第13話 悪い噂

 まるで自分と付き合うのは当然だと言わんばかりの顔で告白する軽沢。その顔は自信に満ち溢れている。


「んっ…………」


 一方、シエルは困った顔をしてうつむいた。

 そんなシエルを無視するかのように、軽沢は捲し立てる。


「ほら、僕って勉強もスポーツもできるし、イケメンのハイスペだろ。姫川さんも僕と同じ美人のハイスペだから、二人はお似合いだと思うんだ。安曇や岡谷みたいな低スぺオタクと違ってね」


 おい! 誰が低スぺだコラ!

 やっぱり軽沢は失礼なやつだな!


「むぅ…………」


 シエルの眉間がピクっとなった気がする。

 俺には分かるぞ。シエルがめっちゃ不機嫌になっている証拠だ。


 シエルの気持ちを察していないのか、軽沢のトークは止まらない。


「ほら、僕と姫川さんが付き合えば、クラスの皆も羨ましがると思うんだ。お似合いのハイスペカップルだってね」

「はあ……」


 それに対してシエルの反応は冷めている。

 軽沢は全く気付いていないようだが。


「じゃあ付き合うと言うことで――」

「待って。私、付き合うなんて言ってない」

「えっ? 僕だよ。ハイスペの僕と付き合えるのは嬉しいだろ?」


 軽沢は何を言ってやがるんだ。


 クソッ! 今すぐ出て行って告白を阻止したい。

 でも……俺に誰かの告白を妨害する権利なんてないし。

 ああ、何だこの気持ちは! モヤモヤする!


 俺のモヤモヤを置いてけぼりで、事態はドンドン進んで行くのだが。


「僕と付き合いたいでしょ?」

「べつに……」


 シエルは連れない返事だ。

 何故か俺はホッとした。


「何で!? 他に好きな人がいるのか?」


 軽沢の口調が強くなる。

 シエルは少し躊躇ためらってから口を開き――


「す……好きな人……いるから」


 と、そう言った。


 えええっ! シエルって好きな人がいるのか?

 誰だ? 気になる! 凄く気になるぞ!


 しかしシエルの好きな人いる発言で軽沢の表情が一変した。さっきまでの余裕かましてた顔とはまるで別人だ。


「なっ! 誰!? 好きな人って誰!」

「内緒」

「僕を振って他の男を選ぶなんてありえないだろ!」


 ガシッ!


 軽沢の手がシエルの肩にかかった。


「おい! 僕はハイスペだぞ! 僕を振るなんて許せないからな!」

「きゃっ! や、やめて」


 軽沢に腕を掴まれてシエルが怯えた表情になる。


 おい! シエルに何をしやがる! もう許せねえ!


 ガタッ!


 怒りのあまり体が勝手に動いてしまった。俺は二人の前に飛び出したのだ。


「軽沢、こんなところで何をやってるんだ……」


 勢いよく出たのは良いものの、いきなり俺は言葉に詰まった。


 やっべぇぇええっ! この先はどうすりゃ良いんだ。まるで俺が覗いてたみたいじゃないか。


 当然ながら軽沢は怒り出す。


「お、おい! 何で安曇がここに居るんだ!」

「えっと、そ、そう、トイレだよ。ほら」


 俺はトイレ棟を指さす。

 炊事場の近くにトイレ棟があって助かった。


「と、トイレならしょうがないが……。だが、人の恋路を邪魔するのは失礼だろ」

「偶然だよ」

「僕は今、姫川さんと良い感じなんだ。安曇はあっち行ってろよ」

「そうは見えないだろ。姫川さん、嫌がってるように見えるけどな」

「は? 僕に告白されて嫌がる女子がいるわけないだろ」


 どんな自信だよ。それ。

 現にシエルが怯えてるだろが。


「壮太」


 シエルが俺に駆け寄り背中に隠れる。

 ちょっとシエルお姉ちゃん、それ姿は隠しても呼び方が隠れてないですよ。


「は? 何だそれは? 僕の告白を断るとか失礼だろ! どうなってるんだ。この僕に恥をかかせるなんてな! 後悔するぞ! クソッ!」


 軽沢は捨て台詞を残して帰っていった。

 だからクソはお前だよ。



 クソなイケメン陽キャは去ったが、シエルは黙ったままだ。背中に彼女の手の震えが伝わってくる。


「大丈夫か?」


 俺が声をかけると、シエルの震えが収まった。


「こ、怖かった……」

「災難だったな」

「うん……」


 ギュッ!


 背中にシエルの体温を感じる。彼女が俺に密着したのだ。


「シエル?」

「また……助けてくれたね。壮太」

「えっ?」


 また? 前にも俺がシエルを助けたことがあるのか? 覚えていないけど……。

 でも……。


「お、俺はシエルが困ってたらいつでも助けるよ。だって、おさな……か、家族だろ」

「そうだね。ありがとう、壮太」


 あの氷の女王みたいなシエルがしおらしい。俺の背中に顔を埋めたまま動かない。

 熱い吐息がくすぐったくて、俺まで一気に体温が上がりそうだ。


「んっ、もう大丈夫」


 少しだけ名残惜しそうに俺の服を離すシエル。その顔は、いつもの氷の女王ではなく恥ずかしそうな顔をしている。


「私、戻るから」

「ああ」


 シエルがロッジに入るのを見送ってから俺も戻った。

 何か言いようのない不安を抱えたまま。



 ◆ ◇ ◆



 翌朝、俺は自分の不安が的中したのを知った。

 クラスの女子が口々にシエルの陰口を言っているのだ。


「ねえ、姫川さんって調子乗ってない?」

「ちょっと美人だからってイイ気になってるのよ」

「顔が可愛いと得よね」

「私らのこと見下してたりして」



 どうなってるんだよ! 昨日までは人気だったじゃないか。

 確かにシエルはツンと澄ましているし、人付き合いが苦手な感じだけどさ。でも決して悪い人間じゃないはずだ。


 そこに血相を変えた嬬恋つまごいさんが走ってきた。


「ちょ、ちょっと、大変! 大変なんだけど!」


 息を切らせた嬬恋つまごいさんが一旦呼吸を落ち着かせると、俺にスマホの画面を見せる。


「えっ、これは……」


 それはSNSのグループチャットだった。いつの間に作ったのか知らないが。

 画面にはシエルが軽沢をもてあそんだ話題になっていた。

 皆が口を揃えるように『軽沢君が可哀そう』だとか『姫川さんって性格悪い』だとか書き込んでいる。


「な、何だよこれは! シエ……姫川さんは何も悪くないだろ!」

「だよね。アタシも最初は冷たいイメージだと思ってたけどさ。話してみたら悪い子じゃなかったし」

「そうだよ。何も……何もしてないのに……」


 俺はノエルねえの言葉を思い出す。

 そうだ、前の学校でも男子から告白されまくって辛い立場になったって言ってたじゃないか。

 俺がシエルを守らないと。


 そう決意した俺の心に小さな光が灯る。心の奥に温かな気持ちが。

 昔も同じようなことを決意した気がするのだ。

 それが何だったのかは思い出せない。


「安曇、安曇ってば」


 顔を上げると心配そうな表情の嬬恋つまごいさんと目が合った。


「急にどうしちゃったのよ? 黙っちゃって」

「ああ、ちょっと考え事を」

「どうしよ、姫川さんが」

「俺が何とかする」


 そう言って、俺はシエルの居る方へ歩き出した。



「ひそひそひそひそ――」


 シエルは一人孤立していた。

 周囲の女子は遠巻きに眺めながらヒソヒソ話をしている。

 一人、蜷川にながわさんだけが話しかけようとしているのか、何度も躊躇ためらいながらオロオロしているだけだ。


 どうする……? シエルの誤解を解くには。

 本当は面白い女なのに。

 変なカタカナ英語を使ったり、歴史ネタにツッコみを入れてきたり……。


 歴史ネタ? そうだ、俺がボケをかませばシエルが乗ってくるかもしれないぞ。

 現状でシエルは傲慢ごうまんな美人だと思われてるんだろ?

 なら、実はシエルが面白い女だと思ってもらえれば。


 問題は俺が陰キャでトークが苦手なところなのだがな。

 しかし、今はそんなことを言っている場合じゃない。


 ザッ、ザッ、ザッ――


 俺は真っ直ぐシエルへと向かう。


「どうしたの姫川さん、そんな大坂夏の陣みたいな籠城ろうじょう気味で」


 俺は思い切りスベりそうに話しかけた。






 ――――――――――――――――――――


 おい、思い切りスベってるぞ。

 でもシエルならツッコんでくれるはず?

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