第9話 ギャルも参戦

 前門には氷の女王シエル、後門には振られた女子蜷川さん

 俺の進退窮しんたいきわまったぁああ!


 俺の班に男子人気ナンバーワンのシエルと、地味ながら隠れた人気の蜷川さんが入ったことで、一気にクラス中の視線を集める事態になってしまった。


 今もあちこちから男子たちの羨ましそうなぼやき声が聞こえてくる。


「えっと、蜷川さんも……入るんだ」


 戸惑いながらそう言った俺に、蜷川さんは真っ直ぐな目で訴えかけてくる。


「姫川さんは転校したばかりで色々大変でしょ。クラスに馴染めるよう、副委員長の私がお世話しないとだよね」


 ああ、蜷川さんは本当に良い人だな。シエルのことを気にかけてくれているのか。

 でも、振られた女子と同じ班とか、俺が気まずいのですが。蜷川さんは気にしてないのかな。


 そんな絶体絶命の俺に、更に苦難が降りかかるとは、いったい誰が思ったのだろうか。


「じゃあアタシも入れて! なんかあぶれちゃってさ」


 ギャルだ。ガチな感じのギャルが話しかけてきた。何だその派手なメイクとネイルは?

 くっそ、絶対オタクの天敵だろ。


「あははっ、なんかアタシ浮いてる的な?」


 そのギャルが困った顔をする。

 確か名前は、嬬恋つまごい星奈せいな

 目鼻立ちがハッキリした顔に今風のメイクがキマっている。髪は明るく染めていて絶妙にカールして華やかだ。

 短いスカートと緩んだ胸元の制服が刺激的過ぎだぞ。


 一年の時はギャルグループに入っていたようだが、二年でクラス替えしてからは孤立していた印象がある。


 しかしどうする? この状況、見た目だけやたらレベル高いけど、全く接点の無い女子三人が同じ班とか。

 今の時代、ギスギス展開は流行らないぞ。


「えっと、どうしようかな」

「入れてよ! 他に行くとこないし」


 嬬恋つまごいさんがグイグイ来る。ゆるゆるの胸元が大きく開いていて目の毒だ。

 やめてくれ。シエルが俺を睨むから。


 この状況に岡谷も茫然自失している。


「お、おい、安曇……。何で俺らの班はSSR級女子に占拠されてるんだ? こんなの俺のステータスじゃ太刀打ちできねえぞ」

「諦めろ岡谷。骨は拾ってやる」

「くっ、討ち死に前提なのかよ」


 もはや敗北必至かと思ったその刹那せつな、思いもよらぬ男が現れたのだった。いや、お前は呼んでないが。


蜷川にながわさん、僕が一緒に入るよ」


 明るく爽やかな声と共に現れたのは、クラス委員長の軽沢かるさわ成彬しげあき。高身長イケメンでサッカー部所属、陽キャでリア充モテ男だ。


 表面上は優しく親切な男子と言う評判だが、その実、言葉の端々がマウント気味で俺は気に入らない。

 女をとっかえひっかえしている噂もある男だ。


「間に合ってるから。軽沢はアッチのイケメングループに行けば良いじゃないか」


 それとなく入るなと伝えるが、軽沢は全く聞こうとしない。


「いや、僕が入るよ。転校生の姫川さんの世話があるしね」

「それは俺がやるから」

「失礼だけど、君たちのようなオタク男子だと心配だからね」


 おい! 本当に失礼だな。


「せっかく転校して同じクラスになったんだ。姫川さんが嫌な思いをしてほしくないからね。楽しめるように僕が仕切らないと」


 これだよ。この陽キャ男はいつもそうだ。上から目線で仕切りたがる。


 ここはキッパリと断ろうとするが、どうやら時間切れのようだ。


「よーし、班は決まったみたいだな。ちょうど男女六人ずつで六組か。これで行くぞ」


 さやちゃん先生の声が教室に響き渡る。

 どうやら他の班が全員決まってしまったらしい。


 くっ、まさか軽沢まで同じ班とは……。


 その軽沢だが、したり顔で俺の肩をポンポンと叩いてきた。


「まっ、姫川さんは僕に任せてくれ。安曇は岡谷と非モテなオタク同士アニメの話でもしてれば良いだろ。ははっ」


 やっぱり何か気に入らんな。この男は。



 ◆ ◇ ◆



「ただいま」


 俺が玄関を開けると、すぐ後ろを歩いていたシエルも一緒に入った。

 おい、同居しているのがバレたらどうするんだ。


「ただいま」


 そう、良く通る美声をシエルが発すると、俺を追い越して家に上がってゆく。


 学校を出てからずっと俺の後ろを歩いていたのだ。何だか兄の後ろをついて回る妹みたいに。

 それ、好き好き大好きお兄ちゃんなのか?


「あらぁ、一緒に帰宅なんて仲が良いのね」


 満面の笑みで莉羅りらさんが迎えてくれた。

 義母と上手くいくか心配していたけど、この人のほんわか性格は本当に助かっている。


「偶然一緒になりまして」

「うふふっ♡ 良いわねぇ、若い子は。私のこともリラちゃんって呼んで欲しいなぁ」

「それは遠慮します」

「もうっ、壮太君ってばイジワルなんだからぁ♡」


 莉羅りらさんが体をクネクネさせながら悶えている。

 これだけは何とかならないのか。

 セクシーな義母と間違いを起こしそうで気が気ではない。


「もうっ! お母さんはあっちに行って!」


 しびれを切らしたシエルが、莉羅さんを押してリビングから追い出してしまった。

 まるで母親に嫉妬しているみたいだぞ。


 二人っきりになったところで、シエルが俺をジッと見つめてきた。


「どういうこと?」


 シエルが俺に詰め寄る。

 突然どういうことと聞かれても何のことやら。


「林間学校の班決め」

「班がどうかしたのか?」

蜷川にながわさん……一緒の班になりたいの?」

「はぁ? 俺は何もしてないだろ」

「怪しい……」


 何だその目は。まるで浮気を疑う妻の顔だぞ。


「それより学校では他人じゃなかったのかよ? 俺の班に入りたいだなんて」

「それは……しょうがない。心細いし」


 氷の女王みたいなのに意外と可愛いところがあるな。まるで兄の後をついて回る妹みたいじゃないか。


「とにかく学校ではバレないようにしろよ。俺たちが同居しているのを」

「そんなの分かってる」

「なら良いけど」


 まだシエルは何か言いたそうだ。


「あと、あの軽沢って人……何か苦手」

「偶然だな。俺もだよ」


 シエルって見た目は女王様みたいだし少しギャルっぽいけど、実際は俺に似ている気がする。

 軽沢みたいなチャラチャラした陽キャは苦手なのだろうか。


 そのシエルだが、何故か落ち着かない感じに髪をクルクルいじっている。何か言いたそうに。


「壮太、姉として命じる」

「何が姉としてだよ」

「うるさい、弟は姉の命令に絶対服従」


 それは何処の姉弟関係かな?


「林間学校の間は私から目を離さないこと! いいっ!?」

「へいへい」

「だって……男子が付き合ってくれって……怖いし」

「えっ?」


 待て待て待て! シエルって告白されてるのか? まだ転校して数日なのに。

 確かに班決めの時も、陽キャ男子から次々声をかけられてたけど。


「と、とにかく、私から目を離さず守ること! ドゥーユーアンダスタンド?」


 不安そうな顔から一転、シエルはビシッと人差し指を立てて命令する。いつものカタカナ英語で。


「分かった分かった 分かりましたよ、シエルお姉様」

「ふふん、お姉様呼びは良いかも」


 シエルが手をヒラヒラさせ『良きに計らえ』みたいなジェスチャーをする。

 勝ち誇ったような顔が面白い。何様だよ。



「ただいまぁー」


 丁度その時、玄関からノエルねえの声が聞こえてきた。


「おかえりって、うおっ!」


 ノエルねえは、リビングに入ってくるなり俺に飛び込んできた。


「そうちゃぁーん! お姉ちゃん寂しいよぉ。ウサギはね、構ってくれないと死んじゃうんだよ」

「それ、都市伝説だから」


 いきなり何の話だ。このおねえは。


「もうっ! そうちゃん全然構ってくれないんだもん。シエルちゃんとは同じクラスで一緒なのにぃ、私だけ離れ離れなんて寂しいよぉ」

「それは学年が違うから」

「やだやだぁ。そうちゃんと一緒が良い」


 むにっ! むにっ! むにっ!


 抱きついたノエルねえの柔らかいものが、俺の体に当たりまくっている。

 もう我慢できなくなりそうだ。


「ぐぬぬぬぬぬぬ……」


 そしてシエルは暗殺者ヒットマンみたいな目で俺を睨む。

 だからその目はやめてくれ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る