龍VS烏
「ちっ」
ホッと安堵の息をついていると、推しは派手な舌打ちをしてからわたしの上から退いてくれる。とはいえ、三つ編みはそのままだから、解放されたとは言い難いのだけど。
「入れ」
「失礼します」
ノックの音に、推しはどこからともなく取り出した狐のお面をつけながら答える。ほどなくして扉が開き、ヤタを連れた辰が入ってきた。
「頭目、連れて参りました」
「どもども、お初にお目にかかります」
辰の恭しい言葉に続いて、ヤタはへらりと軽薄な笑顔で挨拶する。わざとらしいイントネーションは相変わらず実に胡散臭い。隣にビジュアル胡散臭さがカンストしている辰がいるものだから、この空間の胡散臭さ率が凄いことになっていた。
思わずじろじろ見ていると、ヤタと目が合う。琥珀色の目はなんとも愉快そうに細められた。
「ご苦労、下がれ」
「仔犬はいかがいたします? お預かりしましょうか」
「いい。手元に置いておく」
「承知しました。……くれぐれも、頭目に粗相のないようお願いしますよ?」
推しとのやりとりの後、最後にヤタに釘を刺してから辰が退室する。
推しとヤタ、そしてベッドに転がされたわたしの三人が部屋に残った。
「いやあ、嬉しいわぁ。回礼の頭目さんとお会いできるなんて」
「白々しい。そのふざけた喋り方をやめてさっさと本題に入ったらどうだ、烏丸小夜」
「うわあ、火の玉ストレート……」
直球すぎる。さすがにここまでストレートな物言いをされるとは思っていなかったのか、ヤタは目を軽く瞬かせる。でも、それの一瞬のこと。すぐに人を食ったような笑顔が端正な顔に浮かんだ。
「龍の目は誤魔化せませんなあ。でも、ええんです? お気に入りのワンちゃんの前でこないな話したりして。後でその可愛らしいお口、塞いでまうかもしれませんよ?」
「聞こえなかったか? 俺はそのふざけた喋り方をやめろと言ったんだが?」
「そう言われましてもなあ。どこかの誰かさんが僕を神代に売るっちゅう、ありきたりすぎておもんないことをしましたからなあ。正体がばれんように、不慣れな西言葉を使わなあかんわけですよ。ご理解いただけます?」
「ハッ。つまらんことをしてきた奴がよくもまあほざく」
「ひえ……っ」
想像の百倍くらいギスギスし始めた……。
ゲームだと確かに、鳳希介と烏丸小夜は仲が悪いというか反りは合っていなかった。でも、小龍と小夜は結構話が合っている感じだったような……?
「ストップ、すとーっぷ! 喧嘩、よくない!」
「なんだ。またこの鳥の肩を持つ気か?」
慌てて割って入ると、推しは不機嫌そうな声とともにわたしを睨んでくる。視線の圧で怯みそうになるけど、こっちも黙ってはいられない。何せ身の安全がかかっているのだ。
「止めるに決まってるじゃないですか! このままドンパチが始まったら巻き添えを食うのはわたしなんですよ!?」
「……」
「ほら~! 確かにそうだなみたいな顔したー!」
「俺が人質をとられるようなヘマをするとでも?」
「えっ、わたしを人質にとってヤタに何の得が……? 邪魔なだけでは……?」
「……」
「あと、別に小龍さまの強さを疑ってはないですけど、小龍さまもヤタも、周りのこと気にせずに戦った後、運良く生き残っている人を見て「おもれー奴」ってなるタイプじゃないですか」
「……わかったわかった。お前が死なないように配慮してやる。それで文句はないな?」
「配慮の範囲が極論なのでダメです!」
「なら、どこぞの姫のように丁重に扱われたいと?」
「この場で喧嘩しなければ済む話では!? あとわたしをお姫様扱いする推しは解釈違いもいいところなので断固拒否します!!」
「…………ふ、く、くくく」
必死な思いで説得していると、ヤタの方からくぐもった笑い声が聞こえてきた。
推しと一緒に声がした方を見れば、ヤタがお腹を抱えて笑いを堪えている。実際には堪えきれていないからちょっと不気味な感じの笑い声が漏れ出ているんだけど、本人はそれを気にした様子もなくしばらく笑い続けていた。
「ふふふ……っ。やっぱ凪ちゃんはおもろいなあ。普通はもっとこう、二人が怪我したら悲しいとか、建物が壊れたら危ないとか、そういう人道的な理由を説くもんちゃうの?」
「だって、どっちも人道的な理由で説得して止まってくれそうにないし……」
「頭目さんはともかく、僕にもその認識なん?」
「何なら小龍さまの方が矛を収めてくれそうだと思ってる」
「相変わらず僕への評価が手厳しいなあ。飼い主さん、どう思います?」
「見る目があるだけだろ」
そう言い捨てた後、推しは大きなため息とともに頬杖をついた。
さっきまでのギスギスした空気はすっかり霧散している。どうやら戦闘イベントは回避できたらしい。ホッと一息をついていると、またヤタと目が合った。愉快そうにしているのはさっきと変わらない。でも、さっきより胡散臭さ度は減った感じの笑顔だと思った。
思わず見つめ返していると、琥珀色の目がわたしから推しに移った。
「あえて僕の手のひらで踊ってくれるか、キレて自ら殴り込んでくるか、なんもなかったみたいに無視するか。〝お手紙〟受け取った後の小龍くんはどれ選ぶんかなあって楽しみにしとったら、まさか神代に売られるとはなあ」
「……」
「らしゅうないなと思って、その理由を探りにきたわけなんやけど」
そこまで言ってから、ヤタはまた視線を私に向ける。さっきとは違って、いつもの胡散臭い顔。そんな顔のまま、うんうんと納得したように頷いている。
「目新しいおもちゃで遊んどる最中なら、そら刺激はあっても珍しゅうない遊びには食いつかんわなあ」
「気が済んだならさっさと出て行け。部屋が烏臭くなる」
「……えっ、そのまま帰しちゃうんですか!?」
めちゃくちゃ気になる話に耳を傾けていたら、よろしくない方向に向かい始めた。慌てて口を開くと、推しの口元が不愉快そうにひん曲がった。
「こいつを置いておく理由がどこにある。神代とやりあうことになるのは構わんが、無面事件の主犯を匿ったなどと言いがかりをつけられるのは不愉快だ」
「だからって、ほっといたら何しでかすかわからない愉快犯を野放しにしていいんですか?」
「……」
「それもそうだなって顔するのは失礼とちゃいます?」
ほんま傷つくなあと、あまり傷ついてなさそうな顔で肩をすくめるヤタ。
そういうとこが胡散臭いんだよなあと思っていると、不意に踵を返した。
「ま、安心してください。小龍くんが僕の幻術にかかるようなら居座っとったけど、きっちりバレとるならここにいる理由もないし、大人しく外に逃げますわ」
飄々とした口調とともに片手を振りながら、ヤタはそのまま部屋を出て行こうとした。
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