第10話 僕が、

 



「おっはよー! 後輩くーんっ!」


 久しぶりに会った先輩は、いつにも増して明るい声で僕の背中を叩いた。

 浮かない気持ちを吐き出したかった僕は、せっかく久しぶりの部活を楽しみに会いに来てくれただろう先輩に少しだけ申し訳なく思いながらも、直接話を聞いてもらいたかった。


「準備も大詰めだから部室に来れるって言ってたわりに、そんな浮かない顔してどうしたー? 朝からため息なんてついてたら幸せが逃げていっちゃうよ?」


「先輩……。久しぶりに会っても、先輩は元気ですね」


「まぁね! こうしてれば、陰気の方が私に近寄ってこないんだよ。で、陰気を引き寄せてる透真くんは何があったんだい?」


 先輩に促されて、僕はクラスの劇の準備が順調に間に合いそうだったこと、そして劇自体が中止になってしまったことを話した。

 担任の先生が掛け合ってくれても駄目で、僕たちにはどうすることも出来ないんだと、行き場を失ったただの愚痴になってしまう。


「なんで、キミまでそんなにもうおしまいだって落ち込んでるの?」


「……え?」


 先輩は本当に分からないと言いたそうな表情で、心底不思議そうに首を傾げた。


「だってそれ、ようはラストの服毒と恋人同士の心中みたいに見えちゃうシーンが駄目なんでしょ? だったらさ、最後のシーンだけキミが脚本を書いたらいいじゃん」


 先輩はいとも簡単に当たり前のように言ってのけた。


「バットエンドで死んじゃうのが駄目っていうならさ、ハッピーエンドにしちゃえばいいんだよ!」


「む、無理です!」


「どうして?」


「だって、まだ文集用の小説だって書き終わってないんですよ!? まともに書き終えたこともないのに、名作のラストを書き変えるなんて僕には無理です!」


「そんなのやってみなくちゃわからないじゃん。それに、やる前から諦めてていいの? やらなかったら、キミの言う通りここで終わっちゃうんだよ? クラスの皆で頑張ったんでしょ。皆と、前より仲良く慣れたんでしょ」


「それは……そうですけど……。でも、トゥルーエンドでもハッピーエンドでも、誰もが知ってる話を納得がいくように結末を変えるなんて……僕に出来る気がしないんです」


「大丈夫、キミなら出来るよ。私が保証する」


 先輩がぎゅっと僕の両手を握った。先輩の真っ直ぐな目に見つめられると、本当に僕にも出来るんじゃないかって、自分に期待してしまいそうになる。

 それでも、臆病な自分が影からそっと僕の袖を引っ張るのだ。


「本当に出来るかも分からないのに、やりますって言ってみて……出来ませんでした、なんて今以上に皆をがっかりさせてしまう」


「……透真くん」


「……だけどっ! だけど、やっぱりこのまま何も出来ずに終わってしまうのが一番嫌です! ……これを言い出したら責任が僕にのしかかるけど、本当は怖くてやりたくないけど……先輩! 僕、教室に行ってきます!」


 先輩に背中を押してもらったけれど、最後には自分の力で立ち上がれるようになりたかった。

 宣言して立ち上がった僕に、先輩は満開の笑顔で太陽みたいに笑いかけた。


「よく言った! 頑張ったね。格好いいぞっ、透真!」


「……っ、ありがとうございますっ!」


 頑張ったね、と言われたことが、先輩に認めて貰えたような気がして、無性に誇らしかった。


「ほらほら、走れーっ! 行ってこいっ!」


 部室を飛び出した廊下をつまずきそうになりながら走った。廊下の向こうから、先輩が大きな声で叫ぶのが聞こえた。


「……あははっ、先輩。声、大きいっ!」


「あったり前だろー! 私だって走り出したいくらいの気分なんだからさ! ここから、大声で言ってあげたいくらいっ!」


 でも、キミが言わなくちゃ。そう言った先輩は、振り返るなと僕に向かって叫んだ。

 僕は、無我夢中で走っていた。朝練から教室へと戻る人達が、不思議そうに僕を振り返った。それすら、気持ちが良かった。今だったら、なんだって出来そうな気がした。


「わっ、と……透真? そんなに走って、どうしたの?」


「明穂っ! 僕、決めたんだ」


「き、決めたって、何を?」


「皆の力になりたいんだ。責任をとれる自分に変わりたいんだ。誰にも押し付けられてない、自分で決めたやりたいことを皆に伝えたいんだ!」


 呆気にとられている明穂の顔を見て僕は笑った。無茶苦茶なことを言っている自覚はあった。だけど、今度は先輩に背中を押してもらっただけじゃない、自分で決めたことだから自分の言葉で伝えたかった。


 勢いよく教室のドアを開けると、そこには中止になってしまっても諦めていいのかもわからずに、劇の準備を進めるクラスメイト達が机を移動させていた。


「やっぱり、皆……受け入れられてないんだよね……」


 どうすればいいかもわからずに、ただ納涼祭に向けて劇の準備の続きを継続している姿に胸が傷んだ。


「皆! その……もしかしたら、劇を中止にしなくてもいい方法があるかもしれないんだ!」


 僕の言葉に期待の眼差しで全員がこちらを振り向いた。大勢からの視線の先に晒されて、責任の重さに冷たくなった指先が震えた。僕は震える拳を握りしめて、覚悟を決めた。


「毒を飲むラストシーンに問題があるなら、そこを変えればいいんだよね。……オリジナルのロミオとジュリエット、やってみるっていうのはどうかな?」


 思いもよらなかった僕の提案に、教室がざわめいた。

 オリジナルなんてどうやってやるんだよ、ロミオとジュリエットなんてラストシーンがあってこそだろ、と誰が言ったかわからない正論が耳に刺さる。


「オリジナルのラストシーン。脚本は、僕が書く」


 あぁ、自分で決断するって、こんなにも怖くて、こんなにも背筋が伸びる気持ちになれるんだ。


 僕は視線を逸らすことなく、真っ直ぐとクラスメイトへと向いて言った。

 誰からともなく、そうと決まればやれることをやっていこう、と円陣をしようぜと声が上がる。はるが嬉しそうな表情で僕の肩を組んだ。明穂が僕を見つめて教室の片隅で泣いていた。


「まだ、俺たちはやれる! 校長達のド肝を抜いてやろうぜ! 頼んだぞ、透真!」


「「「「「おぉっ!!」」」」」


 教室を揺らすような肯定に包まれて、僕は胸が熱くなった。


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