大丈夫、彼らはまだ若い

雛形 絢尊

出会い


「うぅ」

その細々とした声に驚いた。

突然目の前の人間が地べた倒れ込む。

そんな出来事に出会したことがあるだろうか。

この物語は彼との出会い、

別れを私の記録として残したものである。

始まりはそう、この場面。


閑散とした昼の街、交差点を少し過ぎた頃。

私は時間を持て余していた。

その角のベンチに座り込んでで本を読む。

あと1時間、まだ1時間。

文庫本のページが進む毎に時計を確認する。

されど1時間、たかが1時間。

その時私は人が倒れるのを見た。

彼は膝から崩れ落ちたのだ。


「大丈夫ですか!」

若者が近寄ったのを見る。

自分にはできないと思いつつ、

感心してその場所を見ていた。

文庫本が綴じられた。


彼は呼び込むように周りの人間を巻き込んだ。

「あなた、あなたは」

彼は近くにいた男性に頼み込む。

「あなたはAEDを持って踊ってください」




はい?



踊ってるよ踊ってるよ、

本当に近くにAEDがあるよ。

上下左右に掲げるように踊ってるよ。





「あなたは救急車を呼びながら踊ってください」






は???







本当に呼びながら踊ってるよ。

新手のフラッシュモブですか?

ステップも踏んでるよ。






「あなた、そこの本を読んでいるあなた」





私だ、私しかいない。






彼は歩み寄ってきた。





「向こう側を歩いている彼女を

振り向かせてください。踊りながら」





わ、私?その、踊りながらってどういうこと?

私はそれに続くように立ち上がる。

そうして信号が青になった後、彼が指差した彼女の元へ急ぐ。

私はぎこちない、

気持ちが悪い動きをしながら歩み寄った。

「あの!」







倒れていた彼が立ち上がる。

「クミさん!!」




私は恐る恐る彼にどうして踊る?ではなく、

本能的に近づいた。

「どうしてわかったんですか?」

彼は振り向いてこう言った。

「自分、恋が目に見えちゃうんですよ」


その向こうで彼と彼女は微笑んで歩いている。



彼の名は、


その時は名前を聞くのを忘れてしまった。

彼と頻繁に会うようになったのは

それからである。



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大丈夫、彼らはまだ若い 雛形 絢尊 @kensonhina

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