第2話 転生巫女は前世から生粋の霊能力者

「今日はやけに入念に掃除するんだな」



鳥居の前の長ーい石畳の階段を、箒で掃除する私と兄。


もう何時間も掃除して疲れてぼやく兄に、私はその言葉に返事をする。



「そりゃそうでしょう。今日は桜花様が入内される日なのよ?念入りに掃除しなきゃ。」



結婚というのは、誰にとっても特別な日。

しかも帝に嫁ぐということで、明日は宮廷から迎えがくるのだ。


適当な掃除で不快な気分にさせるわけには行かない。

お世話になった桜花様のために、私はせっせと石畳の掃除を続けるのだった。


どうせ掃除したって、すぐに草花が溜まるのになんてぼやいた後、噂の桜花様が本殿に向かって走っていく姿が見えた。


その様子を見て兄は一言。



「神主様の娘さんか、結構可愛いよね」



ぼそっと呟いたのを、私は聞き逃さなかった。



「何、タイプなの?」



「タイプだね」



「何、結構ガチめなの?アタックすればよかったじゃん勿体無い。」



「神主様の娘なんか手を出したら処されるよ。」



まぁ、一理ある。

前世みたいに、自由恋愛なんて通用する世界じゃないから、身分差がある相手に手を出すどころか、ナンパしただけでも処されそう。



「それにいいんだ、恋愛的な意味よりは推し的な意味でのタイプだし」



「強がっちゃって……でもまぁ、毎日掃除して、祝詞読んで、修行して、その他諸々で神社に缶詰状態じゃ……推しでもいないと日々潤わないよね。」



私も同性ながらにその美しさに惹かれてしまい、兄に釣られて視線を向けてしまう。

確かに桜花様可愛いから推したいお兄ちゃんの気持ちが痛いほどわかる。



「今日で見納めだからよく見ときなよ。もう見られなくなるんだから。」



半ば自分に言い聞かせるように兄にそう忠告した。

お世話になった大恩人、優しく儚げで可憐な桜花様が、明日めでたく結婚だなんて……嬉しいいっぽう寂しい。



「でも、神主様の娘とはいえ……神社の一介の巫女さんが入内ねえ……大出世だな。」



「そういうなんだから、野暮なことは言わないの」



そう、実は何を隠そう、この世界はとある乙女ゲームの世界。

私は兄と一緒に転生してきた。


父と母の命日に、兄と一緒に墓参りに行った日の事。

兄の運転する車に乗せてもらっていたのだけど……その時急に現れた車が突っ込んできて、兄妹ともども命を落とした。


その時に、助手席で私がプレイしていたゲームが、この平安時代をモチーフとした乙女ゲーム。



『ミコラブ』だった。



和風ゲームだって言ってるのに、カタカナ4文字タイトル、しかも英語使ってしまうという不可思議なゲームなわけだけど……意外にもハマってしまった。


内容としては、ざっくり言うと、神社の格を上げたい神主様がいろいろ動いた結果、娘を帝に嫁がせることに成功する。

その主人公こそが、この神社の神主の娘、桜花様なのだ。


この世界は正規の帝ルートになったみたいだけど……正直帝ルート以外の方が個人的に好きなんだよね。


入内した上で始まる禁忌の恋みたいな感じで、禁忌の方が恋愛は萌えるというか。

キャラによっては駆け落ちルートとかもあったな……グラフィック綺麗だったし、和風作品が生み出す特有の儚さ切なさが美しくて……ハマらない理由がなかった。


だけどあのタイミングでこれにハマってしまったのは、正直後悔している。

あの時『ミコラブ』をプレイしていたせいで、この世界に転生してしまったのは間違いない。


何で言い切れるかって?


私は前世から霊能力を持っていたからだ。



「……お兄ちゃんごめんね」



「何だい急に」



なんの脈等もなく突然謝罪をする私に驚いたのか、キョトンとした表情で私を見つめる兄。

それでも、やっぱりこの世界がゲームの世界だということを思い出すと、謝罪せずにはいられないのだ。



「だって、死ぬ前に私がこのゲームプレイしてたから、お兄ちゃんは恋愛も自由にできないし、ひもじい思いさせちゃってるわけでしょ?」



「美緒のせいじゃないよ。むしろ美緒の霊能力のおかげで死んだ後に、第二の人生を得られた上に、霊能力までもらって、転生したら孤児だった僕らが神社で拾ってもらえて食いっぱぐれずに済んだのもそのおかげじゃん。」



「でも、もし死ぬ前にプレイしてたのが、中世ヨーロッパ風のゲームだったら、貴族に生まれて、豪華な生活ができて楽できてたかもしれないし、意中の相手と身分気にせず恋愛できてたかも知んないじゃん。」



こんななんちゃって平安時代の和風ファンタジーじゃなくて、ヨーロッパ系のファンタジーゲームならヒロインにしろ悪役令嬢にしても9割型貴族に転生できる、ヒロインの場合庶民スタートの可能性はあるけど、その跡聖女だったり実は貴族だった率は高いから、結局いい思いをできてた可能性は高い。


男側が身分高ければ、女性選びたい放題だし。


貴族なら肉も食べれたし、


今だって、この時代にしてはいい生活をしている方だと思うけど、滅多に外出許可されないし、育ち盛りの兄がお寺のような精進料理ばっか食べてるのはやっぱ心が痛い!


その上想いの相手に言い寄ることすらできず、明日嫁ぐなんて拷問の極み。


どうせ叶うわけのない高嶺の花の存在に見惚れるだけだなんて!!

兄なら上を目指せるのに!!!


でも、兄はそんなことは気に求めていないようで、優しく笑った。



「西洋の貴族になんかに生まれ変わったら、領地の仕事とか大変そうじゃないか。僕は神社で働かせてもらってるだけで満足だよ」



「意地張って、優しいこと言わないでよ!本当はカツ丼とか牛丼食べたいくせに!」



「うん、カツ丼も牛丼も親子丼も、この時代に存在しないだけで、和食なんだから、西洋世界じゃどのみち食べらんないね。」



「じゃあステーキ」



「それは揺れるね。でもないものねだりだよ。」



「わかってる、でもせめて何か、人生変わるようなイベントでもあればお兄ちゃんも……」



幸せになれるんじゃないか……そう言い出そうとした時のこと。


本殿の方から、障子が思いっきりスパーンと音を立てて開き、



「お父様なんて、嫌ですわ!」



ちょうど噂になっていた桜花様の怒号が聞こえてきた。


まさに人生が変わるような……イベントの匂いがした私たち兄妹は、箒を投げ捨てて野次馬するために本殿の方に駆け出していくのでした。


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