第19話 ラブラブ催眠

 ガチャ!

 ヒタッ、ヒタッ、ヒタッ――


 部屋のドアが開き、誰かが入ってきた。

 ゆっくりと足音が近づいてくる。


 どうやら俺は夢から覚めたようだ。


 あれっ? 夢……を見ていた気がする。

 確か……姉妹が……えっと、よく覚えていないような?


 カサカサッ!


 部屋に入った人影が、すぐ近くまで来た。微かな物音から、ベッドの枕元に立っている気配がする。


 えっ? 誰? ノエルねえ? それともシエルなのか?


 その人物は俺の耳元に顔を寄せささやいた。


「壮太……」


 シエルだ! この声はシエルだ!

 おい、何でシエルが俺の部屋に!?


 俺はタイミングを失ってしまった。最初の時点で起き上がり、『何してるんだよ?』とでも言えば良かったのだ。

 そうすれば冗談とかドッキリとかで済ませられたのだろう。


 しかし、もう目を開けるのは無理だ。

 シエルが何をしようとしているのか分からないが、夜中に忍び込む義姉と、寝たふりをする義弟なんて設定はヤバすぎるだろう。

 もう冗談では済まされない。


「壮太……壮太……」


 ああああ! 耳元でささやくんじゃねー!

 耳に息を吹きかけられてくすぐったいだろぉおおおお!


 そんな俺の気持ちも知らずに、シエルは寝たふりしている俺に語り掛ける。


「壮太、やっぱり嬬恋つまごいさんと……。それにおねえまで……」


 おい、何のことだ!?


「よし、奥の手を使おう。もう最終手段だよ」


 だから使うなぁああ!


「はい、眠くなる。壮太はだんだん眠くなる」


 おい、シエルは何をやってるんだ? 催眠術のつもりか?


「眠くなる……眠くなるぅ……あっ、もう寝てたんだった」


 ぶはっ! おい、笑かすな!

 危うく吹き出しそうになっちゃっただろ!


「私としたことが。いけないいけない」


 何をしたいんだこいつは。


「えっと、どうするんだっけ?」


 急に部屋が明るくなった気がする。シエルがスマホの画面を見ているのだろう。

 暗闇の中にスマホの画面が光っているのだ。


「えっと、むやみに催眠を掛けてはいけません……って、しまった。掛けちゃった。でも壮太なら良いよね」


 良くねえよ! 俺を何だと思ってるんだ。


「よし、やり方を覚えた。次は本気出す」


 今までのは本気じゃねーのかよ!

 くっそ、シエルがおもしれえ女すぎて、ツッコみが追い付かねえぜ。


 てかちょっと待て。シエルってこんな性格だったのか。

 いつもはクールで塩対応なのに。

 まあ、たまにオタクネタや歴史ネタに反応したり面白いところはあったけどさ。


 そのシエルだが、俺の耳元でとんでもないことを言いだした。


「壮太はシエルを好きになる……壮太はシエルを好きになる……壮太はシエルのことが大好き……」


 何を言い出してるんだぁああああああ!


「壮太はシエルが好き……壮太はシエルが好き……」


 やめろぉおおおお! 純情なオタク少年をたぶらかすんじゃねぇええ!

 そんなのされて本当に好きになっちゃったらどうするんだよ!


「壮太はシエルが好き……壮太はシエルが好き……リピートアフターミー」


 だから笑かすんじゃねぇぇぇぇー!


「よし、今夜はこれくらいにしといてやる」


 ぶふぁっ! 何だよその悪役キャラの捨て台詞みたいなのは!


 ヒタッ、ヒタッ、ヒタッ――


 ドアのところまで行ったシエルが一旦止まった気配がする。


「良い夢見ろよ壮太。ふふっ」

 ガチャ!


 シィィィィーン!


 シエルが部屋を出て行ったようだ。

 再び俺は静寂に包まれる。


 ガサッ!


 俺はゆっくりと起き上がった。


「シエル……何をやってるんだ? てか『良い夢見ろよ』って何だよ。それにしても、あれって……催眠だよな? エッチな音声作品によくある……。いやいやいや、それは無い」


 シエルが俺にエッチな催眠を掛ける意味がない。何か別の理由なのだろう。


「何のために? 冗談なのか、イタズラなのか? わ、分からん。でも、前にも同じようなことがあったような? あれって夢じゃなかったのか?」


 考えても仕方ない。

 俺は横になって目をつむった。



 ◆ ◇ ◆



 翌朝、朝食をとりにダイニングに入った俺は、すまし顔でご飯を食べているシエルを見る。


 普段と何も変わってないよな。

 やっぱりあれは夢だったのか?


「んっ、なにジロジロ見てるの?」


 俺の視線に気付いたシエルがジト目になった。


「べ、べつに。今日も綺麗な顔してるなって……」


 って、俺は何を言ってるんだぁああ!

 つい油断して本音が漏れちゃったじゃねーか。義姉(義妹だけど)をエッチな目で見てるなんてキモいとか思われるだろ。


「うっ……あ、ありがと……」

 カァァァァ――


 俺の予想とは真逆に、シエルが顔を赤らめている。耳まで真っ赤だ。


 あれっ? そんな反応は予想していなかったのだが。てっきり怒るもんだと……。


 とにかく忘れよう。あれは夢か幻かイタズラだろう。間違っても『もしかして俺に気があるのか?』なんて勘違いしたら痛い目を見るぜ。


 ツンツン、ツンツン!


 俺の脇腹を誰かがツンツンしている。

 その細く綺麗な指から腕をたどると、拗ねたような顔になったノエルねえが見えた。


「もうっ、シエルちゃんだけズルい。私は?」

「えっ、ノエルねえにも言うの?」

「当然です。前にも言ったでしょ。女の子は褒めて伸ばすの」


 ノエルねえがママみたいなことを言いだしたぞ。

 そういえばノエルねえってママみがあるよな。


「ほらぁ、そうちゃん」


 プリプリ怒っているノエルねえが可愛い。全然怖くないところも最高だ。

 しかも普段は容姿を褒めろなんて言わないのに、シエルを褒めた途端に言い出すのが面白い。

 それ妬いてるのか?


「えっと、ノエルねえは……相変わらずGカップの胸が凄くて……って、ごめん。間違えた」

「もぉおおおおおお~!」


 やっちまった。どうしてもGカップから目が離せない。

 そもそもノエルねえが可愛すぎるのが悪いんだ。可愛さ反則級すぎて照れるんだよ。


「そうちゃん! メッだよ、メッ!」

「はいはい」


 俺は可愛く怒るノエルねえにポコポコされながらご飯を食べるのだった。



 ◆ ◇ ◆



「そうちゃむ、お願い」


 休み明けの学校。休み時間になると、嬬恋つまごいさんが俺の席にやってきた。

 例の件だろう。


「待て、心の準備が」

「そうちゃむ面白い。はい、行くよ」

「ちょ待てよ」


 強引に腕を組まれて連行される。抱きつかれている腕に柔らかな膨らみが当たっているぞ。巻いてあるサイドテールの髪から魅惑的な匂いが漂いたまらないんだけど。

 これじゃ本当に付き合ってるみたいじゃないか。


「ぐぬぬぬぬ――」


 途中で暗殺者ヒットマンみたいな顔で睨むシエルが見えた。

 おい、この件は了承済みのはずだろ。



 昼休みの学食は混雑していた。

 二年になってからは莉羅りらさんがお弁当を作ってくれているから、ここに来るのも久しぶりだ。


「みんなー、連れてきたよ」


 嬬恋つまごいさんが俺を紹介する。友達のギャルグループに。


 うっわ! ギャルだ。本物のギャルだ。

 くっ、やっぱりオタクの天敵では?


「うっわ、ちょー意外なんですけど」


 そう言ったのは、ムッチリとした浅黒い肌がセクシーな女子。黒ギャル子と名付けよう。


「真面目かよ。星奈せいなの好みってこういうのなんだ」


 金髪に染めた派手な女子が言う。

 白ギャル子と命名しよう。


「ふーん、まあ星奈せいなって意外と真面目だし」


 ゆるふわ系の髪をかき上げながら話すのは、大人っぽい雰囲気の女子だ。

 こっちはキレイめギャル子と命名しよう。


「ど、どうも……安曇あづみです」


 俺は一人、ギャルの園に足を踏み入れるのだった。まるでライオンの檻に入ったウサギのように。

 てか、食われる前提かよ!


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