第2話
「・・・ここで、合ってるわよね。」
友人への手紙を片手に持ちながら慣れない道を登ってきた金髪に少しふくよかな体型の、いかにも優し気な後ろ姿の少女、ベルタは、村はずれの丘の上、そこに建つという郵便局、赤い看板と鮮やかな緑色のペンキで厚塗りされた扉が目印の緑色の屋根の建物、の前にトンと立っていた。
「確かに言われた通りの見た目ね・・・。扉は開いてるかしら・・・。」
ガチャリ。開いた。
「開いてる・・・。さっきの子、もう営業開始したのかしら。」
黒錆に覆われた鋳物製らしい無骨なドアノブのレバーをゴリゴリと下に回すと、ガチャリとまたわざとらしいくらい大きな音を立てて押戸が開き始めた。きっと風を受ける丘の上にあるからだろう、吹き飛ばされる心配が無いように分厚く重く作られた木の扉をゆっくり推し進めていくと、扉の裏で来客を報せるベルがリンリンと騒ぎ、体重をかけて扉を押す身体はそのまま建物に吸い込まれて行くように中に誘われた。
建物の中は石造りの外観の冷たさとは打って変わって、壁中に貼り紙やらこの辺りの土地の地図やら料金表やらが丁寧に並べて貼り付けてある。またその賑やかな壁の手前には手紙を書いたり手荷物を置く為の作業机も兼ねた木製の棚が備えてあり、家庭的な優しい雰囲気の受付広場だ。扉を入ってすぐ右に配置された四つ足のダイニングチェアや、右手の壁際に供えられた背もたれの無い腰かけベンチは、棚も含めて全てこのハイランド地方で盛んに生産されている木製家具で揃えられている。その特徴的な素朴で木の温かみを感じるデザインを際立たせるように、天井には昼から暖色系の照明が吊るされ、部屋中を暖かい灯りで満たしていた。
「素敵な所・・・。」
ボゥっと9畳ほどの受付広場の真ん中に立って部屋を眺めていると、ベルの音に応えるようにバタバタと音がして、1分と経たずにカウンター奥の扉が勢いよく開いた。扉の奥から、まるで時報を報せる鳩時計の仕掛けみたいに勢いよく、知っている顔の少女がひょいと顔を出した。
「ありゃ!鍵かけ忘れてたみたい!ごめんね~、ちょっと待ってて!・・・あっ、いらっしゃいませ!さっきのお客さんだよね!好きな所にかけて待ってて!」
見るからに小さい田舎の郵便局だ。きっと彼女か、もう一人二人くらいで切り盛りしているのだろう。配達員と郵便局員の両方を兼務しているらしい少女が、カウンターの後ろの扉のさらに向こうで、急いで業務の準備を進めている音が、バタバタと木の梁や壁を響かせてこちらの耳に届いてくる。急かしてしまって申し訳ない反面、なんだか少し愉快にも感じている。
カウンター後ろの扉が勢いよくガチャッと開き、取り敢えず郵便局員の制服ジャケットを羽織っただけのさっきの少女が飛び出してきた。
「いや~、お待たせしました~!」
恐らく急いで飛行用の革製ヘルメットを脱いだのだろう、ボサボサのボブヘアを隠すように郵便局員の制帽を被り直した少女は、スタスタと受付に着いてこちらを迎えてくれた。私も手紙を。
「お手紙ですか。」
「えぇ、そうです。」
「ご利用ありがとうございます。宛先はどちらでしょうか。」
「はい、東の国の友人に。水没都市です。届くかしら。」
「おぉ、水没都市・・・!これまた遠くにお届けですねぇ・・・。今、日数と料金の方お調べしますので、またお好きな席にてお待ちください。」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて。」
先程座っていた入口右のダイニングチェアではなく、今度は目に付いた受付右手の低めのベンチに歩み、ポンと腰を降ろす。先程の配達員の・・・いや今は郵便局員の少女は、カウンターの下の棚に手を突っ込んでガサゴソと探し物をしているようだ。そういう音がしている。
手紙は、東の国、今となっては、大災害の爪痕があまりに大きい為に国境、いや国というまとまりの輪郭すら有耶無耶になってしまったような、ある種の、”島”の集まり、そんな場所「水上都市」に住む幼馴染に宛てたものだ。そもそも幼少期の私が育った場所でもある水上都市は、父親の転勤の都合で部屋を借りていた。友人はその近所の部屋に住んでいた、私より少し年上のお姉さんなのだ。
定期的に手紙のやり取りをしている彼女からは引っ越しの知らせも来ていないから、恐らく今でもあの水上都市に住んでいるのだろう。むしろ引っ越し自体は私の方が多いから、今回の手紙もその新しい住所のお知らせをする為の意味合いが強い。当時の生活と比べれば、また随分と違う世界に越してきたと思う。
私が育った島、島というより、大洪水で構造の半分以上が海に沈んだ高層ビル群の摩天楼から見れば、このハイランド地方はまるで絵本の中の世界だ。地平線まで広がる緑黄色の草原地帯、そこに根付いた中世スタイルの石造りの居住区域、そして、クリスマスみたいな可愛い制服の、竜使いの郵便局員の女の子・・・。彼女はいったい何歳なのだろうか・・・。
そう思いを馳せたていた矢先、例の少女の顔がカウンターから身を乗り出して、ベンチに座るこちらの顔にキラキラした目で声を投げて来た。
「お待たせしました。カウンターへどうぞ~。」
ベンチから立ち、再び受付に向かい合う。
「はい。形式は、[お手紙]1通で、宛先は[東の国][水上都市]地域、ですね。今は雨季も重なっていないようなので、現地の治安にもよりますが概ね都心地域のビル郡なら1週間くらいで配達可能です。」
「そんなに早く届くんですか!?てっきり半月くらいはかかるものかと。」
「そう!お客さんは運がいい!実は今日の午前中が週に一度の配達物収集日なんです。もうそろそろこの地域の統括配送センターから収集員が来る筈なので、お客さんのお手紙はギリギリそれに預けられるって訳!」
「良かったわ!朝一で来た甲斐があった!」
「うんうん!それではお会計を、それとお手紙に貼る切手のデザインはいかがしますか?実は今、ハイランドの竜使いが勤務している郵便局限定で可愛いデザインの切手が選べるんです!」
「あらまぁ!どんなのかしら。」
「はい!そちら左手の料金表にサンプルがあるのでご案内しますね。」
「・・・はい、お手紙確かに受領致しました。今後とも、郵便局のご利用よろしくお願い致します・・・っと!」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。・・・ねぇ、配達員さん。あなたのお名前を伺ってもいいかしら!」
「勿論!私はユナ!あなたのお名前は、えーと確か・・・」
「ベルタよ。父の転勤の都合で先日麓の村に家族で越してきたの。」
「ベルタ!よろしくベルタ!」
「よろしく、ユナ!あなた・・・年齢は・・・」
「16歳よ。今年で17。」
「まぁ!やっぱり私と同じ!私は17歳。今月で17と半年ね。」
「じゃあベルタの方が少しお姉さんね。」
「同じようなものよ。ユナは、ここに住んでいるの?」
「うん!元々の出身は統括センターのある街の方なんだけど、去年からこの郵便局に派遣されて今は配達用の飛竜と住み込み生活してるの。」
「へぇ~!凄い!そういえば、さっきここに帰って来る時に乗ってた竜は・・・あ、裏の厩舎にいるのね。」
「うん、今は朝のお遣いに行って来てもらったから昼の配達までの休憩中。」
「へぇ~!・・・えっ、竜が一匹でお遣いに行ってるの・・・?」
「あっ・・・。・・・え~と、その、凄くお利口な子でね~・・・。偶~に、お願いとかを・・・してるの・・・へへへ。」
「まぁ!そう言う事もあるのね!知らなかったわ!」
「へへへ、そうそう!そうなの・・・。あはははは・・・!」
ジリリリリ!ジリリリリ!
突然カウンターに置かれていた受話器の無い固定電話のような形の、恐らくは無線機器だろう、少し錆の付いた黄銅色の機械の箱からブザーが鳴った。
「お!噂をすれば。」
「新しいお客さん?」
「ううん。さっき話した統括センターからの収集員が来たの。いつも通り裏の厩舎前に降りるんじゃないかな。」
「降りるってことは、収集員さんも同じ竜使いなのね!素敵。」
「そうそう。・・・一緒に来る?」
「え、いいの?」
「まぁ、そんなに気張ったものでもないし、何だか竜に興味があるみたいだし!」
「じゃあ、見てみたいわ!」
「OK!着いてきて。」
ユナは、今度はカウンターと受付広場を分ける扉を開けてこちらに出て来た。一緒に入口から出て裏まで周るらしい。
「時間があったらシエル、あっ、さっき私が乗ってた竜の名前ね。彼女も紹介してあげる。」
「まぁ!楽しみ~!」
少し不安だったハイランドでの生活に、早速可愛らしい友達ができた、そんな気持ちでいっぱいだ。
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