4-7
社長室を出た廊下の途中に副社長室がある。セリナが前に進みドアをノックし呼びかける。
「副社長、タリヴァス社長が戻られました。お話したいことがあるのですがよろしいですか?」
少し待って返事が返ってくる。
「ああ、聞いてる。どうぞ!」
ドアの向こうからアルクスの声が響き、セリナがドアを開けてタリヴァスが中に入る。
「おお、社長! よく戻られました! もっとかかると聞いていましたが、お体は良いのですか?」
アルクスが席から立ち恰幅の良い体を揺らしながらタリヴァスに近づいていく。年齢は五五歳だが髪は黒々としており、肌も艶がいい。人当たりの良さそうな笑みを浮かべタリヴァスを見ている。
「体の方は、まあなんとか」
「その腕は? 骨折ですか?」
アルクスがタリヴァスの腕を手で示して聞く。
「いや、骨折じゃない。ちょっと爆発に巻き込まれてね、しばらくはこのままだ」
「爆発?! いやはや、大変でしたな。見つかったと聞いた時はほっとしましたが、なんともおいたわしい……本当に無事でよかった」
「ああ、ありがとう。ところでアルクス、ラグニア二号のことなんだが……」
「ラグニア二号? ええ、万事滞りなく進んでいます! 予定より少し遅れましたがなんとか契約数量の生産が間に合いましてな、早ければ今週には販売可能です」
アルクスは誇らしげに言った。何とも切り出しにくいが、タリヴァスはとりあえず経緯を確認することにした。
「私がさらわれた後、軍に契約しに行ったそうだな。何故だ?」
「何故? それは……」
問われてアルクスは困惑した表情を浮かべる。そして少し考えてから答えた。
「仕事を止めるなとはタリヴァス社長の普段からのお言葉。社長があのような状況に陥ったことは社としても存続を危ぶまれるような状況でしたが、せっかく苦心して作ったラグニア二号をそのままにしてはおけません。それに軍からも、このようなことが起きるのではもっと強い武器が必要だ、というようなことも言われましたので……機を逃さず契約を結ぶべく軍に赴きました」
「軍がそんな事を?」
「はい。試験場が襲われたことはご存じですかな? その時は軍の関係者の方も戦われたのですが、試射場にあったラグニア二号もうちの社員が使って戦いました。出てきたあの……モンスター……」
「ダークスピリットです」
セリナの助け舟にアルクスは大きく頷く。
「そう、あの亡霊みたいな連中には剣はあまり効きませんでな、そこでラグニアが役に立ちました。魔術耐性があるようで一撃とはいきませんでしたが、協力して倒すことが出来たのです。図らずもラグニア二号の性能を証明したわけです。それで軍の方もこれを是非にと」
「そうか……」
アルクスの話に妙な点はない。普段の様子からは考えにくい積極的に売り込みも、社の一大事と考えてのことらしい。軍がそこまで売ってくれと言ったのなら、それに応えないのは逆にありえない話だ。商売人としての資格がないといってもいい。社員に負担がかかったのは申し訳ないが、やむを得ない事だったのだろう。
だがそうなると余計に、販売を止めろというのは言いにくい事だった。アルクスのやる気に水を差すことになるし、軍に対しても言い訳が立たない。
「それで社員にも頑張ってもらって生産し、無事納品の見込みが立ちました。予定数量には及びませんが、ひとまず今期の売り上げ目標は達成できます。社長に良い報告が出来て良かった!」
アルクスは破顔し言った。タリヴァスも微笑みを返し、ためらいながら言う。
「そのラグニア二号なんだが……納品を少し遅らせてもらいたい」
「……何ですと? 遅らせる……それは一体何故?!」
予想外の言葉にアルクスは目を見開いた。タリヴァスは少し考えて答える。
「……攫われて地下に閉じ込められていたんだが、その間にラグニア二号の事を考えた。魔格構造の事をな。それで、ちょっと欠陥があったんじゃないかと思ってな」
「欠陥? 魔格構造はちゃんと検査して問題はないと……社長もそれは確認済みのはずでは?」
「いや、大したことじゃないんだ。だがせっかくの新商品だからな。少し再確認したい」
「それは……納期には多少余裕がありますが、具体的に何日ですか?」
「それは……一週間」
アルクスの頬が引きつり、何かを言おうとする。その気配を察知してタリヴァスは言い直す。
「一週間……とは言わず数日だな。まあそんなには変わらないはずだ」
「数日……うむむ」
アルクスは額に脂汗を浮かべ、腕組みをして考え込む。タリヴァスも自分が同じことを言われたら大声で抗議することだろう。だが横流しの件を解決しないまま新商品を納品するわけにはいかない。
今週末に出荷という事はあと四日ある。それから五日待たせたとして九日。ひとまずの時間稼ぎとしてはいいだろう。販売履歴を調べ、不審な点がないか探す。トレシオンに探りを入れることも必要だ。やるべきことは多い。
「その再確認というのは必要なことなんですか? 一旦出荷して、次回の分から見直すというのは?」
食い下がるアルクスにタリヴァスははっきりという。
「駄目だ、再確認が必要だ。不在の間頑張ってくれた君には悪いと思うが、これは必要な事なんだ。納品を遅らせる。期日はまた知らせるから、生産ラインも急がせなくていい。じゃ、頼んだぞ」
「あ、社長!」
タリヴァスは会話を打ち切り、踵を返して部屋を出ていく。アルクスは何か言いたげにその背中を見ていたが、溜息をついて見送った。セリナも一礼して部屋を出て、ドアが閉まったあとでアルクスはとぼとぼと席に戻る。
「やれやれ、予定が狂いっぱなしだな……」
笑みの消えた顔で壁を見つめ、アルクスは静かに呟いた。
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