55:永遠の海辺
深海魚は欠伸のように小さく口を開けてから、ぼんやりと言った。
「んあ。菜月。どうしたの?」
私は深海魚の顔を覗き込んだ。
「気を失ってたから心配したよ。どこか痛むところはある?」
深海魚は目をぱちぱちさせた。
「別にどこも痛くないよ。私、海辺の小屋で眠ってただけだよ。あれ? なんでダンジョンにいるの」
地震で狂乱状態になった事は、覚えていないのか。
「……私が記憶庫の扉を閉めようとしたら、あなたが来たの。その、壁にぶつかったりしてたから、怪我とか心配で」
「へえ。寝ぼけてたのかな。それで記憶庫の扉は閉まったの?」
「うん、何とか。あなたが<記憶の奔流>を利用して作った本は、ダンジョンから消えたよ」
深海魚は、じっと私の顔を見た。
「とても悲しそうな顔をしているね」
私はドキリとして、口ごもってしまった。
「それは……」
いきなり私の腕の中から深海魚はふわりと飛び出し、宙に浮いた。
「扉が閉まったら、見に来ようと思ってたんだ」
深海魚はくるくる回転して、魚の姿から黒い球形の姿に変わった。黒くて細い手足が伸びている。すっと地面に立つと、細い足で記憶庫の扉に近づき、見上げた。
「これ、私が作った扉なんだけど、消えずに残ったんだね。本が全部消えた時に、一緒に消えるかと思ってた」
深海魚は、小さな手で扉に触れた。
いきなり、扉の外観が変わった。ペンギンの姿が消え、ただの頑丈そうな鉄の扉になった。大きな閂までかかっている。私が目を見張っていると、深海魚は両手をだらりと落として呟いた。
「これで、全部おしまい」
ジャケットを胸に抱きしめたまま、黙っている私に向かって、深海魚は静かに言った。
「菜月。何者かに私を処分するように言われたんでしょう?」
深海魚は、気づいている。誤魔化す事は出来ないし、したくない。私はうなずいた。
「私は、あなたの監視役になったの」
深海魚は、その場でくるりと、片足で回転した。
「監視か。前に、ダンジョンの夢の中で菜月は私に希望を教えてくれた。嬉しかった。でもね、記憶庫の扉が閉じられたら状況は変わるだろうと、予想はしてたんだよ。何者かは、きっと私の存在を許さないだろうって」
深海魚は小さく溜息をついた。
「何者かの指示でも、私は菜月の言う事に従う。出来れば、このダンジョンにいたい。でも追放でも破壊でも抵抗したりしないよ。だからきちんと言って」
……辛い。でも深海魚はもっと辛いんだ。
これは私の役割だ。
私は力を込めて、はっきりと言った。
「あなたの持つ力は、この世界では未知で危険だと判断された。だから、原風景の海辺に隔離するようにと、本質の星の審判が下った」
思わず言葉を付け足してしまう。
「……ごめんね」
隔離されると聞いた深海魚が、怒ってまた巨大化して私を襲う可能性もあった。私は、深海魚は話を聞いてくれると信じていたけれど、内心覚悟はしていた。
深海魚の怒りは半ば当然だ。だからその時は必死で説得しようと思っていた。
それに、本質の星の審判が下った後に、守護者の私に何事かあれば、それこそ番人が冷酷な方法で深海魚を排除しかねない。それは絶対に阻止したかった。
「謝らなくていいよ。隔離か。破壊される訳じゃないんだね」
深海魚は、冷静に受け入れてくれた……。安堵して、安堵したのが申し訳なくなる。
「破壊とかそんな事は絶対にさせない……! 監視役とか関係なく、約束通り私は傍にいる。それと祖父さんが海辺にいつか絶対に、あなたに会いに来てくれるから」
深海魚が、じっと私の表情を見つめる。
「菜月、私のために頑張ってくれたんだね。海辺であの人を待てるなら、私はそれで満足だよ」
「あなたから分かれた2人の深海魚も、私が監視する。って特に何もしないけど」
深海魚は、周囲を見回し、しばらく天井を見てから私に言った。
「わかった。本が消えたから終わり。私はもう<元の夢>じゃない。菜月のダンジョンを維持する力は<核>の深海魚に譲ったから安心して。星の世界に<夢>もいるし、菜月のダンジョンはこれからも何事も無く安定するよ。保証する」
「深海魚……」
「用も済んだし、海辺に連れて行って。それから菜月からゆっくり話を聞きたい」
「……海辺に行ったら、もう2度と出られないよ」
「わかってる。誰も何も恨んだりしないよ」
ジャケットを羽織って、私に手を伸ばした深海魚を抱き上げると、目を閉じ胸に抱き着いてきた。
そのまま私は、記憶庫の扉の横の壁に向かってゆっくりと歩いた。
私と深海魚は、原風景の海辺に立っていた。
目の前には陽光に光り輝く大海原が広がっている。波の音、心地よい潮風。頭上は雲一つない、どこまでも広がる青空。
水平線に、天辺が霞んでいる永遠の塔が見えている。きっとあそこから、番人は私たちを見ているだろう。
私の腕からひょいと飛び出し、ちょこちょこと砂浜を歩く深海魚の後をついていく。前と同じ、白い小島が見える場所に着くと深海魚は座り込んだ。
「ここが一番落ち着くな。さあ、菜月も座って話して」
私も砂の上で隣に座り、海を眺めながら、扉を閉めた後の番人の出現、<記憶の奔流>の凄まじさ、記憶庫の番人と永遠の塔でどんな話をしたのか、本質の星に呼ばれて深海魚の事を説明した話を、出来るだけ詳しく話した。
深海魚は、水平線に見える永遠の塔を眺めた。
「ふーん。何者かは、夢現の守護者だったのか。御大層な役割だね。でもどうりで、私も敵わないぐらいの物凄い力があった訳だ。それにしても気が長い上にご苦労様だねー、最初からずっと私とダンジョンを見張って、あそこまで変化させて、その上私の過去や記憶を全部調べてさ。記憶庫が大事な空間なのはわかるけど」
「あなたに会いに行っても話が出来なかったのは、残念だったかな」
「関係ないよ。私と夢現の守護者の関係は、なるようにしかならなかったし、なるようになったんだ。でも、夢現の守護者は私が見えて、私は夢現の守護者が見えない……どんな存在か見たかったね」
「本質の星から作られて、一応人間じゃないけど、感情はあるし悪い人ではないよ。喧嘩になったけど、話は聞いてくれるし。基本的に厳格な性格で、守護者としてとても冷酷かな……それが役目だって言ってたけどね」
「本質の星から作られた存在、ねえ。なるほど」
深海魚は足で白い砂をぽすぽすと蹴った。
「私は別の宇宙から、深海に漂着した、か」
「覚えてないんでしょう?」
「そうだね。でもあの塔を見られるのは良かったかもしれない」
深海魚は妙な反応をしてから、永遠の塔をじっと眺めた。
「それにしても私が、あの人に影響を与えたかあ。そうだな、そういう結論になるのかな」
「……もう過去の事だよ」
「私とあの人の初対面は確かに私から話しかけたけど、でも私は、剥製になってから、たくさんの人に話しかけてたんだよ。でも応えてくれたのはあの人だけだったんだよね。だから私嬉しくて嬉しくて、ずっと一緒にいたくて。だからたくさん話しかけたの。一緒にいられるようになっても、ずっと話しかけてた。わかってもらえて嬉しかったんだ」
「うん、わかってるよ」
深海魚は、自分の口では孤独だったとは言わない。でも、どれだけ寂しかったんだろう……。
祖父と意志が通じたのは、本当に奇跡だったんだ。世界を変えるほどに。
「あの人の奥さんが亡くなった時、あの人が嘆き悲しんで、悲しみで死んじゃうような気がして……だから悲しみを取ってあげたんだよ。でも駄目だったみたいだね」
「大丈夫。あなたの気持ちは、私も祖父さんもわかってるから」
色々な考え方や食い違いや理解の違い。父親も母親を亡くして悲しくて、だから猛反発した。仕方なかったよね……。
覚悟を決めて、深海魚の最期の懸念について話しても、特に様子は変わらなかった。
「私が死ぬ時か。何も無いと思うよ」
「えっと。やっぱり大陥没の時とは、全然違う?」
「うん。エネルギーの渦の中で粉々になったからね。この海辺で生命が終わったら、意識が消滅して体がボロボロになって砂に混ざるだけじゃないかな」
私の表情を見て、深海魚が少し笑った。
「私は、生命が終わる事は何とも思ってないから。菜月が泣く必要なんかないよ」
「うん……」
「菜月が生きている間は大丈夫だよ。でも、そうだな、私にも死後の世界があるといいな」
「……そうだね。番人が恐ろしく複雑だというぐらいだから、あるんじゃないかな」
水平線の永遠の塔を眺めながら、祖父が深海魚に会いに来た時に、2人で一緒に海辺を去っても番人は黙認するんじゃないだろうかと思った。
「深海魚が巌氏と会った後の事はその時に考えましょう」と私に言った番人の表情を見た時に、そんな予感がした。番人は、この海辺まで祖父がやって来る通り道を準備してくれた。その通り道を、深海魚が祖父と一緒に死後の世界へ去って行く……死後の世界は番人も関知していない。そんな世界への追放と言えば、本質の星も見逃してくれるんじゃないだろうか。
「そうだ。あの、これから元の世界で地震が起こったら、こっちのダンジョンとかも一緒に揺れるから。多分、この海辺でも揺れを感じるだろうけどびっくりしないでね」
「ああ、そうなの? わかった。あの人は地震が本当に嫌いでね。子供の時、山登りをしていたら地震が起こって目の前で山崩れがあったんだって。もうそれが本当に怖くて、携帯に地震警戒予報が表示されるだけで、青ざめて大騒ぎしてた」
「へえ知らなかった……あなたは別に怖くないよね?」
「そりゃ揺れるのは怖いけど、今菜月に話を聞いたし大丈夫だよ。それに海辺は広々して海しかないし」
狂乱状態になって、ダンジョンで私に襲い掛かった事は全く覚えていないようだ。それならそれでいい。いずれ番人に、海辺はあまり揺れないように出来ないか尋ねてみよう。嫌な顔をされそうだけど。
「どうして甦ってから、本質の星との繋がりを自分から絶ったの? 番人はそれがきっかけで、あなたを危険と考えて監視し始めたんだよ」
「うーん……何とも繋がっていたくなかったんだよ」
深海魚はしばらく黙ってから、ぽつりと言った。
「私とあの人の思い出を、私だけのものにしておきたかった。それだけ」
私は思わず、深海魚の丸い体に手を置いた。
記憶じゃない、祖父との思い出。
深海魚が消える時、一緒に消えていく思い出。
夢に幾重もの夢が重なった思い出……。
少し目眩がした。そろそろ体力の限界がきたのかもしれない。私は目をこすって、深海魚に言った。
「私、一旦ダンジョンに戻るね。扉を閉めた後どうなってるか心配だし」
「うん、わかった」
「落ち着いたらまた来るから。ダンジョンの外にも出ないとだし。色々お土産を持ってくるね」
「それだけど……菜月、ひとつだけお願いがある」
「え、何? 私に出来る事なら何でもするよ」
「この海辺ね、実は昼間だけで、夜が無いんだよ。私は、星が見たくなったら別の世界に出かけていたの。でもこれからずっと海辺にいるなら、夜空が見たい。星が見たい。作ってもらえるかな」
「ああ、それなら番人に伝えるよ。きっと夜空を作ってくれるから」
一緒にお茶を飲んだりしたから、つい忘れそうになるけど、あの番人は世界を変えるぐらいの強大な力を持っているんだ。それにこの原風景の海辺も作ったんだし。急いで手紙を書かないと、と思ってから良い事を思いついた。
「深海魚、長い棒はあるかな?」
白い村に行き、深海魚が色々雑多な品を保管していた白い小屋を探して、箒の柄のような細長い棒を見つけた。それを持ち出し、海岸に行って、私は砂浜に思い切り大きな文字を書いた。永遠の塔にいる番人に見えるように。
<番人 夜空をつくって 星が たくさんみえる 昼と夜 かいてん>
まあ、これで意味は通じるだろう。何せ、番人はダンジョン中に日本語で妙な張り紙をしていたんだ。
書き終わって、波際で足を濡らしながら永遠の塔に向かって、大きく棒をぶんぶんと振った。私の後ろに立つ深海魚が言う。
「夢現の守護者、私の願い、聞いてくれるかなあ」
「大丈夫大丈夫。本人も星を見るのは趣味みたいだから、理解してくれるよ」
とはいえ、すぐに夜を作ってくれるかな? 今は何か伝言で終わるかな? と私が思った次の瞬間。
頭上が、美しい満点の星空になった。
暗くなった海には青白い夜光虫が光り、水平線の方に白く輝く橋のような虹が見える。煌めく流れ星が幾つも夜空を横切る。
深海魚と私は大喜びで叫んだ。
「凄ーい! 凄ーい! 最高に綺麗ー!」
「夜の海も綺麗だー! ありがとう番人ー!」
2人で夜空を見上げながら思い切りはしゃぎ、窓らしき所に灯りが灯っている永遠の塔に向かって、お礼を叫んで、手を振った。きっと、番人がこちらを見ながら苦笑しているだろう。
はしゃぎ終わり、深海魚と星空を眺めていたらまた目眩がした。本当にもう戻った方がいいだろう。
それにしても、昼から夜になるとやはり風は少し冷たい。
「深海魚、寒いんじゃない?」
「寒くは無いけど、風は冷たく感じるかな。でも今は星を見ていたいから」
「じゃあね、このジャケットを進呈するよ。ちょっとぼろくなったけど、軽くて暖かいから羽織っていて。包まって寝る事も出来るし」
暗闇にぼんやりと見える深海魚の表情が、嬉しそうになった。
「いいの!? 私、服って着た事が無いから、どんな感じかとずっと思ってたの」
ジャケットのポケットから、父親の手紙、銀色の鱗、母親のスカーフなどを取り出し、ズボンのポケットに何とか突っ込んだ。
そしてジャケットを脱ぎ、深海魚の丸い身体に掛けてあげた。かなり大きくてぶかぶかだけど、前ボタンを留めると何とか大丈夫だった。
暖かい、ありがとうと袖を持ち上げて喜ぶ深海魚を見ていると、また泣きそうになって何とか堪える。
夜になって、ほとんど暗闇だけども、白い砂はぼんやり光って見えるし、深海魚は夜目が効くので灯りが無くても大丈夫との事だった。
安心して、改めて別れを言ってダンジョンに向かって歩き出した私に、深海魚が声をかけた。
「菜月」
「ん? 何?」
振り向いた私の目に、ぶかぶかのジャケットを羽織った深海魚のシルエットが小さく見えた。背後の灯りのともった永遠の塔が灯台のようだ。
「私ね、生まれた宇宙の世界から追放されたんだ。お前は異質で危険だからって」
私は咄嗟に返事が出来なかった。
「深海魚、それは……」
「生まれた世界でも、漂って辿り着いたこの世界でも、私は異質で危険なら、なぜ私は存在するんだろう? 私が存在する意味って何? ようやく出会えたあの人は死んで、私は甦った。あの人のために作った世界は消えた。 私は何のためにここにいるの? そういう夢。そういう夢をずっと見ていたんだ」
深海魚が手を振った。さようならのように。
「でも、菜月のおかげで夢は終わった。ありがとう。夢の話はこれで終わり。夢の話はもうしない。これから私はこの海辺で波を数えながら、星に名前を付けながら、あの人を待つね」
深海魚はまた手を振った。
「おやすみ、菜月。良い夢を」
そう言うと、深海魚は背を向けて、夜の海の方に去って行った。
私は波音を聞きながら、その小さな後姿が見えなくなるまで見送った。
深海魚は、ありがとうと言ってくれた。
深海魚の夢は終わった。
私は、満天の星空を見上げ、この海辺が深海魚の安寧の地になるように祈った。
この星空に神様がいるかどうかはわからない。
それでも私は祈った。
深海魚のために。
私は原風景の海辺から、ダンジョンの15階に戻った。ジャケットを着ていないせいか、少し肌寒い。
ようやく、全部、終わった。
何だか途方に暮れたような気分だ。
永遠の塔への扉を見る。そうだ、どうして舌の無いドアチャイムが取り付けられていたのか、次に番人に会った時に尋ねないと。
そうぼんやり考えてから苦笑する。疲れ過ぎて変な事しか思い浮かばない。私は身体を引きずるようにして階段を上って行った。
無人の14階を通り過ぎる。暗黒女王を連れて行った鱗氏は今どの辺かな……また炬燵でゆっくりお喋りがしたいな。
捻挫した右足が痛み出した。番人が飲ませてくれた薬草の効果が切れたらしい。
何度も立ち止まり、足を引きずりながら13階に辿り着く。永遠の塔への扉が無くなっているなと思ったら、強い目眩を感じて倒れそうになった。
壁にもたれてじっとしていると、階段でトストスと足音がして声が聞こえた。
「やや血縁者! ズタボロではないですか!」
何とか顔を上げると、背の高いウサギ目を丸くしてこちらを見ている。そうか、私の見かけはもうボロボロか。
「ちょうど見回っていたら、何やら音がしたので下りてみたんですよ! 良かった!」
ウサギが階段を走って上って姿が見えなくなる。逆に安心して倒れそうになった時、ヴァレンティールの叫び声が響いた。
「ナツキ! 大丈夫か!」
声が出ない。でも彼の顔を見て泣きそうになった。何とか手を伸ばすのと同時に、駆け寄った彼にしっかりと抱きとめて貰えた。抱き上げようとするヴァレンティールに言う。
「……今だけは……歩いて12階に上りたい」
「ナツキ、無理はするな。完全に弱っているではないか」
「ごめん……でもこれは私の意地だから」
心配顔のヴァレンティールにしっかり支えられて、12階に上った。
ああ、賑やかで広くて明るい。
耳をピコピコさせた大勢のウサギや黒ウサギに取り囲まれ、私の顔を覗き込んだペラグリアが「医者をここに引っ張って来い!」と怒鳴っている。足元で、数匹の街灯ネズミが心配そうに私を見上げている。
良かった。本当に帰って来たんだなあ。
誰も私の事を忘れずにいてくれたんだなあ。
胸の金色のリボンを煌めかせて、司書ウサギが駆け寄って来た。頭に包帯が巻かれている。
私はかすれ声で尋ねた。
「ウサギさん、怪我したの……大丈夫?」
「風に吹き飛ばされて擦り傷を負っただけだ。血縁者こそ早く手当をしないと」
「うん。そうだね。でもその前に」
深海魚の夢、番人の夢、私の夢。
私は、周囲の皆に、出来る限りしっかりした声で言った。
「私はダンジョンの守護者になった。これからはずっと、皆と一緒だから」
……そのまま、ふっつりと意識が途切れた。
私が夕方のベランダから道路を眺めていると、こちらに歩いてくる父親の姿が見えた。
私は「お母さん、お父さん帰ってきたよ!」と叫び、部屋を飛び出した。
道路を父親に向かって走っていたのに、いつの間にか母親と手を繋いで歩いていた。
「菜月は、本当にお父さんが大好きな、お父さん子だねえ」
私を見る笑顔の母親に向かって、私は言った。
「でも、お母さんも大好きだよ」
わかってるよ、と笑う母親の手を離し、私は立ち止まってくれている父親に駆け寄った。
父親が、笑顔で私を抱き上げ優しい声で言う。
「走ると危ないぞ、菜月」
私は、父親の首にしっかり抱き着いて、大きな声で言った。
「お父さん、私、頑張ったよ!」
――――私が、一番、言いたい言葉をやっと言えた。
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