廃墟のレストラン

@edamame050

『廃墟のレストラン』『爪切り』『歌う』

「廃墟のレストラン」「爪切り」「歌う」


 森のはずれにある廃墟のレストラン。蔦が外壁にびっしりと張り付いており、窓硝子は所々割れていて、一見営業していない様に見える。しかし、その店は夜になると店内に朧気なランタンの光を灯すという。山下玲はそんな噂を聞いて訪れた。彼女は記者だった。ネタがあれば東西南北どこへでも飛んで取材をする。木々はさざ波のように揺れて彼女をレストランへと誘う。扉に手を掛けて開くとカランカランと錆びた音を交えてベルが鳴る。ランタンの不気味な光が振り子のように微かに揺れた。店内は誰一人おらずテーブルと椅子がそれぞれ規則正しく距離を置いて並ぶ。 

 彼女はそのうちの一つの椅子を引き座る。暫く待つとカウンターの奥からコツコツと足音が鳴り白のシャツの上に黒いベストを身に纏った小綺麗な格好のウェイターらしき人物が現れた。


「御注文はお決まりでしょうか?」 


高くも低くもない機械的な音声を発し、ウェイターは貼り付けたような笑みを浮かべて彼女に訊ねた。

 彼女はそもそもメニュー表など渡されておらず、何を注文すれば良いのかさえ分からなかった。それなのに御注文は? と言われても対応に困る。だから彼女はこう言った。


「この店のおすすめメニューをお願いします」


「かしこまりました」


 ウェイターは片腕を胸の内に畳み行儀良くお辞儀をする。


「その前に」


 ウェイターが人差し指を立てて胸ポケットから爪切りを取り出す。


「当店では爪を短くすることを推奨しております。お客様の爪、少々長いようですから、よろしければ私に切らせては頂けないでしょうか?」


 彼女は多少躊躇ったが、郷に入っては郷に従えということなのだと理解して、その指示に素直に従った。


「席に座ったままで結構ですので、どうか私にお任せ下さい」


 ウェイターは片膝を床に着くと彼女の手を取り爪を切り始めた。

 カチッ、カチッ、と刃と刃の歯噛みする音が響く。彼女はその間ウェイターの顔をまじまじと観察した。鼻はすっとしていて、顔は小さく、睫の一本一本が外側を軽く跳ねるように生えている。端正な顔立ち、髪型は後ろで一纏めにしており男装の麗人を彷彿とさせた。ところでと彼女は疑問を浮かべる。なぜこのウェイターは私の切った爪を瓶に入れてるのだろうと。


「こちらの方は終わりました。ではもう片方の手も」


 もう片方の手を言われるがまま差し出す。切られた方の手の爪をみると丸みを帯びて肌の色と一体化するように均等に切られてるのが分かった。慣れているのだろう、人の爪を切ることに。


 カチッ、カチッ、と再び音が鳴る。彼女はその間も見惚れるようにウェイターの顔を見つめた。見れば見るほど美しい顔だ。どうしてこんなところにこんなウェイターがいるのか不思議でしょうがなかった。


 しかし、こんな場所だからこそ、このウェイターが存在しているのだと思うと、そこにこの店の付加価値のようなものが生まれる気がした。


「終わりましたよ。では料理を作って参りますので、少々お待ちくださいませ」


 ウェイターの発する言葉が鈴のように転がって心地良い。最初は機械的だなと感じていた抑揚も其れもまた魅力だと捉えることが出来た。


 ウェイターが消えた後、店内を改めて見回す。天井の片隅を見るとそこには蜘蛛の巣が張られていた。糸の端で待機する蜘蛛は今か今かと食事を待っているようにも見えた。

 ランタンの光が点滅を繰り返す。やがて奥からサービスワゴンがキャスターを転がしてやってきた。


「お待たせいたしました」


 ステンレスのドームカバーが外され湯気が立ち上る。テーブルに料理や食器が配膳される。グラスが置かれて、そこにワインが注がれた。ブラウンに染まったとろみのあるそれはビーフシチューようだった。中央に浮かぶ一口サイズに切られた肉をスプーンの上に載せて、口元に運んだ。噛むと肉の繊維は軽い力で糸が解けるように切れるほど素直な食感をしており、内側から少々独特な、しかし良い意味で癖のある肉汁が舌で踊った。と同時に野菜の甘みの効いたルーが、相乗効果でコクのハーモニーを演奏した。  

 思わず歌うことすら考えてしまいたくなるほど、美味しかった。それほど自分好みの味をしていたのだ。


「あなたが作ったんですか?」


「はい」


 彼女の問いにウェイターはまたしても貼り付けたような笑みで頷く。

 そのどこか不気味な仕草もウェイターの美貌で魅力的に映る。彼女はどうしてここに訪れたのかも忘れて舌鼓を打っていた。

 料理と一緒にワインを飲み干した。グラスが空になるのを見るとウェイターは新たにそこに注ぐ。


「どうやってこんなに美味しい料理を?」 


 酌をしてもらうついでに彼女は質問をした。


「予めお客様の爪を拝借して、そこからお客様の好みに合わせた料理を作るんです」


「なるほど」


 そこからどうやってという疑問は軽く酩酊して、判断の鈍ってる彼女にはさしたる問題ではなかったようだ。


「ではこの肉はどうやって・・・・・・」


 彼女が最後まで口を動かすことはなかった。糸が切れたようにテーブルへと倒れたからだ。そんな様子を尻目にウェイターは語る。


「爪を煎じて飲むという言葉があります。私、その言葉にすごく感銘を受けまして、そこから学びを経て、では爪では無く肉を食べたらどうなるのか? と試してみたくなったのです」


「なのでお客様人間様これは私からあなた方へのささいなおそそわけなんです」


「お代は結構です。もう頂く予定ですから」

 

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