第一部 引退したい 編

第1話 引退したい(1)


「ただの荷物持ちであるノエル・グランローグ、お前は追放だ!」


 ――そんなふうに、僕を追放してくれればどれだけよかっただろうか。

 

 世の中には、そんなふうにパーティを追放される人物も珍しくないという。

 特に最近は追放ブームだとかいって、追放が流行っている。

 きいた話によると、流行ってるからとかいう理由だけで、ノリでギルドを追放された付与術師とかもいるらしい。

 だけど、現実はそう簡単にはいかない。

 僕は、追放されることなく、このパーティに所属し続けている。

 ほんと、不本意なことに。

 僕みたいな無能は、とっとと追放されるべきなのだ。


 だって、そうじゃないと――。


「命がもたない……」


 はぁ。


 さっさと追放されて冒険者引退してぇ――。

 

 これは、そんな僕の物語だ。



 ◆



「今回のクエストはS級オークの討伐か……」


 パーティーの前線を張るタンク職、大盾持ちのロラン・セドックが、クエストカードを見ながらそうつぶやく。

 

「これをクリアすれば、ついに俺たちもSランク冒険者だな!」


 パーティー随一の武闘派、切り込み隊長のシュバール・ロワンがそう続ける。

 そう、僕たちAランクパーティー【霧雨の森羅】は、あと一歩でSランク昇格というところまできていた。

 ここまで、本当に長かった。

 だからみんな、過去最高にモチベーションが高まっていた。

 僕以外は――。

 しょうじき、みんなのノリについていけない。


「あなたがたには期待していますよ、ほっほっほ」


 そう言ったのは、今回のクエストの依頼主である商人さんだ。

 商人は、それからこう続ける――。

 

「特にあなたには期待していますからね、紅蓮のエカテリーナさん」


 商人が言った紅蓮のエカテリーナというのは、うちのパーティーメンバーのエカテリーナ・オランジュバールのことだ。

 エカテリーナは、僕たちからはエリーの愛称で呼ばれている。

 真っ赤な魔法鎧に身を包んだ、スタイル抜群の女魔法使いだ。

 エリーは特に、焔魔法を得意とする。

 その特徴的な紅蓮の鎧もあいまって、いつしか彼女は紅蓮のエカテリーナとして知られるようになった。


「私に任せといてよ! モンスターなんか、私の焔魔法で丸焦げにしてやるんだから!」


 それから、商人は別のメンバーに目線を移して、言った。


「もちろん、大地の聖母にもね。期待していますよ」

「ええ、任せておいてください」


 大地の聖母と呼ばれたのは、同じくパーティーメンバーのマリア・ノワールだ。

 マリアは至高の癒し手としても名高い、聖女だ。

 その豊満な胸のせいか、その能力のせいか、いつしか大地の聖母だとかって呼ばれるようになった。

 紅蓮のエカテリーナに、大地の聖母。

 うちのパーティーには、有名な冒険者がたくさんいる。

 ようは、うちはそういうパーティーだった。

 数ある冒険者パーティーの中でも、特筆して優れたパーティーだ。


 そう、僕を除いては――。

 

「えーっと、それで……あなたはどなたでしたかな……?」


 商人さんは、ちょっと困惑した目で僕を見る。

 そう、僕にはこれといった二つ名も、功績もない。

 商人さんが僕を知らないのも、無理のないことだ。


「えーっと、僕はただの荷物持ちで――」


 僕がそう答えようとすると、横からロランが口を挟んだ。


「何言ってんだ。忘れてもらっちゃ困るぜ。こいつこそが、なにを隠そう。我らがリーダー、閃光のノエルだぜ!」


 ロランはそう言って、僕のことを紹介する。

 そう、とても不本意なことに、このパーティーのリーダーは僕だ。


「おお、そ、そうでしたな。リーダーのノエルさん。あなたにももちろん、期待しておりますぞ!」

「はぁ……」


 そう言われても、僕に期待なんかされてもなって感じだ。

 なにせ、僕にできることなんて、ほとんどないんだから。

 僕は事実、ただの荷物持ちで、なんの戦闘能力もない。

 正直、こんなところにいるのが本来は間違っているような気もする。


 それに、閃光のノエルってなんだよ……。

 僕はそんな二つ名、名乗ったことはない。

 全部、ロランが勝手に言ってるだけだ。

 他に、その名で僕を呼ぶ人間もいない。

 閃光ってのはいったいどこからやってきたんだろう。

 まあ、逃げ足だけははやい自信はあるけどね。

 そのおかげで、こうして今日まで生きながらえているわけだし。




――――――――――――――――――――


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