草原での接敵
草、草、草、草、四方は緑で覆われている。
丘陵の向こう側に、馬群がいたのか砂ぼこりが巻き上がっている。暫くすると遠方より馬蹄音が聞こえ始めた。地を這うように地面が蠢動する。馬具と甲冑の金属音が重奏し、こちらへ近づいてくる。
騎馬隊である。家畜の革や金属片を混ぜた複合弓を携え、先行部隊の我々目がけて、騎射する。数百本の矢が刺さり、数十頭の馬が悲鳴を上げる。数人が致命傷を負い、馬から転げ落ちた。続けて騎射数百、後退した。
背後より三度の矢群が追い越したが、騎射を諦め追撃に入った。二つの丘を越えた先に、我が軍の弓騎兵が同時進軍しているので、彼らの進行予想地点に向かって馬を走らす。
前方に丘、一つ目の丘である。わざわざ頂上まで行く阿呆はここで死んでいるだろう。丘の裾野を走る。緩やかとはいえ草原の目印になる程の大きさでもあるし、その裾野の斜面はかなりある。馬の速度が落ち始める。足蹴、鞭、舌鼓などをして元に戻っていく。
後方より物凄い勢いで近づいてくるのが聴覚からでも判った。速く走らせる術は敵が十年の長がある。まずは甲冑、次に貴重品、ひいては食料の干し肉、最後は弓矢を捨てていた。
軽くなれば速度が上がるのは当然で、今度は風の抵抗を減らすべく前傾姿勢を取った。馬と一体化するような走りは敵を追撃する速さを得るには充分であった。
敵が弓矢を持ってないのを知った最後尾の数人が弓構える。高低差でいえば、こちらが有利な高地にいるのだから騎射するに足る理由はある。数本の矢が放つ。
しかし、敵は矢を通り抜け、矢は背後の、既に通り過ぎた地に虚しく刺さった。
敵への騎射は不可と判断した時点で敵が振る剣の中であった。忽ち数個の首が飛んだ。飛ぶ様を悠長に眺める時間も無かった。
隊を分けろと誰かが叫ぶ。各個撃破の危険があるが、何よりも追っ手も分散するので多少の利点はあるかもしれない。何より敵、彼らの民族は遊牧民であるし、軍よりも氏族、彼らは口に出さないだろうが、氏族よりも家族、そして自分だ。武功を上げることが何よりの悦びであるから、過去に敵を討つことに夢中で本来の戦略目標が失敗して敗退した戦いが何度かあった。
三つに分けた。左右正面の方角へ分派する。
二時間走らせると、やっと二つ目の丘が見え始めた。幸い追っ手は居ない。敵は居ないのだからと、愚かにも無防備、無警戒で丘を登ろうとした。数人かは剣を抜いて辺りを見渡しながら続いた。
丘を走る。不気味なほど静かであった。誰もいないが視線を感じる。
敵後方!!
見張りが叫ぶ。奇襲である。敵の馬は我々よりも速かったのだ。後備の者は剣を抜く前に刎ねられ、既に抜剣していた者は剣戟を繰り広げた。ほとんど全員が剣を抜き騎馬戦らしく近接戦闘に移った。弓矢は無く、射る時間も無い。剣の腕はこちらが優位、十体の息絶えた敵兵が地面に寝転がっていた。凄腕の剣士が腕を切り落とし、首を宙に舞いらせる。
彼らの勇戦むなしく、丘の頂より敵の本隊が現れた。我が軍主力の長槍隊に対抗する為に新設された同種の槍騎兵である。槍の穂先には分派した部隊の兵士の首が掲げられていた。
先程戦っていた敵が、蜘蛛の子を散らすようにして姿が消えた。
例の刺さった首を叩くように振り、取れた首が斜面を転がる。敵の突撃である。槍が一列に横隊を形成し、立ち向かう者、逃げる者、諦めた者、泣き叫ぶ者の腹、背中を突き刺した。
勝敗は決した。壊滅である。敵は捕虜を取らず、降伏の権利すら与えない。
かくして戦場は敵と既に逃げ去った臆病者だけが残った。
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