第5話 新学期

 そして新学期を迎えた。今日から義理姉妹と同じ学校に登校するのだ。

 ちょっと、いやかなり不安だが。


 もう転校するノエルねえとシエル……シエルお姉ちゃんの転入手続きも済んでいるはずだ。

 今日からシエルは同級生、ノエルねえは先輩ということに。


 ダイニングの椅子に腰かけていると、ほんわかした声が聞こえてくる。


「そうちゃーん、どうかな?」


 声のした方に顔を向けると、俺の学校の制服に身を包んだノエルねえが立っていた。


 超絶可愛い。控えめに言っても無茶苦茶可愛い。とても俺と同じ制服とは思えない。まるでノエルねえのためにデザインした制服のようだ。


 パツパツに突き出た胸がロケット臼砲きゅうほうみたいで、キュッと締まったウエストからプリっと膨らんだヒップも超弩級ちょうどきゅう戦艦のバルジみたいに破壊力抜群だ。(若干じゃっかん、失礼な言い回しだが、決して太ってはいない)

 しかもスカートからは艶めかしい生足ときた。


 こんなの多感な青少年は耐えられねえぞ。


「もうっ、そうちゃん! なんか言って」


 俺が見惚れていて何も言わないものだから、ノエルねえがプリプリと怒り出した。

 怒るといっても全く怖くないけど。


「えっと、良いね」

「そうちゃん! 女の子にはちゃんと褒めないとダメだよ。メッだよ」

「え、ええ、それじゃ、制服のボタンを弾き飛ばしそうな胸と、スカートから伸びる生足が魅力的で……」


 いきなり俺は間違えた。ノエルねえの顔が真っ赤になっている。

 そもそもコミュ力の低い俺に、女性を褒めろとかハードルが高いんじゃ。

 これは本気で怒られそうだぞ。


「も、もうっ! そうちゃんのエッチぃ!」


 やっぱり怒っても怖くなかった。むしろエロい。

 恥ずかしそうに太ももをモジモジと擦り合わせているところがたまらない。

 これはこれで面白いから良しとしよう。


「でも、制服が間に合って良かったね。前の学校の制服じゃ浮いちゃうから」

「うふふっ、こっちの制服も可愛いわよね」

「ノエルねえは部屋着も可愛いけどね」

「も、もうっ! もうもうっ!」


 またノエルねえがプリプリ怒っている。何だこの可愛い生き物は。


 親の再婚で新しい家族ができると聞いた時は心配したけど、ノエルねえの気さくな性格で助かっているな。

 これは感謝しないと。


 しかし部屋着はクソダサいのに、制服を着ると容姿端麗で眉目秀麗な完璧美人になるのだから凄い。どんなマジックだよ。


 ノエルねえと一緒に朝食を食べようとしたところで、もう一人の義姉(義妹)がやってきた。


「おはよ」


 相変わらずクールな顔のシエルに、俺たちは声をかける。


「おはよう」

「おはようシエルちゃん」


 軽く挨拶を交わすが、シエルの目が氷の女王になっている。もしかして『シエルお姉ちゃん』と言わなかったからか?


「ねえ」


 何故かシエルが俺の横に立つ。


「えっと、何かな? し、シエル……お姉ちゃん」


 語尾は小さくなった。二人の時なら言えても、他の人の前では気恥ずかしい。


「んっ…………んふ」


 ちょっとだけ機嫌が良くなったのかドヤ顔になるシエル。しかしすぐに不機嫌に戻った。


「じゃなくて!」

「えっ?」

「ほら!」


 シエルは両手を広げてから腰をひねってポーズを決める。


 この義妹なのに義姉を主張する変な女は何を言いたいのだ。腰に手を当てたポーズで俺を見下ろしているのだが。


 まあ、確かに可愛い。それは誰もが認めるところだろう。


 クールな氷の女王顔は、一瞬でも気を許せば隷属させられそうな魅力がある。

 スタイルは抜群で、均整の取れた肢体は神の奇跡のようだ。特にスカートから伸びる黒ストッキングに包まれた長い脚がエロくて頬ずりしたい。しないけど。


「うーん……何だろう?」


 この意味不明な状況に、隣の席に座ったノエルねえから助け船が入る。


「ほら、そうちゃん。ほら」

「えっ? なに」

「もうっ! 何でそうちゃんは女心が分からないの。さっき言ったでしょ」

「さっき……?」


 俺はノエルねえとの会話を思い出す。

 確か俺がノエルねえの制服をエロい目で見て怒られたんだった。じゃなくて、服を褒めるんだったな。


「えっと、その、かわ、かわ……」


 くっ、急に恥ずかしくなって褒められない。

 何だこれは。これじゃ意識してるみたいじゃないか。

 そもそもコミュ力低い俺に女性を褒めさせるなよ。


「ええ、その……タイが曲がっていてよ」


 しまった。百合っぽい感じに褒めようとしたら、思い切りハズしてしまった。

 シエルの目が怖い。


「はあ、バカなの?」

「くっ……その通りなので何も言えねえ」


 横でノエルねえが笑っている。『ちゃんとコミュニケーションとって偉いね。でも違うでしょ』とか思われていそうだ。


「うふふっ、そうちゃんってば」


 ノエルねえが笑ってくれたから良しとしよう。

 シエルの方はプリプリしているようだが。


 そんな俺のところに、莉羅りらさんがガラス製コーヒーサーバーを持って現れた。


「壮太君、コーヒーどうぞ」

「あっ、ありがとうございます」


 カップに深い琥珀色の液体が注がれると、香ばしい食欲を誘う匂いが広がった。


「壮太君、娘をお願いね」


 莉羅さんが不安と期待を込めた顔をする。

 転校した娘を心配いるのだろう。


「はい、学校ではそれとなくフォローします。安心してください」

「ありがとう、壮太君。やっぱり壮太君が家族になってくれて良かったわ」


 莉羅さんの目が俺を見つめている。全幅の信頼を置いているかのように。

 さすがお風呂で裸を見ただけはあるな。って、それはもう忘れろ。


 しかし俺は大きな問題を忘れていた。この美人姉妹と学校でどう接すれば良いのかを。


「ちょっと待て。俺たちが姉弟ってのは公表しちゃマズいんだよな?」


 俺のつぶやきにシエルが反応する。


「当然でしょ。学校では姉弟禁止だから」

「お姉ちゃんじゃなかったのかよ」

「そ、それは家の中だけ」

「へいへい」


 そこにノエルねえが割って入った。


「えええぇ~っ! 学校でも仲良くしたい」

「ノエルねえ、そこは我慢してください」

「やだやだぁ! そうちゃんと仲良くするぅ」


 何だこの駄々っ子は。まあ、可愛いから良いけど。

 要は姉弟だとバレなければ問題ないはずだ。


「じゃあ、姉弟というのだけ内緒で」

「分かったぁ……。そうちゃん、学校でも仲良くしてくれる?」

「あまり目立たないようになら」

「約束よ。お姉ちゃん寂しくて死んじゃうからぁ」

「はいはい」


 ノエルねえが俺の肩に寄り掛かってくる。

 本当にこの義姉は距離が近い。

 やめてくれ。ただでさえ可愛くて変な気を起こしそうなのに、それ以上されると本当に間違いを起こしそうだ。


「ぐぬぬぬぬ……」


 ふとシエルの方を見ると、彼女がもの凄い目つきで俺をにらんでいた。


「そ、そろそろ行こうか? 準備しないとな」


 俺は話を逸らした。


 何だろう? 俺がノエルねえと仲良くしていると、シエルが不機嫌になる気がする。気のせいだろうか?



 ◆ ◇ ◆



 通学路には真新しい制服を着た生徒が溢れ、校庭があるフェンスの向こう側からは桜に花びらが舞ってくる。

 富岳院ふがくいん学園。

 ここ、海と山に恵まれた地方都市、藤倉市にある俺の通っている学校だ。大層な名前をしているが、ごく普通の高校である。まあ、名前はどうでもいい。

 それより今の状況だ。


「そうちゃん、待ってよぉ」


 俺が校門をくぐると、後ろからノエルねえが駆け寄ってきた。

 せっかく同居しているのがバレないよう距離をとって歩いていたのに台無しだぜ。


「もうっ、そうちゃんったらイジワルなんだから」

「あ、あの、ノエルねえ、学校では目立たないようにと言ったはずでは?」

「やだやだぁ、お姉ちゃんを無視しないで」


 姉が駄々っ子になった。こうなってしまったら誰も止められない。


「ほら、おねえ、行くよ」


 いな、シエルは止められるようだ。ノエルねえの手を引いて歩いて行く。

 グッジョブ!

 俺までカタカナ英語を使ってしまったぜ。


 ただ問題はそれで終わらない。

 目立ってる! やっぱり滅茶苦茶目立ってるぞ!


「誰? あの子」

「うおっ、めっちゃ可愛い!」

「凄い美人だな」

「えっ、モデルとかアイドル?」

「すっげぇ綺麗な髪」

「脚長っ! ウエスト細っ! 胸デカっ!」


 姫川姉妹が歩くと、人の波が二つに割れた。何かの神話っぽく。

 そして周囲の男子が一斉に注目する。皆、姉妹の神々しい容姿に魅了されているようだ。


 ああ、やっぱり大人気に。そりゃ、あの可愛さなら当然だよな。

 まいったな。俺の家で同居しているのがバレたら大変なことになりそうだぞ。


 同居がバレるのも大問題だけど、この後、他にも大問題が起きそうな予感がするのだが。


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