新キャラ登場

「たす――」


 反射的に答えかけて、寸前で言葉を飲み込む。

 この声に助けを求めたらまずいと、本能がそう警告したのだ。


「お、偉い偉い。怪しい声に応えんだけの分別はあるようやな」

「自分で怪しいって言うんだ?」

「ははっ。こないな状況でツッコミを入れるなんて、おもろい子やね」


 愉快そうで胡散臭い関西弁が聞こえたと同時に、体が強い力で引っ張られ、そのまま足がふわりと浮く。え、と声に出す暇もなく、気づいた時には目の前に空があった。


 地につかない足。

 遠くから聞こえる怒鳴り声。

 顔にばしばし当たる風。

 これはひょっとして、ひょっとしなくても。


「飛んでるぅーっ!?」

「あんま大声で叫ばんといてや。耳が痛くなるで」


 目を白黒させていると、そんな抗議が入った。

 そこでようやく、誰かに抱えられて飛んでいることに気づく。わたしが急に飛行能力に目覚めたとかではないらしい。当たり前か。

 じゃあ、一体誰が。いや、状況的にはさっきの声の主なんだろうけど。

 そんなことを考えながら視線をさまよわせ、わたしを抱えている何某の姿を視界に捉える。


「はっ!? あ゛っ!?」

「おっとっと。急に動いたら危ないで。落としてまうやろ」

「はいっ!!」


 びっくりしすぎてずり落ちかけた体が、寸でのところで抱え直される。腕が胴体を圧迫してなかなか痛かったけど、さすがに落ちなかった安堵が勝った。

 ……よし、深呼吸。まずは落ち着こう。


「すー……、はー……」


 深く呼吸を繰り返し、心を鎮める。

 そうして落ち着いたところで、改めて何某の顔を見た。


 短くカットされた艶やかな黒髪に、蜂蜜色という表現が似合う双眸。人を食ったような雰囲気を漂わせている端正な顔立ちの後ろでは、髪と同じ色をした烏の翼が羽ばたいている。

 違うところは所々ある。でも、烏丸小夜にしか見えなかった。

 好青年イケメンこと烏丸小夜。八咫烏やたがらすという妖で、神代の重臣である烏丸家の次期当主。公式サイトではまひろの兄・真佑の友人として紹介されているサブキャラクターで、サイトでの台詞や体験版での言動から、当初はいわゆるBSS枠ではないかと言われていたらしい。

 しかし、それは公式のミスリード。小夜こそが〝無面〟事件の黒幕であり、隠し攻略ルートを除いた全ルートで最終的に敵対し、そして倒される悪役オブ悪役なのである。


 そんな悪役がなんでわたしを助けたのか、なんでトレードマークであるポニーテールをばっさり切っているのか、なんで胡散臭い関西弁で喋っているのかはさっぱりわからない。隠しルートの導入で書生に扮してまひろを助けるシーンがあるから、利用したくて近づいてきたんだろうなあってならなくもないけど、イメチェンはマジでわからない。

 なんで?

 人好きのする甘いマスクとさわやかな雰囲気を一体どこに置いてきたの?


 いやいや、それよりもだ。

 このひと、神代一派から逃げている最中なんじゃ。なんだってこんな白昼堂々、空なんか飛んでいるわけ? 得意なことを周囲にひた隠しにしていたご自慢の幻術は?


「さて、と。十分撒いたやろし、そろそろ下りよか」


 クエスチョンマークを乱舞させている間に降下していたらしく、いつの間にか人気のない通りに着陸していた。

 猫の子のように、乱暴ではないけど丁重でもない感じで地面に下ろされる。文字通り地に足がつき、思わず息をついた。空を飛ぶのが楽しくなかったといえば嘘になるけど、いつ落とされるかわからないからヒヤヒヤの方が強かった。

 安堵の息をつくわたしの顔を、小夜が後ろから覗き込んでくる。


「うわっ、顔良っ!」

「ははっ。ほんとおもろい子やねえ」


 うーん、胡散臭い。

 関西弁が胡散臭いというわけじゃなく、なんかこう、わざとらしいのだ。標準語なのにわざわざ方言で喋っているような、そういうニュアンスを感じる。ゲームだともっとこう、えっ裏切るんだ!? ってなるくらいにはまっとうなさわやかさんだったのに……。

 失礼なことを考えていると、小夜はへらりと笑いながら顔を離す。さすがに「なんかキャラ違くない?」という主旨の感想を抱かれているとは気づかなかったらしい。


 ……あ、そうだ。


「助けてくれてありがとうございます」

「これはこれは。ご丁寧にどーも」

「えっと、それで何が目的……げふんげふんっ、わたしに何のご用でしょうか!」


 どんな思惑があるにせよ、助けてもらったことに変わりはない。まずはきちんとお礼を言い、それから単刀直入に聞いてみた。


「……まるで君に用があったから助けたみたいに言うやん?」

「えっ、違うの?」

「違わへんけど……。僕、そない打算的な男に見える?」


 だってゲームだとそうだったし……という言葉はさすがに飲み込んだ。

 小夜は推し(というか小龍)と同じで享楽的かつ退廃的なキャラクターだけど、損得勘定もはっきりしているから自分の利にならないことはしない。ここらへん、自分の不利益になっても面白ければそれでいいという推しとは違う。

 だからこそわたしに用があるんだろうなと思ったわけだけど、さすがに単刀直入すぎたらしい。訝しそうな顔をされてしまった。


「えーっと……。助けようかっていう質問に答えなかったのに助けてくれたから……」

「最初から助けるつもりだったんじゃないかって?」

「はい」


 頭をひねり、どうにか理屈をこねくり出す。


「なら、助けたろかって聞かんと思うけどなあ」

「それの答えは貴方がさっき言ったじゃないですか。応えなくて偉いって」

「ははっ、確かに。それ言われたら、善意で助けるつもりでした~とも返せんわな。あの時も思ったけど、意外と思慮深いんやね君」


 今、さらっと馬鹿っぽいって言われた?

 いやまあ、自分がいかにも賢そうな顔つきをしてないのは否定できないし、あれはゲーム知識ありきの判断だっただろうから反論もしづらいんだけど。


 隠形と言霊を得意とする小夜は、油断するとすぐ言質をとって契約を結ぼうとしてくる。まひろ、というかプレイヤーがそれに気づかず選択肢を選んでしまうと小夜にとって都合の良い契約が結ばれてしまい、時限爆弾よろしくデッドエンドに繋がるという寸法だ。

 この男、まひろが役に立たないと判断すると即使い捨てにしようとするのである。あの時とっさに口を噤めたのは、何度もロードしてやり直した賜物だろう。

 ありがとう、ゲームの知識。

 ありがとう、ゲームをやりこんだわたし。


「ま、わかってるいうなら話が早くて助かるわ」


 幸い、小夜もこれで納得してくれたらしい。それ以上突っ込んでくることもなく、へらへら笑いながら指先で自分の首を叩いた。


「君、回礼の頭目さんのお気に入りやろ?」

「……甚だ不本意ではあるんですが、一応」

「お? なかなか反抗的やね」

「飼われてること自体は何の不満もないんだけど、こう、お気に入りって認めるのが嫌っていうか……」


 お気に入りがそんな重い言葉じゃないのはさすがにもうわかっている。わかっているけど、推しの特別おきにいりはまひろだけでいてほしい。カプ厨とはわがままな生き物なのだ。

 わたしの複雑な心境には興味がないのか、小夜はさくさく話を進める。


「僕、頭目さんに頼みたいことがあってな。お気に入りちゃんを助けたっちゅう名目があれば、話くらいは聞いてもらえそうやろ?」

「あー」


 確かに、そういうことなら話くらいは聞くかもしれない。受けた恩も受けた非礼もきっちり返すのが回礼という組織のモットーだ。


 でもなあ……。

 このひと、もしかして回礼は烏丸小夜の件について何も知らないと思っている?

 いや、わたしも詳しく聞かされてないから正確なことは知らないけど、さすがにそれは回礼の諜報能力をナメている。小龍=希介という事実を考慮しなくても、烏丸家の次期当主が神代と揉めていなくなったという話くらいは幹部クラスなら把握しているはずだ。そして、辰や娟がそんな人物をあっさりアジトに招き入れるとは思えない。推しはやるだろうけど。

 ペットなら知らないと思ったにしたって、行動が浅はかすぎる。重要な情報を知らされていないペットに、推しとの密談をセッティングする権限などあるはずもないのだから。

 小夜はゲームだと回礼に対して注意と警戒を払っていたし、基本的に不確定要素がない状態でアクションを起こしていた。だからか、どうにも違和感が拭えない。


 …………あ、ひょっとして。


「あのぉ……」

「ん?」

「貴方、烏丸小夜さんじゃあない?」


 もしかしたら、顔と声帯だけそっくりな別人なのかもしれない。それなら色んなことが腑に落ちる。

 そう思って質問した瞬間、周囲の気温が一度下がった。


「……なんで急にそんな名前が出てくるん?」

「え、だって……。髪型も服装も口調も違うけど、顔と声は同じだから……」


 少し悩みつつ、正直に理由を答える。

 やばいことになる予感がヒシヒシしたけど、これ多分、ごまかした方がダメなやつだ。それなら変に心証を下げないためにも、ここは正直に話した方が良い。……手遅れかもだけど。


「ふぅん……」

「ひょわっ!?」


 ハラハラしていると、急に顔を近づけられた。

 近い近い近い。さっきよりも断然近い! しかもにおい嗅がれてる!


「……色んな妖の残り香は混ざっとるが、君自身は人の子やなあ」

「イケメンだからっていきなり人のにおいを嗅ぐのはよくないと思いますっ!」

「ああ、すまんすまん」


 すまないと思っていなさそうな声で言いながら、小夜はようやく離れてくれた。

 そして、今のやりとりがなかったかのように、またへらへらと笑いだす。


「ま、そういうわけやさかい、一緒にいた次席さんに話通してくれへん?」


 なかったかのようにというか、なかったことにされた。


「いいですけど……。わたしを人質にとっても意味ないですからね?」

「僕、一応君の恩人なんやけど?」

「恩人だからこそ言っているというか……」


 何せ目の前にいるのは、「ゆら恋」破滅ランキングぶっちぎり一位の男(仮)なのだ。破滅しないかつい心配になってしまう。


「わたしにできることなら力になりますから、悪いことしないでくださいね?」


 そう言うと、解せぬみたいな顔をしていた小夜はびっくりしたように目を瞬かせた。

 琥珀色の目がまじまじとわたしを見てくる。何かついているのかなと思わず頬に触っていると、烏丸小夜(仮)はゲームでもなかなかお目にかかったことがない、肩を竦める仕草をした。


「変な子やねえ」


 面白いから変に格下げされた……。


「――――ナギっ!!」


 好感度が下落したのを感じていると、後ろから焦ったような声が聞こえた。

 振り返ると、辰がこっちに向かって走ってくるのが見える。わたしと目が合った瞬間、珍しく見開かれた青い目は安堵と怒りをミックスしたような色を浮かべた。

 ……うん、お説教確定!


「ごめんなさいっ!」

「……は~~~っ」


 とにもかくにも、まずは謝ろう。頭を深く下げながら謝罪を口にすれば、わたしの前に辿り着いた辰は深いため息をつく。おずおずと窺うように顔を上げると、細い眦に戻った目が呆れたようにわたしを見下ろしていた。


「まったく、貴方という子は……。一人の時に喧嘩を売るなと言ったばかりですよ?」

「可愛い女の子が困ってる声がしたので、つい……」

「厄介事に首を突っ込むなとも言ったばかりですよ?」

「はい、仰る通りでございます……」


 反論の余地もなかった。

 申し訳なさにうなだれていると、横から肩を抱き寄せられた。


「まあまあ、おにーさん。この子のおかげで助けられた女の子がおるわけですし。そのへんで勘弁してあげましょよ」


 親しげにわたしの肩を抱き寄せた小夜(仮)が、気さくな声音で割って入る。

 イメチェンしているとはいえ、顔と声は烏丸小夜その人だ。辰がどんなリアクションをするのか内心ハラハラしながら見ていると、警戒するような眼差しこそ向けたものの、特に驚いた様子もない。あれ? と首を傾げるわたしをよそに、辰は小夜(仮)に向き直った。


「貴方は? 見ない顔ですし、言葉遣いも西方のもののようですが」


 ん?


「お察しの通り、西から流れてきたもんです。でもって、この子の命の恩人。ここまで言えば、切れ者と噂の回礼の次席さんにはわかっていただけると思いますが」

「回りくどい言い回しをしなくても、貴方のにおいで目的はわかりますよ」

「ははっ。さすが、仲間のにおいには敏感ですなあ」


 んんん?

 見ない顔? 西方? 仲間のにおい? どういうこと?


 クエスチョンマークを乱舞させるわたしを挟んで、辰と小夜(仮)は話を進めていく。辰を問い詰めたかったけど、聞きたいことが多すぎて言葉がまとまらない。そうこうしている間に、とんとん拍子に小夜(?)は回礼のアジトに案内されることになった。

 どういうこと?

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