お出かけイベントは波乱万丈

「さて、お酒を買ったら今日は帰りますか」

「はーい」


 お茶屋さんで会計を済ませた後、わたしたちは酒屋さんに向かった。

 辰や娟曰く、人の造ったお酒では酔わないけど、味は妖が仕込んだお酒よりも良くて料理にも使いやすいとか。その分、他の店よりも時間をかけて吟味していた。


 アルコールを口にしたことがない現代日本生まれのJKは、それを脇で見ているしかない。手持ち無沙汰になったのでなんとなしに視線をさまよわせていると、少し離れたところの景色が視界に入った。

 風景としては何の変哲もない。

 ただ、その景色とひと月半前の記憶が合致した。


「辰さん! ちょっとあっち見てきていいですか!?」

「ん、何か気になるものでも?」

「はいっ!」


 利き酒をしていた辰が顔を上げて、わたしの視線の先を見る。

 変に思われるかと心配したけど、辰は納得したように頷いた。ん?と思って改めてそっちを見れば、近くの店先で大正時代ものでよく見る袴の女学生スタイルが行き交っていた。


「構いませんよ。店の前で待っていてください」

「了解ですっ!」


 元気の良い返事とともにわたしは駆けだした。

 向かうのは女学生が出入りするお店……ではなく、その近くにある建物の向かい側。ひと月と二週間くらい前、家を飛び出たはずのわたしがいつの間にか尻餅をついていた場所だ。


「ん~~~~~」


 唸りながら、何の変哲もない地面と、レトロな建物と、晴れた空を交互に見つめる。しかし、どれだけ食い入るように見ても、辺りをくまなく探してみても、特殊エフェクトが発生するような気配もなければマジックアイテム的なものの片鱗も見当たらない。

 不可思議なものが都合よくある、なんてことはない。

 盲目的になんとかなるとはさすがに思っていなかったものの、一抹の期待くらいはあった。なので、手がかりのての字もなさそうなのを目の当たりにしてしまうと、がっくりと肩を落とさざるを得なかった。


「…………はあ」


 ダメだ、結構ガチでへこんできた。でも、へこんだ状態で合流するわけにはいかない。だって辰は優しいから、へこんだままだとどうしたのかと聞いてくるはずだ。それは、


 よし、切り替え! オンオフ! 気分転換!

 近くに女学生にウケているお店もあるみたいだし、そこで時間を潰して――――


「いい加減通してくださいっ!」

「だーかーらー、通行料払えって言ってんの!」

「こらーっ!」


 反射的に飛び込んだ路地裏で、わたしは声を上げた。


「赤いチンピラと緑のチンピラ!?」


 推しに注意されたのに、また性懲りもなく女の子に絡んでいるんかい!

 いけないとわかっていても、狐耳と狸耳のチンピラを思わず指をさしてしまう。それでグッドコミュニケーションがとれるはずもなく、わたしの声に反応してこっちを見たチンピラ二人はピキった顔をした。


「あぁん? なんだガキ、喧嘩売ってんのか!」

「……おい! こいつ、恰好は違うけどあの時の!」

「あー! オレらに恥をかかせた人間のガキか!」

「えっ、よくわかったなあ……」


 制服姿ならいざ知らず、まさかこのアオザイ姿でも気づくとは。わたしなら服の印象に引っ張られそうだし、何なら推しのご尊顔で全部上書きされている自信がある。


「あぁ? オレらが馬鹿だって言いてえのかコラ!?」

「えっ!?」


 感心していたらキレられた。

 やばい。どうしよう。先に絡んでいた方の女の子――緑のチンピラに隠れて見えないけど、声からして女の子――から関心が逸れたみたいなのはいいけど、代わりにわたしがめちゃくちゃピンチだ。どうして後先考えずに行動してしまうのか。


 ……いや、待て、戌井凪。

 わたしには今、辰がいる! それも威を借りてもいいというお墨付き!

 昨日の今日どころの話じゃないから後でしこたまお説教されそうな気もするけど、それでこの場を切り抜けられるなら安いものだ。


 さて、方針は決まった。

 次の問題は、ここで逃げたとして、二人ともわたしを追いかけてくれるかだ。

 ヘイト的に赤は確実に来てくれそうだけど、女の子(仮)がめっちゃ可愛かった場合、緑は残る可能性がある。女の子(仮)がまひろみたいな自己犠牲精神を持っていたら、あえて緑を引き留めてしまうことだって考えられるだろう。

 どうする? どうしよう?

 ……ええい! ぐだぐだ悩んでいてもしゃあない!


「わたしなら大丈夫だから!」


 女の子(仮)にそう声をかけてから、わたしは深呼吸をする。

 そして。


「このヘタレチンピラコンビ! こんな人気のないところで女の子を囲むなんて、本当に男の風上にも置けないんじゃないの!」

「あぁん!?」

「ぶっ殺すぞクソガキ!!」

「ぴえっ」


 喧嘩を売ったら即完売した。

 キレ声に合わせて、火の玉がわたしの真横を通り過ぎる。わざとなのかノーコンなのか、被害は髪がちょっと焦げる程度で済んだけど、脇目も振らず逃げ出すには十分すぎる威力だった。


「おぶっ」

「おっと」

「ごめんなさいっ!!」


 駆けだしてすぐ人にぶつかったけど、立ち止まって頭を下げている暇はない。通り抜けざまに謝罪の言葉だけ放り投げ、大通りに飛び出した。


 ――――ってこっち、辰がいる方と逆!!


「待てやクソガキ!」

「人の足でおれらから逃げられると思うなよ!」


 走り出す方向を間違えたのに気づいた時には、 後ろから怒号と足音が迫ってきていた。

 赤午は妖不干渉地帯で通っている。そんな場所で大っぴらに火の玉を撃つほど馬鹿じゃないみたいだけど、あの様子だといつ痺れを切らすかわかったもんじゃない。そうなる前に辰に助けを求めたいところなんだけど……ああもうっ、わたしのバカバカバカ!

 ぐるっと回って戻る? どの道がどこに繋がっているかわからない!

 どこかに隠れてやりすごす? やりすごせそうな場所に心当たりなんてない!


 ……あれ? これ詰んでない?


「――――助けたろか?」


 絶体絶命を悟った直後、耳元で聞き覚えのある声が囁かれた。

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