第6話 下働きに成果給は出ない

 つらつらと考えて見るに。


 要するに自分がこれまでやってきた仕事は、男どもがリナちゃんの気を引くための得点稼ぎのネタだったようだ。

 デート先の下見や掃除、プレゼントの小物、生活の不満を解消するためのあれやこれや。

 もうちょっと広い対象の生活改善のために、些細なお役立ち仕事をしていると思ってたんだけどな。クズ野郎の見栄と下心の踏み台にしかなっていなかったと思うと、モチベーションがダダ下がった。


 そもそも自分が特務に選出された理由が、発想がユニークだからだって?

 薄い! オブラートが薄いよ!! もっと包んで、ふわっと優しく表現して!

 あ、この世界、オブラートなかったわ。需要あるかな? ……それはさておき。

「自分は凡人ですよ」って言ったら、可哀想な子を見る目で見られた。


 やめて、凡人として他と足並みを揃えて働くことすらできない変わり者とか、頭のおかしい変人とかいう噂が、寄親の旦那様の耳に入ると、家が継げなくなっちゃう。父上は甘いから丸め込めるけど、地元の貴族間の上下関係って厳しいんだよ。

 ”領主の跡継ぎ”じゃなくなったら、生活していけない自信がある。自立とか独立とか無理です。手に職もないし。

 1日に使いたい量の水を自力で汲み上げることができない自分は、水道の普及していない世界では、使用人なしでは生きていけません。……領主になったら水道引こう。あ、ダメだ。領主になれないと水道ができないからやっぱり詰む。




 何はともあれ、依頼があれば、働かないといけないわけで。

 作りましたよ。お弁当。


 この世界、貴族のお出かけは普通に使用人がゾロゾロ随伴して、荷物は全部運ぶので、偉い人が1食分を個人で携帯する必要がない。行軍時の携帯食はあるけれど、行楽用の携帯食なんてない。行楽なら普通に屋内で食事が取れるルートが選定されるか、天幕が張られてテーブルが用意されるのだ。


 たぶんリナちゃんにしてみれば、コレジャナイ感が凄いんだろう。

 花見も遠足もピクニックも、行楽といえばお弁当! な日本人だもんな。


「外出用の携帯食事容器って、いったいどういう人が、どこに、どういう目的で出かけるときに使うんですか?」


 先走って正解を作ると不自然なので、一応聞いてみた。それにどうせ作るならシチュエーションにジャストフィットさせたい。

 返ってきた説明が、”さる高貴な令嬢が、護衛のみを伴って湖畔まで遠がけに出かける”ということだった。

 なんでも、そのやんごとなきお方は気鬱で食が進まないので、量は必要ないし、大人数の随伴も好まれないので、かさばるものや、使用人の手がかかるものは、困るという。


 えー、なんだよ。ストレス溜めたリナちゃんを、例の色ボケ護衛が、お外デートに連れ出したいだけじゃないか。遠がけって馬だろ? 乗馬やっていない素人の女の子を、突然馬に乗せて長距離とか、無駄に体力使わせるぞ。

「大丈夫、俺に掴まって」とかやりたいのか? あー、ヤダヤダ。


 馬で行くなら揺れるので、汁物はなしにした。女子中学生サイズのお弁当箱を、薄く削った木で作る。駅弁の折みたいなやつだ。これなら向こうで燃やせるからな。

 本当は平たい幕の内弁当みたいにしたかったが、馬で運ぶときに水平が保てないと、グチャグチャになるから、小径の楕円型の2段重ねにしてみた。

 曲面のほうが丈夫なんだよね。間仕切りを入れてさらに構造強度をあげておく。


 そこに詰めるメニューも、厨房の料理人と打ち合わせを重ねて厳選した。

 一つ一つが小さくて可愛いものが少量多種。全体の彩りがキレイで、野菜多め。味も日本人が受け入れやすいものを、基本は薄味で。しかしガツンとした濃い味のものもアクセントになるように配置。小さな木のピックがあれば全部食べられるような形状で、汁が滲まなくて、時間が経っても美味しくて、腐敗しにくいもの。

 甘味も入れたよ! 女の子にはデザートはマストだからな!

 座ってもスカートが汚れないように、厚手の織物の敷布とクッションも用意した。色柄は事前に現地のロケーションを確認して、そこの植生に合わせて季節の植物文様でコーディネートしたぞ。もちろん、お弁当箱にも焼印でワンポイントの花柄を入れた。

 使い捨て容器でも、綺麗でかわいくなければ、女子中学生向けは名乗れない。


 職人さんには、今回も大変お世話になりました。ここの職人さん達、腕は確かだから、明確にビジョンを説明するとその通りのものを作ってくれるんだよ。有能すぎる。口だけで高望みを押し付ける自分みたいなクソクライアントにも、特務さんとお仕事するといい刺激になるとか、気を使って神対応してくれるんだ。マジでありがたい。




 はたして。

 納品したお弁当は、好評だったのやらどうやら、ユーザーの声のフィードバックはまったくなかったので、わからない。特務の仕事なんてそんなものです。

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