凪ちゃん、尋問のお時間です

 しばらくして、さっきの応接間よりは質素で、けれど丈夫さは断然こっちの方が上だなと感じる扉の前に辿り着いた。


「入れ」


 ノックの後、珊はがちゃりと重厚な扉を開いた。

 まず五感を占領するのは、天蓋付きのベッドに腰かける推しの姿。片膝に頬をつけるように座りながらこっちを見ている姿は、今まで見たどの美麗スチルよりも破壊力がある。しばらくぼーっと見惚れてから、ようやく部屋に漂う甘い香りと、大きな窓の外に広がる夜の景色に気づく。星が良く見える綺麗な夜空と、そこに浮かんでいる二つの月。いつも見ているお月様とは違う、あまりにも冷たい輝きを放つ双子の満月に圧倒される。


「いつまで惚けている。入れ」

「……あ、はいっ!」


 声をかけられて我に返る。慌てて甘い香りがする部屋の中に入った。


 う、うわあ……。小龍の寝室だ……。

 今さらながらにどぎまぎする。さっきの応接間の十倍は見たものが、現実の光景として目の前に広がっているの、あまりにも現実感がない。

 思わずほっぺを引っ張る。……痛い。


「珊、お前はいい」

「いいノ?」

「このガキを検めたのは娟だろう。あいつが手抜かりすると思うか?」

「んーん。万が一見逃しがあっても、それを面白がるのが小龍」

「わかっているならさっさと戻れ」

「はぁい。じゃ、またネ」

「え、あ、うん」


 ……えっ!?

 わたしが夢チェックをしている間に、珊はさっさと出て行ってしまった。待って、困る困る。


「推しと密室で二人きりは無理なんですが!?」

「おいガキ、どこへ行くつもりだ」


 動揺の声を上げながら扉に手をかけたところで、背後から不機嫌さを滲ませた声を投げかけられた。慌てて扉から手を離し、推しの方に向き直る。素早い反応はお気に召したようで、小さくため息をつかれる程度で済んだ。セーフ。


「座れ」

「は、はい」


 絨毯が敷かれた床を顎でしゃくられたので、言われたとおりそこに正座する。

 やろうと思えば、一矢報いることもできそうな距離間。それは自分の愉しみのために自分自身さえ天秤にかけるのも辞さない推しのパーソナリティーを表していて、状況も忘れて興奮せざるを得ない。ドキドキしていると、推しはおもむろに狐面を外した。

 鉱物みたいに無機質な紫の目と、涼やかな目元が露わになる。

 顔のパーツは希介とほぼ同じのはずなのに、同一人物だとはにわかに信じがたい。表情の印象って大事なんだなあと、推しに対して何度も抱いてきた感想が改めて浮かんだ。


 …………いやいやいや。ちょっと待って。


「えっ、それとっちゃうの?」


 思わず敬語も忘れて聞いてしまう。

 さらっと外されたから流しそうになったけど、そのお面、攻略ルートでも中盤以降じゃないとまひろの前でもとらないやつですよね。こんなどこの馬の骨とも知れない、初対面のJKにお披露目していい素顔ではないはずでは!?


「俺の素性を知っている奴の前でつける意味があるか?」


 動揺するわたしに対し、推しは呆れた声でそう言った。

 うーん、正論!  それ、印象操作のためにつけている設定だもんね!

 でもこう……っ、なんというか……っ、情緒というかドラマというか……っ! いやまあ、ここでいきなりまひろの前で初めて外した時みたいに「夜伽を仕込むのに邪魔だからな」とか言われたらめちゃくちゃ困るんだけども。


「おい」

「はい!」


 思考が明後日に飛んでいたわたしを、推しの声が引き戻す。

 居住まいを正したわたしを見て、ようやく本題に移れると思ったらしい。今度は大きなため息を一つついた後、推しは気を取り直したように立ち絵スチル通りの人を食った笑顔になった。


「お前は何だ?」

「何だとは……」

希介わたしの時に小龍おれの名を呼びかけたのももちろんだが、そのちぐはぐな恰好といい、娟や珊への振る舞いといい、お前には妙なところが多すぎる。ただの人間のガキにしては嗅ぎなれん匂いもするし、妖に対する恐怖や緊張感が根本的に欠けている。お前は一体何だ。俺の何を知っている」

「えっとぉ……」


 想像以上に訝しがられていたことに動揺しつつ、わたしは何をどう言うべきか必死に考える。

 小龍相手に話術で勝てるわけがないし、何より彼の前で嘘をつこうものならその時点でアウトだ。話すなら、ごまかしのない真実一択になる。でも、わたしが話せる真実は、大正浪漫ファンタジーな世界観でも与太話だと思われかねないようなもので……。

 そうして逡巡すること数十秒。


「……あのぉ」

「なんだ」

「わたくしの事情を話そうとすると嘘みたいな話になってしまいまして。そのぉ、できれば最後までお聞きいただいてから判断をお願いしてもよろしいでしょうか……?」


 自分の話術に自信がないわたしは、頭を下げることにした。

 だって! ぶっつけ本番で満足させられるようなトーク力がただのJKにあるわけないじゃん! だったら事前にお伺いを立てるしかないじゃん!


「――――」


 わたしの苦肉の策に対し、推しは紫の目を少しばかり丸くした後。


「――はっはっはっ!」


 大きな声で、愉快そうに笑った。

 うわーっ、レアな笑い方だ! 他のキャラとの戦闘シーンでしか聞けないやつ!

 思わずテンションを上げてしまうわたしをよそに、推しはしばらく笑い続ける。数分経ってからようやく笑うのを止めると、目元を愉快そうに細めたままわたしを見た。


「一度ならず二度までも俺にねだるとは、実に恐れ知らずなガキだな」

「あはは、恐縮です……」

「いいだろう。好きに囀ることを許す。その代わり、つまらん話をしたらそこらの野良犬にくれてやる。玩具にしやすそうな頭をしていることだしな」

「うす!」


 死因が斬首で確定したことに冷や汗を流しつつ、改めて背筋を伸ばし、深呼吸をする。

 ……さて。推しを退屈させないよう、精一杯素性を詳らかにするとしよう。

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