第6話 思わせぶりな清純派美少女

「どれどれ、俺のクラスは何組かな?」


 期待と不安の入り交じった気持ちでクラス分けの表を眺める。昇降口横の掲示板には凄い人だかりだ。

 クラス分けには学校生活がかっているからな。修学旅行とか文化祭とか。

 それに…………。


 俺は、ある女子を思い浮かべる。


「おい、安曇あづみ! また一緒のクラスだな」


 突然、後ろから声がかかり、誰かが俺の肩をポンと叩いた。

 俺はそいつの声を知っている。まあ、付き合いも長いしな。


岡谷おかやじゃないか。また一緒かよ」

「中三から三年連続だな。叡智えいちアネスキー安曇よ」


 そう言って岡谷は俺の横に来た。

 岡谷おかや佑人ゆうとは俺の数少ない友人だ。主にアニメやゲームの話ばかりしている仲だが。


 ちなみに叡智アネスキーとは、エッチなお姉さんヒロインが好きという意味なのだが。

 まあ、お姉ちゃんキャラは叡智でも叡智じゃなくても好きだがな。


「おい、おい安曇」


 俺が掲示板を見ていると、岡谷が肩をポンポン叩いてくる。

 ちょっと待て。まだ俺には重要なミッションがあるのだ。あの女子と違うクラスかどうか確認するという。


「おい、安曇」

「何だよ。俺は忙しいんだ」

「あの金髪美少女は誰だよ? しかも二人も。姉妹かな?」


 どうやら岡谷は姫川姉妹を気にしているようだ。

 そのノエルねえとシエルだが、俺たちのすぐ横で掲示板を眺めている。凄い注目を集めながら。


「ああ、転校生だろ」


 俺は適当に話を合わせておく。同居がバレたらマズいからな。


「うぉおお! 天使か! 天使なのか!? あんな美少女見たことねえぜ!」

「そ、そうだな」

「だが俺たちのようなオタク男子とは縁がないよな。くっ! せめて挨拶だけでもしたいぜ」

「お、おう……」


 マズい。非常にマズい。ノエルねえが俺をチラ見している。シエルが引っ張って止めているようだが。


 そんな俺の心配など他所に、岡谷のテンションは上がっているようだが。


「あっ、今あの子が俺を見た気がするぞ」

「それは偶然だ」


 ノエルねえが見たのは俺だ。岡谷じゃねえぞ。


「おい、安曇よ」

「今度は何だ?」

「俺は重大な事実に気付いてしまったぜ」


 岡谷が掲示板を指さしている。


「俺たちのクラス名簿に書かれてる姫川ひめかわ……しあ、しえ……詩愛瑠しえるって子。もしかして、あの子じゃないか? 一年の時は居なかったよな」


 そこに気付いてしまったか、岡谷よ。

 てか、シエルは俺と同じクラスなのか。


「それにしても綺麗な髪だな。ハーフかな?」

「クォーターだよ」

「何でお前が知ってるんだ?」

「ギクッ!」


 しまった! つい口を滑らせた!

 適当に誤魔化すか。


「えっと、その……昔近所に住んでた気がする」

「そうなのか? 俺は知らなかったぞ」


 それはそうだろう。シエルは小さい頃に引っ越したからな。中学校から一緒だった岡谷は知らないだろう。

 まあ、俺はシエルの記憶が無いから、親父から聞いた話だが。


 しかし岡谷は夢見心地で妄想している。


「ああ、ここは天国か。これから一年間、あの美少女と同じクラスに」

大袈裟おおげさだな」

「安曇よ! お前も想像してみるんだ。体育祭、文化祭、修学旅行……。あの美少女と一緒だということを」


 俺は一緒に住んでいるのだが。ついポロっと漏らしそうになる言葉を飲み込んだ。

 しかし岡谷は続いて衝撃発言をする。


「そういえば蜷川にながわさんとも同じクラスだぞ」

「は!?」

「ま、まあ、ご愁傷様だぜ。安曇よ」

「おいおいおい、冗談じゃねーぞ」


 ついに恐れていた事態が起きてしまった。あの女子と同じクラスに……。



 ◆ ◇ ◆



 新しい教室に入り、出席番号順の席に着くと、一人の女子が近寄ってきた。


「あ、あの、安曇君……」


 サラサラで絹のように滑らかな黒髪をショートボブにしている女子だ。パッチリとした大きな目が印象的で、小柄で可愛らしい。

 見た目はいかにも品行方正で清純派な感じに見える。


 蜷川にながわ明日美あすみ

 以前、俺が告白して振られた相手だ。


「え、えっと……蜷川にながわさん……」


 俺は言葉を詰まらせてしまった。気まずい思いがドンドン膨らんでゆく。

 だから彼女と同じクラスになるのを恐れていたんだ。


 中学時代の蜷川さんは俺と距離が近かった。よく話しかけてくれたり、笑いかけてくれたり。

 それを彼女の好意と勘違いした俺は、中学卒業式の日に告白。見事玉砕し今に至るのだ。


 そう、俺は誤解していたのだ。女心が分からない非モテ男子たる所以ゆえんなのだろうか。


『ごめんなさい。安曇君とは友達だと思っていたから』


 それが彼女の言葉である。


 ああ、思い出しただけでも顔から火が出そうだ。思い上がっていた自分をぶん殴りたい。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、蜷川さんは俺に話しかけているのだが。


「あの、一緒のクラスだね」

「そ、そうだね……」

「一年間よろしくね」

「う、うん」


 ぎこちない会話をした俺は視線を逸らした。

 ちょうど俺を睨んでいるシエルと目が合ったのだが。


 おい、何でシエルは俺を睨んでいるんだ? 暗殺者ヒットマンみたいな目をして。


 そのシエルだが、美しい容姿と綺麗な髪色で人気になっている。女子に取り囲まれて質問攻めにあっているようだ。


「ねえねえ、姫川さんって美人よね」

「モデルとかやってるの?」

「髪、ちょー綺麗なんですけど」


 更にその周囲には、遠巻きに眺める男子たちがいる。


「可愛い……天使か……」

「俺、あんな美少女見たことねえぜ」

「スタイル良いな。あの絶妙な肉付きの脚がエロい」


 何だろう、この気持ちは。男どもがシエルをエロい目で見るのが嫌だ。

 シエルは義理の姉(妹)になっただけで、俺の彼女でも何でもないのに。


「安曇君?」


 俺がシエルを見ているのに気付いたのか、蜷川さんが困ったような顔をする。


「あ、ごめん。何だっけ?」

「ううん、良いの。私は挨拶しようと思っただけだから」

「うん」


 何で俺に挨拶を? 俺が勝手に告白して気まずくしちゃったのに。やっぱり気を遣ってくれているのだろうか?


「綺麗よね、あの転校生の子」


 蜷川さんがシエルを見つめる。


「安曇君って、ああいう子がタイプなのかな?」

「えっ?」

「あ、ううん。何でもない。じゃ」


 そう言って蜷川さんは自分の席に戻って行った。


 何だよ。気になるじゃないか。

 キッパリ忘れようとしているのに、そんな思わせぶりな態度をしないでくれ。



 ガラガラガラ!


「よーし、ホームルームを始めるぞ」


 ワイワイと騒がしいクラスに担任教師が入ってきた。

 生徒に人気のある女教師だ。盛り上がってしまうのは当然の成り行きだろう。


「うおぉおっ! さやちゃん先生じゃん!」

「何だ、さやちゃんかよ!」

「先生、彼氏はできましたかー!」

「さやちゃーん!」


 中にはバカにしたような声も含まれているが、それも人気の証拠だ。


「う、うるさい! 彼氏のことは言うな!」


 その女教師は、彼氏というワードでムキになった。まあ、すぐに一つ咳払いして話し始めるのだが。


「あー、もう知ってる生徒が多いと思うが、初めての生徒もいるから自己紹介するぞ。この2Bを担当する松本まつもと沙也子さやこだ。一年間よろしく頼むぞ。あと、皆の知り合いに適齢期の男性がいたら紹介してくれ」


 おい! 結局言うのかよ!


 この松本沙也子31歳、通称さやちゃん先生は婚活しているらしい。何処から情報が漏れたのか知らないが、生徒の間には周知の事実である。

 もう本人も開き直って堂々と彼氏募集しているようだが。


 見た目は悪くないのにモテないようだ。

 きっと、獲物を狙うハンターみたいな目をしているからだろう。



 始業式が終わってから、一人ずつ自己紹介をしたが、やはりシエルは大人気だった。

 男どもの視線が集まり気が気ではない。


 やっはり腹立つな。シエルをエロい目で見るなよ。


「安曇、ちょっと良いか?」


 ボーっとシエルを見つめていると、いつの間にかさやちゃん先生が目の前に立っていた。

 どうやら放課後になっていたらしい。


「は、はい」

「ちょっと話がある。来てくれ」

「先生、俺は適齢期じゃないですよ」

「お前は私に仕置きされたいらしいな。良い度胸だ」

「す、すみません。つい口が滑って」


 さやちゃん先生の後をついて行こうとするが、またシエルが俺を睨んでいる。

 だから何だその暗殺者ヒットマンみたいな顔は。


 俺はシエルの視線を受けながら、女教師と個室に向かうのだった。






 ――――――――――――――――――――


 蜷川にながわさんが怪しい。

 果たしてどうなるのか?


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