第41話 勇者(1)


【ラインハルト視点】



 僕の名はラインハルト・アインシュタイン。

 幼いころから、平和と誠実さを愛し、ひたむきに努力を続けてきた。

 産まれは貧しい農家だったが、自力で勉強し、剣の腕を磨き、研鑽を続けた。

 そしてある日村にやってきたとある貴族に取り入って、養子にしてもらった。

 そこからは、学業にはげみながら、冒険者としても名をあげた。


 そしてようやくつかんだチャンス。

 僕は王族にも認められ、正式に勇者として任命されるまでになった。

 今では誰もが僕を認める……ようやく自分の努力が報われた気がしていた。

 そう……すべては……世界中の美女を抱くため……!!!!


 僕は世間では、清廉潔白な、真面目な聖人として通っている。

 だがしかし……僕がここまで努力をして頑張ってこれたのは、すべて性欲のおかげだった。

 僕の村には残念なことに、芋臭い田舎娘しかいなかった。

 街へいくたびに、僕は思っていたのだ……ああ、僕もいつかあんな都会の美女をはべらせたい……。


 勇者として任命されるまで、僕はずっとその邪な欲望を隠してきた。

 そのせいで、この歳になってもいまだ童貞だ……。

 そもそも女性とのかかわり方がわからないし、変に意識して緊張してしまう。

 金はあるのだし、娼館にでもいけばいいと思うだろうが、いまとなっては確実に顔を指される。


 それに、それだけはプライドがゆるさないのだ。

 娼婦で童貞を捨てるんだったら、いままでしてきた努力はなんだったんだ?

 僕は最高の女性で童貞を捨てるのだと決めていた。


 もちろん、勇者となった今では、それなりに女性から声をかけられることはある。

 だが、しょせんは名誉や金を目当てとしたろくでもない女ばかりだ。

 いやべつに、話し方がわからないわけじゃないぞ……ほんとだ。


 せっかく王にまで認められ、勇者の称号を得たのだ。

 しかも、なんと都合のいいことに、近々、魔王が復活するとのうわさがあるではないか。

 古来より、真の勇者というのは、魔王を倒したものに与えられてきた。


 けど、僕が生れたこの時代は、すでに魔王が封印されて何年もたっていて、ほんものの勇者というのはいなかった。

 僕にあたえられたこの勇者の称号は、いわば勇者候補でしかない、借りの名。

 王様に認められた一流冒険者のことを、慣習的にそう呼ぶにすぎなかった。


 だけど、僕がこうして勇者になったとたん、魔王復活の情報が入ってきたのだ。

 これはまさに、僕は運命に選ばれているとしか思えない。

 ガイアが僕にささやいているのである――復活した魔王を倒し、ほんものの勇者となれと……!


 そして、僕がほんとうに魔王を倒したら、そのときはさらに王様からの評価もあがるに違いない……!

 昔から、伝説に出てくる勇者は、魔王を倒したあと、その褒美に姫と結婚するものだ。

 そう、僕が狙っているのは、王の娘であるセレスティーナ姫。


 城に出入りするようになってから、たびたび目にはしていたものの、勇気がなくて話しかけることもできず、目で追うだけの日々だった……。

 美しいセレスティーナ姫……。

 僕は一目で彼女に惚れていた。

 彼女こそ、僕がはじめてお付き合いし、添い遂げるにふさわしい女性だ……。


 僕は魔王を倒し、セレスティーナ姫に婚約を申し込む……!

 そのときまでは、他の女生とは一切かかわらないことを決めていた。

 これまで僕が努力してきたのは、魔王を倒し、セレスティーナ姫とむすばれるためだったのだ!


 

 ◆

 

 

 そんなあるとき、王様からの命令で、僕は魔族の気配を追っていた。

 近々、魔王が復活するということで、それに先駆けて、さまざまな場所で魔族の気配が察知されている。

 賢者たちの探知をもとに、僕は魔族があらわれそうな場所をパトロールしていた。


 魔族があらわれて、誰か一般人が先に遭遇してしまったら、大変なことになるからな。

 魔族はただの魔物とは桁違いの強さだ。

 彼らの中には人間に化け、人間の言葉をあやつるものもいるという。

 そんなやつらが、街中に解き放たれでもしたら……。

 死者は数百にものぼるだろう。


 僕は勇者としてそんなやつらを未然に狩らなければならない。

 ある日僕は魔族の気配を追って、森の中へと入っていた。


 魔族の強烈な気配を察知し、僕がその場所へやってくると――。


 なんとすでに、魔族は倒されていたのだ。

 そして倒れた魔族のすぐそばには、一人の冒険者がいた。

 彼はいったい……なにものなんだ……?


 みたところ、一人のようだし、それほど強いようには見えないが……。

 筋肉もなく、背も低く、中性的な顔で、どこか頼りなさそうな人物だ。


「魔族の反応を追ってきてみたら……これは驚いた……」

「え……?」

 

 僕は彼に話しかける。


「これは君が一人で倒したのか……?」

「いや、まあ……一応そうですけど、でも、剣が倒した……みたいな……?」


 なにを言っているんだろうかこの少年は。

 もしかしたら、すこし頭がかわいそうな感じなのかもしれないな。

 いや、決めつけるのはよくない。

 いきなり魔族に襲われて、動揺しているだけなのかもな。

 

 無理もない……。

 彼は勇者である僕と違って、ただの一般人だ。

 だが、どうやら相当な実力者ではあるみたいだ。

 しかし……まずいな……。


 魔族や魔王のことは、一部の王族と勇者しか知らない、国家機密だ。

 しかも、僕が魔族を倒しそびれたとなれば、王様からの評価にもひびく。

 この先も、彼に手柄をとられるわけにはいかない。

 

 勇者であるこの僕より目立ってもらっては困るのだ。

 よし……拉t……じゃなかった……こちら側に引き入れてしまおう。

 勝手に動かれるよりは、首輪をつけておいたほうがマシだ。

 

「なにを言ってるかわらないが、まあいい。とにかく、君の話がききたい。少し私と来てもらえないだろうか……?」

「えっと、その前に……。まずあなたは?」

「ああ、私か。私は王国騎士のラインハルトだ。まあ、ちまたで言われてるところの勇者というやつだな」

「あの、僕はノエルです」


 ノエル……?

 どこかできいた名だな……。

 しかし、いったいどこだっけな……?

 

「ノエルくん、一緒に城まで来てもらおうか」

「えぇ……城……!?」


 ノエルが逃げようとするので、肩を掴む。

 全然力もないし、ヒョロヒョロのガリガリじゃないか……。

 まったく、こんな少年に倒されるとは、魔族も大したことないな……。

 

「ノエルくん、どこへいくんだい。さあ、城はこっちだ。いこうじゃないか」

「あ、はい……」

 

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