第7話 最後じゃないデート ②
俺は思わず、キーホルダーを落としてしまう。
それと同時に、唯鈴の瞳から涙があふれる。
泣いているけど、笑っている。
無理して、俺のために。
それが何よりも悲しくて、俺は言葉が出なくなる。
「……は」
「いつ死んじゃうのかは、秘密だよ。教えてあげない」
「っ……」
唯鈴が、何を言っているのか分からない。
唯鈴が死ぬ?
なんで、どうして。
なぜ死ぬと言い切れる?
死ぬのはいつ、どうやって。
唯鈴は自殺なんかを考えるやつじゃない。
なら、唯鈴はどうして……
過去で1番混乱する頭についていけない心。
目を泳がせる俺に、唯鈴は言った。
「……朔くんさ、今日、死のうとしたでしょ」
「っ……なん、で」
「分かるよ。だって、朔くんだもん。私が恋してる人だもん」
またも衝撃の事実が明かされ、俺は崩れるようにその場に座り込む。
俺が帰ってこない気がすると、泣いた唯鈴。
つまりはその時、唯鈴は俺が死のうとしていることに気づいて俺を止めたのだ。
突然デートなんて言い出してどうしたのか、と俺が困惑していた時、唯鈴は俺の……自分の好きな人の自殺を止めるために、ちゃんと考えていたのだ。
そして、そんなことをさせてしまったのが自分なのは一目瞭然で、数時間前の自分を殴りたくなる。
そして、自分が唯鈴の想う人であることが、申し訳なくなる。
……唯鈴、なんで俺のことなんか好きになったんだ。
もっと良い奴なんて、他にいくらでもいただろうに。
こんな俺を好きにさせてしまってごめん。
唯鈴に好きになられてしまった自分、何をしてるんだ。
唯鈴に好きだと言われて、嫌だった訳じゃない。
むしろ嬉しかった。
唯鈴は優しくて、明るくて、愛らしい笑顔で俺を照らしてくれる。
でもだからこそ、そんな子に俺が好かれるのは、あまりにも贅沢で、傲慢で、不釣り合いだ。
でも、唯鈴の気持ちを否定するのが自分なのは嫌だ。
唯鈴には、幸せになって欲しいから。
だから、受け入れることも、断ることも、俺には出来ない。
唯鈴は黙りこくっている俺の目の前まで来て、しゃがみ、視線を合わせる。
そして両手で、俺の頬に優しく触れた。
唯鈴の魅力的な瞳が、視界に大きく映る。
「朔くん、私、朔くんのことが好きだよっ」
「っ……」
こんなにも近くにいて、俺に触れていて、俺が好きだと言っているのに。
死ぬって、なんだよ……っ
唯鈴が何をしたと言うんだ。
悪いのは俺じゃないか。
なのに唯鈴だけが悲しい思いをして、無理に笑って。
綺麗な夕日も、涙でぼやけて見えにくい。
ただ確かなのは、そんな夕日がどうでもよく思えるほど、俺は唯鈴に惹かれているということ。
唯鈴は、俺の目をまっすぐ見て、珍しく真剣な顔で言った。
「私、ずっと朔くんの隣にいたい。だからお願い。ずっと死なないで、私と一緒にいて?私が死んじゃう、その時まで」
今日死のうとしていた自分が、馬鹿らしく思えた。
俺は何か重い病に犯されている訳ではないし、平和に暮らしていたら長生き出来る体を持っている。
でも唯鈴は違う。
どうして死ぬのか、その原因が病気なのかも分からないけど、少なくとも俺よりはずっと辛い思いをしている。
生きることを望む人がいる中、恵まれた俺が死のうとするなんて、罰当たりにも程がある。
俺は、唯鈴の願いを受け入れるしかなかった。
「分かった、ずっと一緒にいる。だから泣くな、辛い顔をするな。唯鈴には笑顔が一番なんだから……っ」
唯鈴の気持ちに応えることは出来ないけれど、唯鈴が俺にそばにいて欲しいと言うなら、そのくらいのことはしてやれる。
だから、泣かないで。
「ありがとう朔くん……っ」
君には笑顔で、いて欲しい。
3ヶ月前、俺は神に言った。
高校1年生の一学期が終わるまで待って欲しいと。
でも、俺はその頼みから逃げることになる。
だから神は怒るかもしれない。
怒って、俺に受け入れ難い運命を辿らせようとしてくるかもしれない。
でも、唯鈴のために俺は、どんな運命にも勝ってみせる。
だから、少なくとも唯鈴が生きてくれているうちは、死のうとなんてしないと、自分と約束する。
そして、唯鈴のことを救いたい。
唯鈴に残された時間がどれほどのものなのかは分からないし、聞いても唯鈴はきっと答えてくれない。
だからなるべく早く、唯鈴を救い出す方法を見つけて、余命のことなんて気にせず生きていって欲しい。
もし俺の力で唯鈴を救うことが出来たら、俺は自分のことを少しは好きになれるかもしれない。
その時は、唯鈴の気持ちを受け入れよう。
「約束だ、唯鈴。そばにいるから、唯鈴も俺のそばにいてくれ」
「うん、もちろんだよっ」
死のうとなんてしない。
でも。
「でももし、万が一俺が約束を破ろうとしたら、殴ってでも止めてくれ」
そう言うと、唯鈴は涙を拭いながら、
「好きな人を殴りたくはないけどなぁ、ふふ」
と笑顔を向けてくれた。
夕日を背に結んだ、命懸けの約束。
絶対、守ってみせるから。
帰り道、俺と唯鈴は目をパンパンに腫らして歩みを進める。
「一生分泣いちゃったよ〜」
「だな」
お互い酷い顔をしているけど、そこには笑顔があった。
「きっと椿さんびっくりしちゃうよね!なんて言い訳しよっか?」
「言い訳……ダメだ。全然思いつかねぇ」
「だよねぇ、どうしよ!」
「ふっ、呑気だな」
「このくらいが丁度いいの!じゃないと疲れちゃうよ」
……確かに、そうかもしれないな。
呑気に、か……
もう少し早く、気づけていれば。
と後悔するけど、これからはもう大丈夫だ。
唯鈴の笑顔のためなら、なんだってやれる気がするから。
……なんて、少しカッコつけて意気込んだ、とある男子高校生の夏休み初日。
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