第2話 万華鏡は転がった
セーラー服のリボンの色から、彼女が上級生であることが
「ねぇ! もしかして……キミ、文芸部員!?」
さっきまでの
「そうですけど……」
「よかったー! ちょっと一人で心細かったんだ! っと、ごめんね。鍵が開いていたから勝手に入っちゃった!」
茶目っ気たっぷりにぺろっと舌を出してみせると、彼女は両手を合わせて謝る素振りをした。
鍵は閉まっていたはずだけど、清掃員の人が掃除している時に入ったのかな……。僕はたった今開けた鍵と彼女を交互に見つめた。
「大丈夫ですよ。僕以外に部員はいないんで」
「そう? でも、ほんとよかったぁ! 夏休みが明けたら新校舎に完全切り替えで取り壊されるって聞いてたから、見ておきたかったんだぁ」
取り壊しなんて話が出ているのか、知らなかった。
「
僕の
「私、
「
「透真くんか、素敵な名前だね!」
「別に普通だと思いますけど……」
「綺麗な名前だよ! 文芸部ならもっと感受性高くしてかなくっちゃ!」
褒められたと思ったら何故か駄目出しされた僕は、はぁ、と気のない返事をした。
「それにしても、うちの高校に文芸部があるなんて知らなかったよ!」
「積極的に部員募集とかもしてませんしね」
「すればいいのに! 入りたい子、いると思うけどなー」
「そうですか?」
「うん。やっと本の話が出来るーって、今凄く嬉しいもん! 友達にお勧めの本とか渡してもさ、十文字以上は読めないとか言って、全然読んでくれないんだよ。酷くない?」
「……はぁ」
本が好きな人と話せるのは僕としても嬉しいけど、それにしてもよく話す人だ。それに、この流れはもしかして入部希望なんだろうか。
相変わらず、心の中は
「ねぇ、キミ。さっきから私ばっかり喋ってて、全然喋ってないけど大丈夫? もしかして、具合悪い? あっ、それとも私がうるさかった?」
「いえ、大丈夫です。……ただ、テンポよく話すのが得意ではなくて……」
歯切れの悪い僕の言葉を彼女は少しだけ
「そうなの? 本当に本当に私がうるさかった訳じゃない?」
「ないです」
「なーんだ、よかったぁ!」
そう言って胸を撫で下ろす姿は、無邪気な子供のようだ。
「友達にも喋りすぎってよく言われるんだよね。テンポ早くてついていけない、ってなったら止めてね。透真くんも楽しくなかったら意味ないんだから! ね?」
「はい。……あっ、いや、僕が会話についていけないのはその、日向、さんのせいじゃなくて、僕の問題なので……」
「あははっ、苗字で呼ばれるのってなんだか新鮮。でも、千夏って呼んでいいよ! 私も透真くんって呼ぶし。これから仲良くなりたいからさ」
「は、はい……」
「それで、僕の問題って……透真くんって人見知りなの?」
「いえ……。普通には話せるんですけど、こう応えたらどう返ってくるかな、とか余計なことばかり考えちゃって、なかなか言葉が出てこないんです」
「あー、ちょっとわかるかも。一瞬のうちにわーって沢山の言葉が駆け巡るってあるよね」
驚いた。
言葉が足りていない自覚があるのに、まさか、初対面で共感してもらえるなんて思ってもいなかった。そんな僕の心の内を知ってか知らずか、彼女は微笑んだ。
「本の虫あるあるだよね! 多分、自分が納得出来るような、綺麗な言葉を選ぼうとしちゃってるんだよね」
「……確かに、そうかも、しれないです。今、言われて気づいたんですけど、言葉の意味を考えてしまってた気がします」
「おっ、新たな発見だね。じゃあさ、考えてる暇もないくらい私とお喋りしようよ! 言葉を選んでる時間もないくらい、私との会話に夢中にさせてあげる!」
「なんですか、それ。自信ありすぎでしょう」
「喋るのは得意だからね! ってわけで、早速入部希望! これから覚悟しててね! よろしく。後輩くん!」
「えっ」
もう入部するって決めたんですか、と言いたいのを僕は飲み込んだ。凪いだ海のような彼女と、サンサンと照りつける太陽のような彼女。万華鏡のようにくるくると表情を変える彼女への好奇心が僕の背中を押した。
「……後から入部するのに、僕が後輩なんですね」
「だって私が三年で、キミは一年生でしょ? 年齢は私の方が上なんだから私が先輩な訳で……。でも、キミの言う通り部活の先輩はキミ……? わかんない! もうわかんないから、透真くんが後輩だからね!」
「はぁ……いいですけど」
「やった! えへへっ」
「なんですか?」
「入部は認めてくれるんだなーって思って」
「認めなかったら辞めるんですか?」
「辞めない! っていうか、テンポのいい会話出来てるじゃん! やっぱり、私のおかげ!?」
そうだ、と認めるのもなんだか
「感謝してもいいんだよ? なーんて、よろしくね。後輩くん!」
眩しい笑顔で握手を求める彼女の手を僕は握った。
何かが、変わるような気がした。
「感謝はしないですけど、これから宜しくお願いします。先輩」
大袈裟かもしれないけれど、うだるような夏の暑さも、鼻に抜ける潮の匂いも、初めてみた先輩の眩しい笑顔も、この夏の日の出会いを僕はずっと忘れないだろう。
先輩との出会いが僕の人生を彩る予感。
僕の
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