第十三話 報告
「そうなの! おめでとうー。結婚なんてびっくりだわー」
『なぬっ?!』
とスケキヨは驚きを隠せなかった。あの婚活パーティーで大島が無理矢理誘った湊音が、結婚――再婚するというのだ。相手が誰なのかすぐに思い出せず、記憶を辿った。
『まさか、あいつと?!』
婚活パーティーの後、大島と三葉は無事にカップルが成立したが、湊音は離婚して間もなかったことや、交際経験の少なさもあって、成立した若い女性との関係は破談に終わった。
その頃、同じパーティーで知り合ったバーテンダーの男が経営するバーで、大島はよく湊音と一緒に飲んだことを思い出す。無頓着な湊音に対して、そのバーテンダーが色々と世話を焼いていたのを見て、次第に二人が仲良くなっていくのを目の当たりにしていた。
「でも……同性同士って結婚……できない……あ、へぇ、パートナーシップ協定か! 兎にも角にもおめでとうー」
その言葉を耳にして、スケキヨは確信した。湊音はあのバーテンダーの男と一緒になったのだ。
湊音はかつて大島の教え子であり、とても手がかかった生徒だった。
そして彼が教師となった後も、大島の部下として剣道部の顧問を務め、共に切磋琢磨した良き相棒でもあった。
そんな湊音が結婚するという事実に、大島は複雑ながらも感慨深い気持ちを覚えた。彼の成長を見守り続けてきたからこそ、いまこの瞬間の幸福を心から喜びたいと思った。
とても感慨深かった。
『湊音が結婚か……まぁ2回目だが』
じっと三葉の声を聞きながら、昔の湊音との思い出が頭に浮かんだ。
教え子として接していた頃、彼の無鉄砲さや不器用さには何度も苦笑させられたが、同時にその一途な姿勢には大島も感心させられていた。
『にしても……パートナーシップ協定、ってなんなんだ?』
同性同士の結婚は、まだ社会的には様々な壁があるが、パートナーシップ協定という形で互いに支え合う決断をした湊音とそのバーテンダーには、心からの祝福を送りたかった。
「スケキヨ? なんかうれしそうね?」
三葉がそう言いながらスケキヨを撫でた。その優しい手の感触に、気持ちよさを感じる。
「にゃあ……」
スケキヨは小さく鳴き声をあげる。それは、彼の教え子であり仲間でもあった湊音への祝福の気持ちを込めたものだった。
湊音が幸せを手にしたことは、大島自身にとっても希望であり、今の自分が少しでも前向きな気持ちを持てるための一歩になっていた。
「あ、スケキヨ……映画のキャラじゃないわよ。猫を飼ったの。えっ……今週? んー、明日はどうかしら? 急すぎる?」
まだ電話の会話は続いてた。三葉が湊音と何か約束をしていることに気づいた。しかもその約束は明日だ。突然のことで驚きつつも、ここ最近この家に客人が来ることがなかったため、スケキヨは少し心が弾んだ。
「じゃあ、明日ね。ありがとう……わざわざ報告してくれて。おめでとう、じゃあね」
なんと、湊音が明日この家に来るらしい。電話を切った後、三葉はいきなり掃除を始めた。大島がいないこともあってか、部屋には洗濯物や一部の下着が放置されていたり、掃除も行き届いていない状態だった。
「掃除しなきゃ! 後お祝いに何か買わなきゃいけないわね……」
スケキヨは結婚した時に買ったロボット掃除機の上に乗り、三葉の掃除を邪魔しないように見守った。本当はこれを買うつもりはなかったが、他の商品と抱き合わせで購入した結果、意外にも愛用することになった。しかし、それに自分が猫として乗ることになるとは想像もしていなかっただろう。
三葉が仏壇の掃除を始める。やはり遺影の写真はそのままで良いのか少し悩んだが、写真を撮り直したり選び直すこともできない。そして掃除を終えた三葉は仏壇の前に座り、手を合わせた。
「和樹さん、湊音くんが2回目の結婚……まぁ、結婚でいいか、するんですって。あなたたち、仕事の話をするときは大半が湊音くんのことだったから……あんまり会っていなかったけど、私もすごく嬉しくなっちゃった。また明日ここに来るから、お話聞いてやってね」
スケキヨはロボット掃除機から降りて、三葉の横に寄り添う。
『……そうだったな、三葉。俺も話を聞きたい、色々と』
すりすりと寄り添うスケキヨに、三葉は微笑んだ。
「こら、まだ掃除途中でしょ。また毛が抜けちゃうから、来る前にもう一度掃除機かけないと……」
三葉は少しため息をつきながらも、どこか微笑ましい表情を浮かべていた。
正直なところ、かつて大島は自分がいなくなった後のことを考え、湊音が三葉の支えとなる存在になれないかと思ったことがあった。しかし、湊音の元妻が、何を隠そう三葉の友人である美帆子だったこともあり、その考えはすぐに打ち消されたのだった。
じゃあ、だったら誰が……と考えながらも、自分も知っていて三葉も知っている人物と言えば誰だろうかと悩んだ。
スケキヨの頭に浮かんだのは、知名度もあり資産にも余裕がある倉田のことだった。
しかし、どんな人間かもよく分からない男に三葉を任せるのはどうだろうかと、心の中で葛藤が続いた。
もちろん、それは三葉の幸せを考えた場合に最善とは思えなかったし、スケキヨ自身のエゴが入り混じっていることも分かっていた。
そんな自分の考えにどこか自己嫌悪を感じつつも、三葉の未来を思うと誰かが彼女の側にいるべきではないかと思わずにはいられなかった。
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