雨上がりの帰路

佐伯明理

プロローグ

冬の足音が聞こえてきそうな秋のある日、わたしは一人、掛かりつけの病院を出て帰路についていた。

これは産後の肥立ちが悪く、精神科の通院を始めてから今に至る日課である。


以前は娘を連れ立っていた道を歩きながら、まだイマイチすっきりとしない雲がやや残る空を仰ぐ。

すると、持ってきていた傘から雫が垂れる。


「ホントにいろいろあったなぁ」


わたしは誰に言うでもなく、そう独り言ちた。

同時に、まるで走馬灯のように断片的な記憶の欠片が飛び交う。


あれは小学生だったころ、わたしに馬乗りになった父親の顔。

これは中学生だったころ、家から下着一枚で追い出され、途方に暮れた玄関。

それから母親と口論になり、泣きはらしてくちゃくちゃのまま歩いた高校への通学路。

院進学を希望したことに対して猛反対を受けた大学生のころに、彼を逃したら一生独身かもしれないからと、それとなく両親から結婚を急かされたこと。


数えだしたらキリがないくらいの恨み言やら愚痴っぽい話がない交ぜになって、雲に溶けていくような感覚に陥った。

過去を振り払うように首を振ると、今に意識を戻す。


「そういえば」


さっきした薬剤師との会話を思い出した。


『過去に処方された薬剤を半分に割るには手間賃が掛かって……』


当然やむを得ない出費だ。しかし、たった3錠ぽっちで500円以上も掛かるなんて。

手持が少なかったのも相まってキャンセルすると、その薬剤師が教えてくれた。

100均にいけば、ひょっとしたらお薬カッターがあるかもと。


非常にありがたい情報だ。

ぺこりと頭を下げると、早速わたしは帰り道にある100均へ向かうことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る