白紙のわたしたちは、未来に向かって旅をする。

夜々予肆

未知との遭遇

第1話

 未来は白紙、という言葉を聞いたことがある。


 未来は誰にもわからない。だからこそ、それぞれがそれぞれの思い描く未来を創っていける。わからないからこそ、希望を持てるし、夢を持って生きていける。意味合いとしては、そんな感じだと思う。


 だけど、現在が白紙、となると話は全く違ってくる。


 わたしはまだ、就職活動とかをするような年齢でもないから詳しいことはあまりわからないけれど、白紙で過ごした期間、いわゆる空白期間というものは作るべきではないものであるというのが一般常識らしい。


 生き続けている以上、お腹は空くからご飯は食べるだろうし、眠くもなるだろうから睡眠もとるだろう。


 だけど、仕事はしていないし、学校に通ったりもしていない。こんな風になってしまっていると、世間からは「何もしていない」とみなされてしまうみたいだ。


 そんな空白の日々を過ごしていた事のある人間は、きっとどこかに問題があるに違いない――理屈としては、そういう事らしい。


 わたし、新沢にいざわはるは今、県立桜美さくらみ高校に通っている一年生だ。だから少なくとも今が空白期間になることはないのだろう。


 だけど。


「知ってる? 駅前に新しくファミレス出来るらしいよ」

「マジ?」

「マジマジ。出来たら一緒に行こうよ」

「行く行くー」


「この前バイトでさー、ガチギレしそうになってヤバかった」

「キレたの?」

「何とか耐えたけどもうバックれよっかなー。時給もショボいしさー」

「いくら?」


「昨日のリムリムの配信見た?」

「鼓膜破れそうだった」

「声小さいなって思って音量上げた途端にアレはやってる」

「でもそんなところもまたかわいい」


 昼休み、顔を上げると仲のいい子同士が集まって弁当だったりコンビニのパンだったりを食べながら各々楽しそうに話している声が耳に入って、笑い顔が目に映る。


 でも、わたしに話しかける人は誰もいない。かといって、自分から話しかけることもできそうにない。勇気を出して話しかけようとしたこともあるけど、身体は震えるし、喉はつかえるしで、あのときの記憶はすぐにでも抹消したい。


 屋上に、行こう。


 わたしは誰に言うでもなく、心の中でそう呟くと、登校途中にコンビニで買ったおにぎりが入っているレジ袋を手に持って席から立ち上がった。話に入れないのなら、せめて邪魔しないようにと、教室の後ろを壁伝いに歩いて行く。そこでふと自分の席を見ると既にクラスの中心グループの女の子に座られていた。


 教室に自分の居場所がなくなったことを確認すると、自由に行き来ができるように開け放たれていたドアから廊下へと足を踏み出した。


 廊下にもたくさんの笑顔と、笑い声があって、中には忙しなく廊下を行き来している子もいた。ふとその子を見ると、鮮やかな色使いで華やかな風景が描かれたキャンバスを大事そうに両手に抱えていた。


 あの絵と違って、わたしの毎日は真っ白だな。


 かといって絵の具を塗ることも、できそうになかった。


 *


 屋上へと続く階段をのぼっていく頃には、周りは静かになっていた。というよりも、わたししかいなくなっていた。


 それもそのはず。本来屋上は、立ち入り禁止なのだから。


 だからわたしにとっては、ここが居場所だった。古びたドアノブに手を掛け、回す。最初は鍵が掛かっていて開かなかったけれど、一度上靴で思い切り叩いてみたら簡単に開いた。それから鍵は一度も掛け直されていない。多分監視もされていないのだろう。


 六月の屋上は、本気を出し始めていた太陽が遮るものなく燦々とその日差しを照りつけていた。昨日降った雨のせいか、いたるところに水たまりができていて、じめっとした土の匂いが鼻をくすぐる。臭いと思う人もいるかもしれないけれど、わたしにとっては心を落ち着かせて、安らぎを与えてくれるいい匂いだ。


 手すり付近が丁度日向になっていたので、眼下に広がるグラウンドからは見えないように注意しつつ、乾いた床に腰を落とす。すると涼しいそよ風が撫でてきて、わたしの髪を揺らしてきたので飛ばされないようにしつつ袋からおにぎりを取り出す。


「わかめに、昆布に、ツナマヨか。やっぱりおにぎりの具材は知ってるんだよな……」


 突然頭上から男の子の声がしたので咄嗟に頭を上に上げる。とうとうバレてしまったのかと思い、冬に逆戻りしたかのように背筋が凍る。


「……え……」


 高めの声質で、よく通る声の持ち主の姿を見た途端、わたしは言葉を失った。


 なぜなら――。


「……ん?」


 持ち主と目が合う。どこか怪訝そうな目で、私を見てくる。


「んー?」


 目で追う。彼は、お葬式のときに故人に着せるような白装束を左前に着ていて、水槽の中をゆったりと泳いでいる水族館の魚のように、ぷかぷかと空に浮かんでいた。


 その姿は、まるで――。


「あ……あ……」

「もしかして、僕が見えてるの!?」


 必死に首を横に振る。


「いやいや、そう反応するってことは見えてるよね!?」

「みゃ……」

「こんにちは! 僕は幽霊! 多分だけど!」


 わたしの頭は、真っ白になった。

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