配達員ユナの郵便日誌 ~不思議な荷物と魔法の嵐~

音無詩生活

第1話

――ここはどこ?

――ここは、丘の上。

――じゃあ、どの丘の上?

――それは、緑色の屋根の小屋がある丘の上。

――丘の上にある家の屋根の色なんて、わからないわ。

――あっ、そっか、ゴメンゴメンついつい。職業病ってヤツで。

――職業病?

――おっとお嬢さん、その手に持つ物は・・・!

――そう、これを東の友人に届けたいの。

――なら話は早い!この小道をまっすぐ登ると、赤い看板に緑色のペンキ塗りの扉がかわいい小屋がある筈だよ。そこに持って行くと良い。

――分かったわ。ありがとう。あなたは・・・


 「え、私!?私は・・・、あっ!来た来た!おーい!ここだよー!」

 「え?・・・ワァ!竜!あなたが郵便屋さんだったのね!?」

 「ビックリさせちゃってゴメンね!先に行って待ってるから!緑の屋根の小屋ね!じゃ!」

 「わ、分かったわ~!」

 青く生い茂るハイランドの草原風景。風の波を受ける柔らかな芝生は一斉に仲良くたゆたい、真っ白な午前の日差しは自然なアールに反射されて美しい光の波紋を描いていく。そして薄いゴム膜を張ったような両の竜翼が力強く空を仰ぐ度に、その波紋に新たな光の輪が追加されていく。

 「迎えに来てくれてありがとう、シエル。」

 大きな羽をゆっくりと動かしながら優しく地表に足を着いた青鱗の中型飛竜に、少女は笑顔で駆け寄っていく。それを迎えに行くように竜の伸ばされた青い頭を、少女もまた両腕を掲げて喉元に迎え入れた。

 「一人でお遣いご苦労様。今日は天気もいいし程よい風もあって気持ち良かったでしょう。」

 少女の優しい声に、竜もまた軽く喉を鳴らしながらまばたきをして見せた。

 「ふふ。郵便局まで私も乗せて行って。そこのお客様の為に早く開店準備をしなくちゃ。」

 竜の傍らで生み出された風の残滓を全身に纏い、ボブヘアの髪先をふわりと舞い上がらせる配達員の少女は、再び振り返ってこちらに手を振り叫んでくる。

 「そのまま道を登って行けば着くから~!もし扉が閉じてたら裏の厩舎まで回ってきて~!きっと私たちそこにいるから~!」

 「分かったわ~!!」

 「うん、ヨシ!鞍も、ヨシ!後は・・・あっ、ゴーグルゴーグル・・・ヨシ!行けるよシエル!それじゃあお家までレッツゴー!!」

 尻を思い切り押し上げられるような力を感じ、その波がほんの数回程過ぎた頃には、もう地上の人影は指でちぎったパン屑くらいの大きさになっている。地上ではほんのちょっと先までしか見えない風と光の波紋が、この高さではさらに遠くまで目で追えるようになる。さっきいた丘の芝生を中心に、最初は正円で広がる光の波紋は、土地の凸凹に沿って次第に形を変えていく。丘の麓に下る頃にはすっかりアボカド型に引き伸ばされた光の輪は、村に差し掛かると建物の硬くて複雑な形にかき乱されて行って、最後は大気の風に飲み込まれるように一本の風の帯に収束し、遠くに見える山脈に、空に、帰っていく。私の好きな景色。私の好きな、ハイランドの、風の景色。

 「今日も良い風ね。シエル。」

 跨る股下で翼を動かしている、大きくてしかし幅の細い肩甲骨の揺れから、心なしか共感の身体の揺れを感じる、ような気がする。実際最高のフライト日和だ。軽く靴の内側で胴体をトントン叩いて前進の合図を送ると、優しくゆっくりと巨体が前に進み出した。

 ある程度の高度まで上がった為、前方を見下ろせば既に目的地、緑色の屋根の小屋はすぐそこに見えている。

 ここは丘の上の郵便局。小さな村の隅っこの丘にある、小さな郵便局。私とこの子が暮らして働く、竜の郵便局。手紙に新聞、なんなら出来立てのパイまで!積める物はぜーんぶ届ける!なんでも郵便局!

 のどかな景色と竜がある、何の変哲もない郵便局。・・・でも、偶~に変なモノが舞い込んできたりする・・・。

 「ま!なるようになるさ!今日も平和な1日になるといいな~!」

 歴史の教科書でしか聞かないくらい昔の話。天変地異の大災害やら、異世界との繋がりやらがあってグチャグチャになったこの世界をも、今や新しい平穏と人々に受け入れられた。そんな世界で今日も元気に郵便局を営業する私、配達人ユナは、相棒のアースドラゴン・シエルと共にせっせと空を飛び回る。

 早速今日最初のお客様をもてなす準備をしなければ。

 私たちの1日が始まる。

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