第1話

硬いコンクリートの壁の感触が、薄い木綿のワンピース越しに身体をひんやりと冷やしていく。

自分の鼓動の感覚が、吐き気にも似た嫌悪感を煽り立てていた。

私はどうしてここにいる?今すぐ逃げちゃえばいいのに。ここまで我慢しながら颯斗の歌を聴く価値なんてあるのだろうか。


まだ暗い小さなステージの目の前に立つその後ろ姿をじっと見つめながら私は小さく息を吐いた。

小宮愛莉の背中は華奢で、オフショルダーから見える細い肩からうなじにかけてのラインは、なんだか同い年とは思えない様な妙な大人っぽい色気を放っていた。


同じ空間に私が居るかもしれない事すら全く頭にないかの様に、一緒に来た女友達とずっと楽しそうに会話している。


私の頭なんて、あなたの事でいっぱいなのに。どうしてそんな余裕があるの?


今にも震えそうになった背中を温かい感触が優しく摩った。


「翠ちゃん、大丈夫?」


南の黒目がちな大きな瞳が心配そうに私を覗き込む。


『水分多めの水晶体。』


颯斗に意味の分からない形容で、弾き語りのネタにされた事のある南の瞳。

南は私たちのおかしな関係を唯一理解してくれている親友だ。


颯斗と小宮愛莉と私は、長いこと三角関係をしている。

今日は颯斗のバンドの解散ライブだった。

前回のライブには来なかったくせに、今日は最前列の真ん中を陣取ってすっかり本命気取りだ。

そんな彼女に比べ、気の小さな私は最後尾に立つのが精一杯だった。


こんな小さな空間で息が詰まる様なこの状況で、冷静に颯斗を見守る自信は既に私には無かった。

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