど――――――。


 僕、佐々木望海ささきのぞみ個人としては、少しだけ、ガッカリする答えだった。


 なぜなら、現在、自治生徒会の生徒会長を務めている坂木原佳子さかきばらよしこ先輩と光石は同じ吹奏楽部に所属していて、先輩が、光石の人間性や責任感の強さを高く評価していることは、新聞部のクラブ訪問のインタビューで何度も聞いていたし、なにより、光石琴自身が先輩に頼まれたら断れない性格であることを知っていたからだ。


(まあ、坂木原会長があれだけ目を掛けていたんだから、そら、そうなるよ……)


 勇退したばかりの名監督の語録を引きながら、僕は、一人で納得する。

 

 ただ――――――。


 僕に独占内部情報をもたらしてくれた彼女の言葉は、それだけでは終わらなかった。


「それでね……佐々木くんは、私が担当楽器のソロを任されて、クラス委員の仕事との両立に悩んでいるとき、『そういうことなら、クラス委員の仕事が放課後に長引く場合は、なるべく僕に協力させてよ。光石は、遠慮なく練習に打ち込んで!』って言ってくれたよね?」


 光石琴の言うとおり一学期が始まった頃の時期に、彼女に告白し、「いまは、自分のことで精一杯だから……」と返事を先延ばしされたあと、僕は、そんなことを口にした気がする。


「あぁ、僕は、たしかに、そう言ったと記憶しているけど……それが、なにか今回のことと関係あるの?」


 不思議に思いながらたずねると、彼女は、またも小さくコクリと首を縦に振る。


「うん、あの一言が、とても嬉しかったんだ。あぁ、自分にも頼れるヒトが居るんだって思えたから。だからね……もし、私が生徒会長選挙に当選したら、一緒に生徒会の役員になってくれないかな? そして、……私のことをそばで見守ってくれたら、嬉しいなって思う」


 頬を赤らめながら、最後は小声で語る彼女の言葉の意味を理解するまで、少しだけ時間が掛かった。

 ただ、その意味するところがわかり始めたとき、僕の鼓動は、これまでになく早くなる。


「それって、僕が春に告白したときの答えってことでイイのかな……?」


 勘違いや思い違いがあってはいけない、と考えながら、慎重にたずねると、光石琴は、今日いちばん可愛らしい表情で、ハニカミながらうなずいた。


(ヨッシャ〜〜〜〜〜!)


 僕は、心の中だけで大声を上げて叫びながら、同じく心の中だけで逆転ホームランを打ったときの野球部・中谷ばりのガッツポーズを行う。


 首を縦に振った彼女に対して、僕は応じる。


「答えはもちろん、『はいよろこんで』『あなた方のために』」


 の歌詞のように、メロディーに乗せて答えると、光石琴は、クスクスと笑いながら、「ありがとう」と返答する。


 そして、彼女は通学バッグから、細長い小さな箱を取り出す。

 

「それじゃ、返事を延ばしてしまったことのお詫びと、今日の佐々木くんの答えのお礼に……」


 そう言って、光石琴が手渡してきたのは、僕の好物である九楽園口くらくえんぐち駅のそばにあるチョコレート専門店のチョコアソートだった。そのアソートの中でも、心地良い苦みが残るビターチョコは絶品なのだ。3粒で1500円近くする高級感もそうだが、彼女が、僕の好きなものを覚えてくれているだけで感激モノだった。


「ありがとう! 僕の好きなチョコを覚えてくれていて、すごく嬉しい」


 素直な気持ちを口にしながら、小箱を受け取ると、光石琴は、笑顔で僕の言葉に応じた。


「喜んでもらえて良かった! これからも、よろしくね」

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