眼球と花束

静谷 清

本文

 寒くもなく、暑くもない、心地よい風と煌びやかな太陽が光る季節の頃。


 その大学が一年でいちばん盛り上がる日だ。この日だけは普段なりを潜めている男子諸君も落ち着いてはいられない。


 学内で一番の美人が誕生日なのである。誰もが自分のプレゼントを一番気に入ってもらおうと必死なのだ。


 だがその彼女は彼女で、ある悩みを抱えている。


 実は彼女には特殊能力がある。自分にプレゼントを試みようとしている人の顔を見ると、その人が渡そうとしているものが左の目に浮かび上がるのだ。


 この役に立ちそうで立たない能力は、誕生日になると只の障害になる。言うならば、ネタバレの目なわけだ。年に一度の大切な日に、ネタバレ大会が眼前で繰り広げられるのを楽しみにしているやつはいないだろう。


 しかし、休むわけにもいかない。


 何百人もの女子の中で一位を飾るには絶え間ない努力があるのだ。周りのライバルたちに、自身の影響力を見せつけるためにも、休むという選択肢は彼女にはないのだった。


 大学に着くといろんな形の包装をしたプレゼントを手に持った男たちが次々話しかけてきた。


「〇〇さーん、おれ2年の▲▲。今日誕生日なんでしょ、良かったらこれ受け取ってくれない?」


 ほら、さっそく来た。髪を茶髪に染め、軽薄そうな印象を前面に押し出したその男を彼女は左目で見つめた。


 すると、『ケーキ』が浮かんできた。しかもホールで。あまりショートケーキは好きじゃないし、何で女子一人にホールなわけ?


 というか左目に浮かんでくる前に、手元の四角い箱が目に飛び込んでくる。丁重にお断りした。


「ねえねえ、プレゼントがあるんだけど」


 今度は黒髪の背の高い男だった。しかし何故かイメージで『子猫』が浮かんできた。嘘でしょ?


「やっぱり〇〇は凄いな。ところで…」


 同じゼミの男だ。『下着』。帰れ。


「〇〇ちゃんプレゼント…」


 『髪の毛』が浮かんできた。帰りたい。


 取り敢えず朝の猛ラッシュを乗り切り、昼も何とか乗り切って、夕方になり人も少なくなってきた。ようやく落ち着ける。とはいえ、まだプレゼントを渡しに来る人はちらほらいた。


 そのうちの1人で『花束』が浮かんできた男がいた。今年はまだ何ももらっていないし、これくらいならもらっていいかと思った。


「あの…〇〇さん…その、プレゼントがあるんだけど……」


 男は手には何も持っていなかった。今日一日の彼女の人気ぶりと冷徹ぶりをみて、断られると思っているやつだ。こういう男は毎年何人か居る。彼女はもう慣れっこなのだった。このあとの流れも予想できた。


「いいわ」


 こう答えると、相手は驚く。


「え…ほんとに?」


「もらってあげるわ。あら、今は持ってないの?」


 こう言うと、相手は急いで取りに戻る。


「あの、僕のプレゼントは物じゃないんだけれど…」


 え?花束じゃないの?


 確かに彼女の左目には花束が浮かんでいる。もしかしたら、花束柄の何かかもしれない。この能力は彼女が成人してから授かったもので、まだよくわからないことが多いのだ。


 今までも浮かんできたものと違うものを渡されたことはあった。それらも皆似通ったものを渡してきたので今回もそのタイプかと思った。


 しかし男は彼女の身体を引き寄せて、強引に口づけした。


「やめてよ!」


 彼女は男の身体を引き剥がして突き飛ばした。


「え…なんで…?もらってくれるって…」


 男は当惑した表情で地面に座っている。


 彼女は黙ったまま、すぐに家に帰った。


 次の日にテレビをつけると、昨日プレゼントを渡してきた男が映っていた。


 ストーカー容疑で検挙したあと、自宅捜査をすると行方不明になっていた女性の死体が飾ってあったそうだ。


 男は「好きな人を家に呼んで渡そうとしていた」と供述した。


 その死体は花束みたいに綺麗にして飾っていた。


 それから彼女は誕生日のプレゼントはすべて断るようになった。

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眼球と花束 静谷 清 @Sizutani38

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