第12話 魔の手

「ほら、安曇ぃ! 行くよ」


 俺の腕に抱きついた嬬恋つまごいさんが元気な声を上げる。

 何処に行くんだよ。

 さっきからシエルが俺をにらんで怖いのだが。


「安曇君!」


 案の定、シエルが怒り出した。

 俺と嬬恋つまごいさんの腕を振りほどくように間に入ってくるのだが。


「お、おい、俺は何も……」


 文句を言おうとするが、すぐに軽沢が出しゃばってくる。


「こら安曇! 姫川さんの言う通りだぞ。勝手な行動をするな。僕が先導するからついてくるんだ」


 そう言って軽沢は仕切りたがる。


「俺は何もしてないだろ」


 不満を口にする俺を無視して、軽沢はシエルと蜷川にながわさんをエスコートするように歩き出してしまった。


「ったく」


 軽沢め、こういうところが嫌いなんだよな。

 他人の意見に便乗びんじょうして自分を良く見せようとする。


 そんな俺に岡谷が寄ってきた。


「安曇、モテ期か?」

「ちげーよ」


 断じてモテ期ではない。むしろトラブルに巻き込まれている気がするぞ。


「安曇って意外と隅に置けないよねー」


 何か含みのある言い方の嬬恋つまごいさんが肩を寄せる。


「姫川さんと何かあった? あやしー」

「何も無いよ」


 俺は前を見たまま答える。


「べつに何も無い。俺と姫川さんじゃ釣り合わないだろ」

「そっかなぁ? アタシは脈ありだと思うけど」

「そんなわけないだろ……」

「そっか。なんもないんだ」


 嬬恋つまごいさんは、それ以上何も言わなかった。



 それから俺たちは黙々とハイキングを続ける。最初は会話もあったのだが、途中から歩き疲れたのか誰もしゃべらない。


 キツいんだよ。帰宅部に、こんなのやらせるんじゃねー!


「ふぅ、この峠は何処まで続くんだよ?」


 ひたすら続く険しい道に、ふと俺は疑問をていした。

 そこで横にいる岡谷が急に時代がかった口調になるのはオヤクソクだ。


「くっ、ここは一ノ谷か! おのれ平家め!」

「そこまで断崖絶壁じゃねーよ」


 俺がツッコんでいると、前を歩くシエルが振り返った。


 もしかしたら、『鹿が下りられるのなら馬も下りられるはずじゃ!』とか、源義経みなもとのよしつねみたいなセリフを言いたいのかもしれない。

 まあ、俺の勝手な想像だが。


「なになにぃ、断罪性癖って」


 予想外に嬬恋つまごいさんが興味を示したぞ。

 誰が断罪性癖だよ! 断崖絶壁って言ったのだが。


「まあ、それを言うなら断罪天使マジカルエミリーDXだな」

「何それ、懐かしー」


 嬬恋つまごい星奈せいなよ、貴様はまだまだのようだな。


「ふっ、断罪天使シリーズは初代から12年続いている、子供から大人まで広い層に愛される長寿魔法少女シリーズなのだよ。初代からマックスラブ、フルスロットル、GO!と続き、DR、オトナのお友達、そして現在放送中のDXがだな――」

「うっわ、安曇ってオタク君じゃん。ウケる」


 しまった。つい断罪天使を熱く語ってしまったぞ。くっ、熱くなると早口で説明口調になるのは気を付けないと。

 オタクに優しいギャルは理想だが、現実は厳しいからな。


 そんなことよりシエルはどうなったんだよ?

 顔を前に向けると、ギクシャクした感じの先頭グループの三人が見えた。


 そのシエルだが、軽沢のガードが堅くて近寄れない。

 やっぱり気に入らねえ。


『シエルちゃんのことお願いね』


 俺はノエルねえの言葉を思い出す。


 そうだよな。俺がシエルを守らないと。

 軽沢のやつ……絶対シエルに手を出そうとしてるよな。

 俺が目を離さないようにしないと。



 ◆ ◇ ◆



 昼間のイベントがどうにか終わり、やっと夕食の準備になった。

 この体育会系っぽいノリは帰宅部の俺にはキツい。


 軽沢は料理でも当然のように出しゃばっている。


「カレーは下ごしらえが重要でね。まっ、僕に任せれば完璧だよ……って、痛っ!」


 言ったそばから指を切りやがったぞ。僕に任せろじゃなかったのかよ。


「チッ! ジャガイモの皮むきとか僕の仕事じゃねーぞ! 僕は上流階級なんだ」


 軽沢が舌打ちしやがったぞ。

 任せろとか言ってた割に包丁の使い方が素人じゃねーか。


「ちょっと、何なのよ。誰か男子ぃ」


 不貞腐れて座った軽沢に、嬬恋つまごいさんが『やれやれ』といった顔をする。

 シエルと蜷川にながわさんは顔を見合わせているのだが。


 おいおい……。うちの班、空気悪くないか? まあ、ほとんど軽沢のせいだけど。

 てか、他に料理作れる人が居ないのかよ。

 しょうがない。俺が作るか。


「じゃあ俺がやるよ」


 俺は包丁を手に取ると、ジャガイモの皮をむき始めた。


 サクサクサクサクサク――


「皮むきは包丁を回すんじゃなくジャガイモの方を回すんだよ」


 手早く皮むきをする俺に、シエルと蜷川にながわさんが目を丸くしている。

 何だその意外そうな顔は。


「すごーい! 安曇君って料理できるんだ」


 蜷川にながわさんの声のトーンが上がった。目がキラキラしている。

 そんな反応されると、ちょっと照れ臭い。


「えっ? 意外なんだけど。そうた……安曇君が……」


 おい、シエル。何だその顔は? あと壮太って言いそうになったよな?


「はい、安曇、ちょっと横借りるから」


 嬬恋つまごいさんが俺の隣で人参の皮をむき始めた。俺よりそっちの方が意外なのだが。


嬬恋つまごいさんって女子力高いんだ」

「ママが仕事で遅いからね。いつもアタシが作ってんだ」


 あっけらかんとした感じに嬬恋つまごいさんが言う。

 俺と似た境遇なのだろうか?

 うちの場合は、親が離婚して仕方なく俺が作っていたのだが。さすがに毎日カップ麺やコンビニ弁当では飽きるからな。


「てかさ、アタシらって夫婦みたいじゃね?」


 急に新妻みたいになった嬬恋つまごいさんが笑う。

 誤解されるようなことを言うなよ。シエルが暗殺者ヒットマンみたいな目になってるだろ。


「待て待て、オタクとギャルじゃ合わないだろ」

「アタシは旦那がオタクでも良いけど。センピースとかちょー観るし」


 センピースは観ても深夜アニメは観ないですよね。

 俺の好きなイチャコラするハーレムものとか。


「おい、安曇! お、お前、料理上手でモテようとしてるのかよ。この裏切者ぉ~」


 岡谷までアホなことを言いだしたぞ。


「クソッ! 僕が活躍する予定だったのに。出しゃばりやがって」


 軽沢までイラついてるのだが。クソなのはお前だよ。



 因みに夕食のカレーは大成功だ。

 俺が炒めたり煮込んだりしているうちに、嬬恋つまごいさんが米をいだり飯盒炊爨はんごうすいさんの準備をしたりと完璧な連携だった。


 何だか嬬恋つまごいさんと蜷川にながわさんの俺を見る目が変わった気がする。

 ついでにシエルが挙動不審になった。



 ◆ ◇ ◆



 夜――――

 俺はロッジでくつろいでいた。岡谷と春アニメの話をしながら。


「――てな訳で、やはり今季は『異世界NTR転生』だろ」

「それも良いが、俺としては『お姉ちゃんは最硬タンク』がな」

「安曇はお姉ちゃん好き過ぎだろ」

「他のキャラも好きだがな。お姉ちゃんが好きなのは、幼い頃に魂に刻み込まれているような……」


 そこまで話してから俺は気付く。軽沢が居ないことに。

 ロッジは隣の班と合同になっていた。

 さっきまで別班の陽キャグループと話していたはずだ。


「軽沢は何処に行ったんだろ?」


 俺の問いに、陽キャグループが盛り上がる。


「あー! あいつ、女をモノにするって言ってたぜ」

成彬しげあきも罪な男だよな。毎回強引にベッドインだぜ」

「これで何人目だよ。ははっ!」


 は! 女をモノにって……もしかしてシエルのことかよ!?


 ガバッ!


 突然、立ち上がった俺を、岡谷が驚いた顔で見る。


「どうした? 安曇」

「ちょっとな。トイレだ」

「そうか」


 俺は嫌な胸騒ぎを感じながらロッジを出た。


 サラサラサラサラサラ――


 外は真っ暗だ。微かに照らされる月と星明り。それとトイレ棟の薄暗い照明だけ。

 少し湿った空気と新緑の匂い。そして川の水音と虫の声が響いている。


 少し歩くと、その現場に遭遇してしまった。そう、最悪の状況に。


 屋根付き炊事場にシエルと軽沢の二人が立っている。

 シエルは困ったような顔で言葉を発した。


「話ってなに?」


 俺はシエルの声が聞こえた方に息をひそめたまま向かった。


「姫川さん、初めて会った時から姫川さんのこと良いなって思ってたんだ。僕と付き合わない?」


 その声の主は軽沢だった。

 そう、軽沢がシエルに告白している場面だ。






 ――――――――――――――――――――


 ヤリモク陽キャの魔の手がシエルに迫る。

 ノエルねえとの約束を思い出す壮太。シエルを守るのだ。

 クソなヤリモクはキッチリ断罪するのでご安心を。

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