第3話
「あ…………う……うぇ……」
あなたが運命の人のはずはない、と言おうとしたけれど、舌が上手く回せなくて、真正面からわたしの両手を握ってくる男の子に対して壊れた機械のような反応しか出来なかった。
「うぇって、さすがの僕でもちょっと傷つくよ。まあ、僕が一体何者なのか自分自身でもよくもわかってないんだけど!」
わたしの言葉になっていない言葉に唇を尖らせた男の子はわたしの手を離すと、またふわふわと夏の空を漂い始めた。背景が青いせいで、やっぱり魚みたいだ。顔は魚というより小型犬みたいだけど。
「だからさ、君に僕の記憶を取り戻す協力をして欲しいんだ!」
なんでわたしが。
「僕が見える君にしか頼めない」
無言で睨むと、あっけらかんとした答えが返ってきた。
「……他に見える人探したらいいでしょ……飛べるみたいだし……」
夏なのにぶるぶると震えだす身体を落ち着かせようとしながら、わたしはなんとか反論する。
「もちろん頑張って探してはみたさ。だけどどこに行っても、何をしても、反応してくれる人は誰ひとりいなかった。僕の存在は、世界から切り離されてしまったんだって、そう思ってたよ」
「いつから探してたの……?」
人に何か尋ねるのは苦手だし、そもそも尋ねる気もなかったけど、どこか悲しそうな彼の顔を見ると、思わずそう聞いてしまっていた。
「いつから? えっと……お花見してる人たちを上空から眺めてた記憶があるから、かれこれ3ヶ月くらいは探してるんじゃないかな」
「3ヶ月……」
3ヶ月間、誰からも存在を認識されることが無く、ただただ空を彷徨い続ける。
毎日、どんなことを感じて、今まで過ごしてきたのかな……。
「そういやここって
「じ、ジロジロ見ないで……」
やっぱりはっきりと存在している彼を見ながら色々と想像をしていると、真っすぐ顔を見つめられて、咄嗟にレジ袋で顔を隠した。大体わたしは人に顔を見られるのに慣れていないし、そもそもこんなので運命を感じられても困る。
「まったく照れ屋だな…………ところで君の名前はなんて言うのかな?」
……このタイミングで言わないといけないのかな。
「……新沢」
わたしは顔を隠したまま、小声で呟く。
「新沢?」
下の名前は? と言外に尋ねられた。
「……はる」
「やっぱり運命じゃないか」
男の子はわたしの手を持ち上げて動かすと、わたしの顔をじっと見つめてきた。
「じゅ……授業……始まる、から……」
わたしは口から必死に言葉を絞り出すと彼の手を払いのけて立ち上がり、ドアに手を掛け階段を下った。
運命の人が幽霊だなんて、そんなの、ありえない。
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