第19話 伝説の剣(1)


 僕たちが助けた【氷上の輪廻】は、あれからすっかり元気になると、自分たちの宿に戻っていった。

 ちなみにだが、多くの冒険者は宿暮らしだ。

 その理由としては、必ずしも同じ街にとどまるわけではないというのが大きい。

 冒険者はクエストの内容や需要によって、いろんな街を旅する。

 もちろん、メインとなる街や冒険者ギルドはそれぞれにあるのだが。

 それでも、家を借りて定住しようというものは少ない。

 固定資産税なんかもかかるし、それに冒険者はいつ死ぬかわからない職業だ。


 おっと、話が逸れたね。

 【氷上の輪廻】のみんなは、あれから心を入れ替えて、真面目に頑張っているそうだ。

 前みたいにむやみやたらと他人を見下さすことはやめにしたらしい。

 おかげで、他のパーティーともうまくやれているみたいだ。

 そのことは、本当によかったと思う。


 もともと実力は確かだし、人気もそれなりにあった。

 【氷上の輪廻】はこれからますます名前を上げていくだろうね。

 僕たちも負けていられないね。


 さて、ある日のことだ。

 街の広場に、人だかりができていた。

 クエスト終わりの僕たちは、なにが起きているのか気になって、広場のほうにいってみることにした。


「あの……なにが行われているんですか……?」


 野次馬の一人にきいてみる。


「伝説の剣だよ」

「伝説の剣……?」

「ああ、とあるSランクパーティーが、ダンジョンの奥地で岩に刺さった伝説の剣を見つけたらしい。だが、誰にも伝説の剣は抜けなかった。だから岩ごと伝説の剣を持って帰ってきたのさ。それを今、誰か抜けるやつがいないか、みんなチャレンジしているところさ。あんたらも腕に自信があるなら、やってみるといい」

「へぇ……」

「誰が先に剣を抜くかで、今賭けてるところなんだ。ちなみに、最初に剣を抜いたら、そいつが剣をもらえるらしいぜ」

「そうなんですか……。ありがとうございます」


 人ごみをかき分けていくと、そこではたしかに先ほどおじさんが言っていた通りのことが行われていた。

 大きな岩に刺さった剣を、屈強な男が力いっぱい引っ張っている。

 しかし、剣はびくともしない。


「くそ……! なんで抜けねえんだ……! この俺様のパワーがあってもだめなのか……!?」


 屈強な男は、顔を真っ赤にしながら剣を引っ張っていた。

 たしかに、男の筋肉はすさまじかった。

 あれほどの力があっても抜けないということは、おそらくなにかしらの魔法的な力で固定されているのだろう。

 たぶん、力よりも魔力のほうが重要なんじゃないかな。


「くそ……ダメだ……!」

「次……!」


 男があきらめると、並んでいた別の人物に代わる。

 同じく、次の人も剣が抜けずに苦戦しているようだ。

 やっぱり、並みの力では無理なようだね。


「なあおいノエル、俺たちも並んでみようぜ」

「えぇ……僕はいいよ……」


 僕の魔力はどうせ100だ。

 それに、力だって人一倍ない。

 まあ、ロランやエリーの魔力量と力を考えれば、抜けたりするかもだけど……。

 でも、僕は絶対に無理だな。


「ノエルがやらなくても、俺はやるぜ?」

「あ、私もー!」


 ロランとエリーはさすが、自信があるのだろう。

 二人は挑戦者の列の最後尾に並んだ。


「マリアはいいの?」

「私は、お二人みたいに力がないので……」

「そっか……」


 でも、マリアの魔力量なら挑戦する価値はあると思うけどな。

 少なくとも、僕なんかよりは全然可能性があるだろう。

 まあ、マリアはこういうのは興味ないか。


「次の挑戦者……!」

「はい……!」


 次に手をあげたのは、僕のよく知っている人物だった。

 あれは……【氷上の輪廻】のアヤネだ。

 彼女たちも、この騒ぎに参加していたんだね。


「アヤネさんですね」

「そうだね……」


 僕とマリアは、アヤネのことを遠くから見守る。

 アヤネたちはかなりの手練れだ。

 もしかしたら、ということもあるかもしれない。


「ふん……!!!!」


 アヤネは魔力を込めて剣を抜こうとするが、びくともしなかった。

 ダメか……。

 すっかり自信を失ったアヤネが、あきらめてこちらへ向かってくる。

 僕は声をかける。


「やあ、アヤネ。君も来てたんだね」

「ノエルくん……!? 恥ずかしいとこ見られちゃったね……」


 アヤネは僕に気づくと、顔を赤らめてこちらに寄ってきた。

 

「いや、ぜんぜん。みんなかなり苦戦してるみたいだし。抜けなくて当たり前だよ」

「ノエルくんは挑戦しないの……?」

「いやぁ、僕は……いいかな……。どうせ無理だし」

「そんなことないよ! ノエルくんほどの人なら、絶対に抜けるはず……!」

「えぇ……?」


 まったく、あれ以来、【氷上の輪廻】たちからの僕への評価はとてつもないことになっている。

 彼女たちはロランたちと同様、僕のことを救国の英雄かなにかだと思っているようだ。

 絶対、僕のこと勘違いしてるって……。


「私たちを助けてくれた、すごい魔法を使えるノエルくんなら、絶対に抜けるよ!」

「いや、だから君たちを助けたのはマリアなんだって……!」


 いくら言っても、これは信じてもらえない……。

 ロランやエリーだけでも厄介なのに、変な勘違いをされてしまったなぁ……。


 その後、【氷上の輪廻】の他のメンバーたちも挑戦したが、みな一様に敗れ去った。


「くそぉ……ダメだった……」


 やっぱり、よほどの猛者でもあの剣は抜けないみたいだ。

 いったい誰があんなもの抜けるっていうんだ……?

 それから、とてつもない数の挑戦者たちが剣に挑んだ。

 だけど、夕方になっても、いまだに剣を一ミリでも動かせたものはいない。

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