第1章〜彼を知り、己を知れば、百戦して殆うからず〜①
〜大衆は真実を求めているのではない。彼らに必要なのは幻想なのだ。〜
ギュスターヴ・ル・ボン『群集心理』より
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9月1日(月)
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中谷 43本塁打 43盗塁
県内初の偉業!
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特大の新聞用見出し書体でデザインされた紙面が、生徒昇降口の近くの校内新聞掲示板に貼り出された。
野球部に所属する二年生スラッガーの
「中谷くん カッコいい!」
「へぇ〜、結構いい写真が撮れてるじゃん」
掲示板の前に集まり、紙面を見て口々に感想を言い合う生徒を見ながら、僕の隣で親友の
「へへ、どんなもんよ?」
「スゴいのは、記録を達成した中谷であって、トシオじゃないだろう?」
僕が、そうツッコミを入れると、彼は反論してきた。
「オレの撮った写真も評価されてるんだよ! そりゃ、中谷が高身長のイケメンで、写真映えするってのは、その通りだけどさ……」
「まあまあ、どっちでもイイじゃないですか! 中谷さんのおかげで、私たち放送・新聞部の動画視聴数も紙面ダウンロード数も、去年よりアップしてるんですから!」
そう言って、僕らの会話に割って入ってきたのは、一年生部員の
動画の視聴数は、言わずと知れた動画サイトでアカウントを取っている一宮高校放送部の公式チャンネルの再生数であり、紙面のダウンロード数は、GoogleのサービスであるClassroomの一宮高校新聞部のクラスに投稿するPDF化した紙面の保存数を参考にしている。
「たしかに、ミコちゃんの言うとおりかも。僕ら放送・新聞部に対する注目度も、中谷選手の活躍次第だからね」
後輩の一言に、僕は苦笑しながら応じる。
ちなみに……だけど、新入部員の入部希望用紙を見た先代の部長である
こんな感じで、自分たちの仕事に満足している現行部員の僕達に、冷や水を浴びせるような言葉を掛けてくる人物がいた。
「まったく……相変わらず中身のない紙面ね……」
そう言って、僕たち一・二年生の間に入って来たケイコ先輩は、ため息をつきながら、僕に向かって問いかける。
「他の二人はともかく……佐々木くん、今年の一宮新聞の編集方針は、ホントにこのままで良いと思ってるの?」
先輩の言い分は、痛いところを付いていた。あくまで、見た目の数字は伸びているのだが、その裏で、あまりに中谷選手に依存した紙面や放送番組づくりは、我が高校の生徒が利用している一部のSNS上で、
#中谷ハラスメント
というキーワードが密かに流行っているのを僕自身も把握していた。
この分なら、この『中谷ハラスメント』が、一宮高校の裏流行語大賞になってしまうかも知れない勢いなのだ。
ただ、それでも……。
「先輩はそう言いますけど、ミコちゃんの言うとおり、動画視聴数も紙面ダウンロード数も去年より上向いていますよ? 目に見える実績をあげないと、生徒会からの予算も打ち切られて、僕たちの活動そのものが出来なくなってしまうんですから……」
僕が、そう反論すると、先輩は、肩をすくめながら答える。
「私たちの実績ってのは、なにも、視聴数やダウンロード数だけで決まるものじゃないでしょ? 視聴数やダウンロード数なんてもので競っても、どうせ、
(中身で勝負って言われても、それ、どう言うことなんだよ……?)
そんな曖昧で、あやふやな文言が、今どきのクラブ予算委員会で承認されるとは思えなかった。
なお、これまた、ちなみにだけど……。
ケイコ先輩が言った、
ユニセックスな風貌と、男性のような力強さと女性のような繊細さを交互に使い分ける歌声は、同世代の間で、多くの支持を受けている。
そして、本名が
「先輩、いい加減、michiさんの単独インタビューを取り付けて来てくださいよ〜。せっかく、放送・新聞部に入ったら、
まるで、マスメディア志望の大学生のような軽薄さとミーハーさ丸出しの発言をするミコちゃんだけど……。
彼女は、たしか入部の動機をたずねたときに、
「
と言っていたから、ある意味で、初期衝動に忠実なだけかも知れない(そして、入部前の彼女は、放送・新聞部のあとの部分に、まったく重きを置いていないようだった)。
「まあ、校内の有名人にスポットを当てて、その人の内面に迫るような記事が書けるなら、それも、悪くないけどね……」
ミコちゃんの発言に苦笑しながら応じたケイコ先輩の表情をながめながら、僕は考える。
(『校内の有名人にスポットを当てて、その人の内面に迫るような記事』か……)
「先輩、それなら、こんなアイデアはどうですか? もうすぐ、生徒会選挙があるじゃないですか? 放送・新聞部では、公式チャンネルに候補者の選挙公約に話してもらう動画をアップロードしますよね。新聞紙面では、その公約放送で語られたことに突っ込んで質問したり、逆に語りきれなかったことを説明してもらうって感じで……」
僕がそう言うと、ケイコ先輩は、ニンマリと笑いながら、
「ほぉ〜、いいじゃないか。こういうのでいいんだよ。こういうので」
と、孤独にグルメを愛するサラリーマンのように、ご満悦の表情を見せる。
いつもは口うるさいOGと言った存在である前部長から、お誉めの言葉をもらった僕も、正直なところ、やや得意になっていた。
だけど、このときの僕は、まだ気付いていなかった――――――。
たかだか、高校の生徒会選挙でさえ、もはや、こんな悠長な構え方をしていては、情報機器を駆使した現代の選挙戦には対応できない、ということに……。
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